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INTERMISSION12 苛烈であるが故に(前編)

 決闘は社交界の華だ。

 今更ながら、どう考えてもこれはアーサーとかいう狂人が常識を操作して植え付けた異常な価値観だが……まあ、うちの国だとそういうことになっている。

 要するには決闘罪に問われず、合法的に一対一をできるってことだ。

 こんなに美味しい手段を逃すわけがねえ。



【タイマン張らせてもらいますので……夜露死苦ぅ!】



〇red moon ジェシー……サブクエで確かに名前出てきたな、昔は強かったってやつ?

〇火星 ライター公認の早撃ち(クイックドロウ)作中最強キャラやぞ

〇適切な蟻地獄 ツッパリフォーム使わないの?



【は? 使うわけないでしょう】



〇宇宙の起源 おいおい舐めプか?



【逆ですわ。ツッパリフォームの恩恵はあくまで機動力・膂力の向上。早撃ちの一点に懸けるならばむしろ邪魔です。最高速度を叩き出すためには、全神経を研ぎ澄まし、目の前の相手を撃ち抜くことのみに極限まで集中せねばなりませんわ。加えて、体内にて出力を増すツッパリフォームは、根本的に早撃ちと相性が大変悪いですわね】



〇宇宙の起源 はえー……なるほど理解した、いらんこと言ってスマソ

〇苦行むり こいつホント戦闘が絡んだ時の頭の回り方別人だな



【やかましいですわ! とにかくこの戦い、相当気合いを入れていきますわよ!】








 迎賓館にて、二人のレディが火花を散らす。

 片や神童と謳われ、間違いなくこの国の次代を担い、新たな風を既に吹き込ませつつある才女──マリアンヌ・ピースラウンド。

 片やかつて早撃ち部門において天下無双を誇り、今はレーベルバイト家に嫁いだ、紛れもない女傑──ジェシー・レーベルバイト。

 年齢こそ一回り近く離れている二人だが、互いに遠慮も謙遜もない。


「この私に早撃ちで挑む、ですって?」

「ええ。言いましたわ──アナタの最強の得意分野で、アナタを打倒すると」


 不快さを隠しもせず、ジェシーはマリアンヌに問う。


「忘れたのかしら? ピースラウンド……神童と謳われた貴女に、御前試合では誰も敵わなかった。ミリオンアークたちも台頭し、黄金世代と呼ばれ……反対に私たちは谷間の世代と呼ばれた」

