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PART6 配信は難しい

 たまにはちゃんと配信するか。

 わたくしはベッドの上で朝日を浴び、うんと伸びをしながらそう思った。

 今日はまる一日ぽっかり予定のない完全オフである。なんか社交界とかあった気がするけど知らん。ロイ君はああいうの欠かさず通ってるからマメだよね~。わたくしにはできん。


「ふぁ……」


 水差しごと氷結魔法でキンキンに冷やしていた真水をごくごく飲む。ジョッキごと冷やした方が飲み物はうまい、ビールでみんな学んでいるね。

 口元からこぼれた水滴を左手で拭いつつ、右手を宙に走らせ、ウィンドウを立ち上げる。


「この辺はなんか、ステータスオープンのパチモンって感じがしますわね……」


 半透明のウィンドウをタッチパネルのように操作する。




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【全力で】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【逆走中】

『182,456 柱が待機中』


【次の配信は五分後を予定しています。】


〇日本代表   だから山田は将来しれっと市川以外の男と付き合ってるって

〇ミート便器  逆張りオタク特有の執拗なバッドエンド要求ほんと萎えるな

〇鷲アンチ   痩せた考え……

〇日本代表   現実見れねえザコどもがよ

〇適切な蟻地獄 俺の心の中の森田はお前は〇ねと言っています

〇木の根    マンガ読むの向いてないよお前

〇日本代表   向いてないとか断言できる根拠を出せよ

〇red moon  効いてるw効いてるw

〇無敵     ほんま哀れなやつやな

〇日本代表   なんだお前 消えろ

〇無敵     消えるのはお前やで

〇日本代表   は?

〇日本代表   まさか通報したのか卑怯者

〇日本代表   おい

〇日本代表   なんとか言えよおい

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「なんで人の配信コメント欄でレスバしてんだこいつら……(ドン引き)」


 空気最悪になってて数分フリーズしてしまった。

 えっ、これなんとかするのってわたくしの仕事なの? さすがに管轄外では??


「まあ、とりあえず始めましょうか……」


 配信スタートの予約時刻を早め、透明なカメラ(便宜上カメラと呼んでいるけど、神の領域と接続できる特殊な端末らしい。機械的なものではなく、権能の延長だとかなんとか)に笑顔を向ける。


「こんにちは。マリアンヌ・ピースラウンドですわ~。今日は休日なので、雑談枠にしますわよ!」



〇苦行むり おっ配信始まってんじゃーん

〇雷おじさん マリアちゃんぐぅシコ

〇適切な蟻地獄 何度聞いても名前長すぎて草

〇red moon リセマラ不可能な実家ガチャでURを引いた女



「名前長いのは気にしているので触れないでください……えっ待ってリセマラ不可? え? 悪役令嬢やるからこの家に生まれたんじゃないの? え??」



〇第三の性別 レギュ読んで♡

〇鷲アンチ 貴族縛りのランダム一回勝負なんだよなあ

〇無敵 その世界だとピースラウンド家はマジでUR、逆に言うとリセマラ有りならピースラウンド家に生まれるまでリセだぞ



「はえ~すっごい……え、わたくしの家すごすぎません?」



〇日本代表 はい書き込める~私の勝ち!

〇無敵 家はすごいけどお前のキャラビルドは明後日の方向過ぎる定期

〇日本代表 おい無視してんじゃねえぞお前、私は消えてないってことは私の勝ちだが?



「コメント欄でレスバはやめてくださいます? それと、キャラビルドって……?」



〇苦行むり 自覚なしに変態ビルド構築してたのか……(困惑)

〇火星 ピースラウンドの血筋だと詠唱短縮スキルに常時バフがかかるから最速でスキルポイントカンストして詠唱破棄スキル獲得してタイマン最強目指すのが普通だな



「は、はい!? 魔法使いとは制圧魔法を連発するジョブではないんですの!?」



〇ミート便器 ミリしらRTAかな?

〇適切な蟻地獄 それだと広域魔法無効化してくる騎士相手に詰むんだよなあ

〇無敵 こんな甘えたビルドじゃ王国転覆ルート行けねえぞ、騎士対策ガン積みして差し上げろ

〇日本代表 シカトしてんじゃねえぞおい



 この日本代表ってやつマジで粘着きついな……

 それはそれとして有志によって有益な情報を得られるのはでかい。この調子でもっと情報引き出していくか。



「……というか違いますわよ!? わたくしが目指してるの、追放ルートですが!?」



〇木の根 今さら?

〇外から来ました アキラメロン



「はあああああああああああああああああああああああああああ!?」



 わたくしはブチギレた。








 マリアンヌが自室で心無いコメントたちにレスバを仕掛けていたころ。


「……………………」


 女子寮一階の談話室に、不審な影があった。

 周囲の様子をうかがいながら、こそこそと本棚の前にしゃがみこむ。

 その影はホコリにまみれた一冊の書物を引き抜くと、大事そうに抱え込んだ。


「……あんた、何してんの?」

「うひゃああああー!?」


 悲鳴が響き、女子寮にいる生徒たちは何事かと周囲を見渡した(レスバで顔真っ赤になっているマリアンヌは除く)。

 取り落としそうになった本を慌てて抱えなおし、不審な影は後ろを振り向く。

 そこには両腕を組んで胸を張る、金髪ショートカットの活発そうな少女がいた。


「は、ハートセチュアさん……!?」

「ええ。名前を覚える程度の記憶力はあるようね。リンディ・ハートセチュアよ。それで……タガハラは何故ここに?」


 問いかけながらも、リンディの視線は、ユイが持っている本に向けられていた。


「子供だましの児童文学」

「……ッ」

「デウスエクスマキナであっという間に終わった方がマシよ、そんなの」

「そんな、ことは……」

「それで? 人目を盗んで、何? もしかして絶版になってて、高値で売れるのかしら?」

「ち、違いますッ!」


 隠密動作を脱ぎ捨てて、ユイは勢い良く立ち上がる。


「これは! その……お母さまが、私によく読んでくださったのです……」

「ふーん。だけど、わざとらしいぐらい抜き足差し足で、何をそんなに隠れてるわけ?」

「……顔を合わせるだけでも、やっかみはありますから」

「なら隠密魔法でも使えばいいじゃない」


 たった三節詠唱でしょ、とリンディがこともなげに言う。

 しかしユイの表情は曇るばかりだった。

 自分にしりもちをつかせた女がこのザマとは、いい気味だとリンディはほくそ笑む。


「そうよね。アンタってば一節すらまともにできるか怪しいもんね」

「……それは私の不徳の致すところです」

「そう? 聞いたんだけど、マリアンヌのやつに教えを乞うているそうじゃない。あいつは単体戦力としては有数だけど、指導者としちゃ三流だったみたいね?」


 その台詞を聞いて、ユイがキッとリンディを睨む。

 思わず腰が引けそうになるが、あの時とは空気が違った。

 両眼には光が宿っていた。敬愛する人を馬鹿にされた義憤だった。真っすぐに見つめられると──言いようのない感情が、リンディの胸の内に湧いた。


「……ちょっとあんた、目をつむりなさいよ」

「え?」

「早く。人が来るわよ」


 言われるがまま、ユイは目をつむる。

 まぶた越しにも魔力の発光を感じた。その奔流は優しく自分の身体を包み、温かいオーラのように纏わりついた。


「……これって」

「自分の身体なら、魔力を循環させて一日はもたせられるわ。でも他人の身体だし、まあ部屋までが精いっぱいかしらね」


 目を開けば、自分の身体が見えなかった。本ごと透明になっているのだ。


「音までは消えないわよ。まあアンタなら、そのへんはうまくやれるんでしょ」


 ふてくされたようにそっぽを向いたままのリンディ。

 ユイは数秒困惑し、それから(透明化しているものの)頭を下げた。


「ありがとうございますっ!」

「フン。この程度もできないなんて、しょせんは……」


 言葉の半ばで、リンディは忌々しそうに舌打ちした。


「いえ。無様を曝した私に言えることはないわね。さっさと行きなさい」


 もうユイの姿は見えない。

 そこにいると分かっているから、人一人分の存在が、今真横を通り過ぎているということだけがなんとなく分かるだけ。


 リンディはユイが人目を忍んで借りに来た本のタイトルを思い出した。『セーヴァリスと聖女の盃』。有名ではない。だけど聞き覚えがあった。かつて家を家族ぐるみで訪れた際、マリアンヌが夢中になって読んでいたのだ。


 その頃、マリアンヌは神童と呼ばれていた。一を聞いて十を知り、百を行っていた。同世代どころか一回り上の子供すら相手にならなかった。婚約者と目されていた──実際、そうなった──ロイだけが必死に食らいついているぐらい。

 自分は相手にされなかった。それが悔しくて、一緒に遊んであげなさいという親の言いつけを無視して、マリアンヌにはまったく話しかけなかった。彼女は木陰で黙々とその本を読んでいるだけだった。


 だけど。

 だけどあの時。本当は。

 天才と呼ばれる彼女が、自分の好きな本を読んでいるのが、嬉しくて。


「ねえ」


 リンディは勢いよく振り向いた。



 ────その本って……



 口に出したつもりだった。

 けれど、唇が震えるだけで、声なんて一向に出ていなかった。

 もうユイの気配はなかった。


 自分一人が取り残された空間で、リンディは深く息を吐き、ソファーに乱雑に腰かけた。

 テーブルを指で叩きながら、唇をかみしめる。


「……忌々しいマリアンヌ。ミリオンアークの寵愛すら無下にして、そのくせに庶民には構って……!」


 覚えている。

 入学式の忌むべき記憶。

 少しは近づけたと思っていた。修練を重ね、最後に顔を合わせた時とは見違えるような強さを手に入れた。



 とんだ思い上がりだった。



 ロイ・ミリオンアークが剣を抜いて彼女に飛びかかるのを、リンディはその目で見た。

 ロイ・ミリオンアークが数度の攻防を打ち合うのを、リンディは黙って見ていた。

 ロイ・ミリオンアークが最後に崩れ落ちるのを、最初に打ち倒されたリンディは見ていることしかできなかった。



「戦い以外に能のない一族の分際で!」



 そして。



 ……私のことなんか、見てもいないくせに。



 リンディの最後の言葉もまた、結局、声にして出ることはなかった。

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