「そうですわね。わたくしたちが強すぎましたので」


 マリアンヌの発言は傲岸不遜そのものだった。

 いったんは眉をひそめるも、ジェシーは気を取り直し、嘲笑を浮かべて告げる。


「ならばこそ、唯一の敗北を忘れたわけではないでしょう。早撃ち(クイックドロウ)は私の領域。そこでは貴女すらもが翼をもがれることになるわよ」

「試してみなさいな、オールドタイプさん。もうあの頃のわたくしではありませんわ」


 一層激しく火花が散る。

 もうこうなっては、知己の仲であるロイとて止められない。

 数秒の沈黙の後、両者の右手が閃き──


「はいストップ──今回の決闘。僭越ながら、私が取り仕切らせてもらいます」

『……!?』


 激突寸前だった二人の間に割って入ったのは、黄金のマントを纏った第三王子グレンだった。

 グレン王子が率先して審判を請け負ったことに、一同は少なからずの衝撃を受けた。


「ルールは至って普通の早撃ち(クイックドロウ)……射出レールは私が作らせてもらいましょう」


 早撃ち(クイックドロウ)──魔法使い同士の決闘として比較的花形に分類される手法だ。

 派手な魔法同士の激突に加え、何よりも手短に終わることから、観客からも決闘者からも人気が高い。

 魔力を編み込んだレールをあらかじめ設置し、お互いに背を向けて準備。3カウントが刻まれた直後に振り向き、そのレールに沿って魔法を放つ。


「ぬけぬけとよくもまあ……吠え面をかかせてあげるわ、ピースラウンド」

「期待しておりますわ。ですが分かっていますわよね?」

「何を、よ」

「貴族と貴族の決闘は即ち、互いの誇りを懸けた戦いになりますわ。負けたら野良犬ですわよ」

「……フン。残飯ぐらいなら用意してあげましょう」


 剣呑な声色のジェシーに対し、マリアンヌは優雅にドレスをなびかせ微笑むのみ。

 グレン王子が手早くレールを組む間、パーティーにやって来た貴族たちは固唾を呑んで見守っていた。


「……おい、ミリオンアーク。ピースラウンドは勝てるのかよ。流石に不利なんじゃねえか?」


 我が身とは関係ないことのはずなのに、アキトは震える声で問うた。

 だがロイが何か言うよりも早く、二人の横に気だるげな顔がヌッと突き出される。


「勝負にならねーな」

「……ッ、ミストルティンさんか」


 ルーガー・ミストルティンはやる気のない三白眼で決闘場を一瞥し、抱えてきたボトルから直にワインをがぶがぶと飲む。

 唇から零れたワインがシャツにシミを作るのに眉をひそめながらも、ロイは頷いた。


「そうですね。勝敗は見えています」

「それ、は……」


 果たしてどちらのことを指しているのか確認する前に、グレン王子が指を鳴らした。

 マリアンヌとジェシーの間を、深い紺碧の色を放つ魔法陣が七つほど展開され繋ぐ。魔力を伝導するレールだ。

 レールは魔法同士が激突した地点を記録し、どちらが早かったのかを明確に示す指標でもある。


「準備はできましたよ。ではご両名、準備を」


 王子の声を聞き、決闘者二人が背を向ける。

 奇しくもマリアンヌの視線の先にはロイたちがいた。



「1」



 ロイとルーガーは視線で問うている──意味のある戦いなのか。

 マリアンヌは静かに頷いた。



「2」



 グレン王子の声に淀みはない。

 ジェシーは王子の目の前で、王子が気に入っている様子の令嬢に恥をかかせることができると内心でほくそ笑んだ。



「3」



 視線が結ばれた。

 マリアンヌとジェシーが振り向いたのは同時。

 両者の右手が閃き、レールの両端に魔法陣を展開する。



焔矢(blaze)

堕ちろ(fall)



 レール上を互いの放った魔法が疾走──しなかった。

 バツン! と火花が散り、咄嗟にジェシーは顔を庇った。

 両腕を突き出し、それが何を意味するのかを数秒遅れて知り、愕然とした表情になる。

 魔法同士の激突は、火花がジェシーの鼻を掠めるほどの至近距離だったのだ。結果はレールを見るまでもない。


「早撃ちのジェシー、破れたりですわね」


 文字通りに、勝負にならなかった。王国中にその名を轟かせていた名手が一蹴された。

 その結果に貴族たちは言葉を失っている。


「……そんな。あり得ない……そんな、そんな! 何故!?」

「早撃ちならば。自分の得意領域ならば。その甘えた考えこそアナタの弱さですわよ」


 腕を下ろし、取り乱すジェシー。

 彼女に対してマリアンヌは、首を横に振って静かに告げた。


「ジェシーさん。もう一度基礎からやり直しなさい」

「……ッ! 何を偉そうに……」

「真剣な話をしていますわ!」


 一喝だった。

 雷鳴のように轟くそれは、ジェシーの唇を瞬時に縫い止めた。


「基礎に問題があるとは微塵も思いません。アナタの実力は本物ですわ。一手間違えたなら、勝敗は逆だったでしょう」

「……だけど、貴女が勝った」

「ええ。アナタの心構えの問題です。驕り、慢心、虚栄で全身を飾ったアナタは……かつてほど疾くありませんでしたわ」


 滔々と語りながら、マリアンヌはジェシーを指さす。


「アナタこう思ったでしょう。勝って何を命じるか。何を手に入れるか。名声がいかに高まるか。名ばかりと見下している連中に一泡吹かせられるか」

「…………ッ」

「以前の……わたくしとゼロコンマ数秒の世界で戦っていたアナタは、そんなことは考えていませんでした。ただ目の前の相手を撃ち抜くことを考えていたはずです」


 言い返せない。

 ああそうだ、その通りだ。


(わた、しは……私は! 何をやっているんだ! 早撃ちですら、ここまで落ちぶれていたのか!?)


 歯を食いしばる。奥歯が砕けてしまいそうなほどの屈辱だった。

 早撃ちならばと思っていた。絶対の長所があるから、名ばかりの夫人に身を落としても、耐えられたのだ。本当の自分は凄いのだと。この場所で燻っているだけで、色あせた日常はかりそめのものなんだと。


 だが違った。


(本当に私は……何もかも。誇りさえ、失っていた)


 かつての栄光が覆る。

 真正面に佇む令嬢の眼光はごまかせない。震える膝から力が抜け、崩れ落ちそうになる。

 その時。


「さあ、ここからが本題ですわよ」


 決闘は終わったはずだというのに。

 マリアンヌは戦闘態勢を崩さず、そしてまた、グレン王子も次のレールを用意している。


「……は?」

「何を呆けていますの。言ったでしょう。これは誇りを懸けた戦いだと」

「……ええ。そうよ、完敗よ。今の私には、誇りさえ……」

「ならばやるべきことは一つでしょうに!」


 会場中をビリビリと震わせるほどの気迫だった。

 呆気にとられるジェシーの正面で、マリアンヌは右の拳を自分の胸に叩きつけ叫ぶ。


「ジェシー・レーベルバイト! 尊厳を奪われたのなら! 誇りを失ったのなら! 命を懸けてでも取り戻しなさいッ!」

「……!」

「アナタの敵は今ここにいます! 本当に負け犬になりたいのなら、どうぞ会場から出て行きなさい! ですがもし──もし、そうでないのなら! アナタの心の奥底に、燃えたぎる何かが渦巻いているのなら! 取り戻しなさい! 今ここで、全てをッ!!」



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