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INTERMISSION10 社交界の華

『……なるほど。私、第三王子主催でのパーティーですか』

「ええ。社会奉仕の一環としてお願いいたしますわ」

『構いませんが……いえ、意図を聞くのはやめておきましょう』

「あら。もう少し用心深いかと思っていましたが」

『正直に言えば、不安はあります。ですがそれ以上にワクワクしているんですよ。君が何をしでかしてくれるのかとね』

「なるほど。では刮目してくださいな! ……ちなみにいくらまでなら損害ごまかせます?」

『全額ですね』

「OKですわ! 権力者のバックがあるの、最高ですわね!」

『一応君も名家の長女なんですけどね……』








 王都に建てられた豪奢な迎賓館。

 今日はそこで、第三王子グレン主催のパーティーが開かれていた。


「ロイ、なにをぼさっとしていますの」

「え、あ、あぁうん……」


 第三王子主催で開かれたパーティーとあって、誰もが気合いの入った服装をしている。

 わたくしも久々に気合いを入れて着飾った。隣に佇む強襲の貴公子も見事に白タキシードを着こなしている。本当に顔は抜群なんだよなこいつ。


「いやその、久々に見ると……やっぱり、君は綺麗だな、って」

「あらそうですか?」


 その場で一回転し、黒のドレスを翻す。

 背中が開けているのでやや心許ないが、まあ我慢だ。



〇日本代表 本当に顔は令嬢でムカつく

〇101日目のワニ 静かに紅茶飲んでそう



【静かに紅茶を嗜むぐらいしましてよ!?】



〇無敵 でもお前砂糖とミルク有り得ないぐらい入れてマックスコーヒー錬成するじゃん



 おっとこのレスバは分が悪いな。

 勝てないレスバはやらないに限る。無視無視。

 わたくしは咳払いして、ロイの顔を下から覗き込む。


「アナタには刺激が強すぎる服装かもしれませんが、ふふっ。似合っているでしょう?」


 彼は面白いぐらい頬を紅くして、顔を背けた。


「ちょっ……む、無防備過ぎる!」


 無防備も何も最上級のドレスだが?

 わたくしがしばらくロイで遊んでいると、ふと影が差した。

 見れば先日とは打って変わり、正装姿でビシッと決まっているアキト・レーベルバイトがそこにいた。


「よう、ミリオンアーク」

「久しぶりですね、アキトさん」


 そういやここは何度か会話してるんだったな。


「そっちは……」

「僕の婚約者の、マリアンヌ・ピースラウンドです」

「うげっ。ピースラウンドか……」


 どんな反応だ。ああいや、ついこの間、ピースラウンド仮面にボコられたもんな。


「お初にお目にかかりますわ。マリアンヌ・ピースラウンドと申します。どうぞよしなに」


 ドレスの裾をつまんで優雅に一礼すると、アキトは頭を掻いて会釈した。


「ピースラウンド。お前の家の名前を名乗る怪盗に心当たりはねえか?」

「怪盗? ええと、月夜に舞う優雅な女義賊のことでしたら……」

「大分認識にズレがある気はするが、多分そいつだ。情報が欲しくてな、後で話そう」


 ふーん。リングに随分ご執心と見える。まあ今もわたくしが持ってるんだけどね。

 会話しながらも視線を感じた。ミリオンアーク家の嫡男に、三男とはいえ王立工房を持つレーベルバイト家。そしてピースラウンド家の長女が集まってるんだもんな。そりゃそうか。

 その時、場違いに野太い声が聞こえた。


「あ~~~~~、流石は王子様主催だ、酒がうめえ」


 ドン、とテーブルに酒瓶の底が叩きつけられる音。

 目を向ける。そこでは灰色の長髪を一本に束ねて、タキシードを着崩した長身痩躯の男が、手酌で次から次に酒を呷っていた。


「やだ、ミストルティンの長男よ」

「相も変わらず野蛮な顔」


 周囲の貴族たちがひそひそと噂する。

 彼の名はルーガー・ミストルティン。

 珍しく商業的な成功を多く収める名家ミストルティンの嫡男にして、魔力適合ゼロの落第者と有名な問題児だ。

 わたくしたちより7つほど年上だが、身に纏う駄目人間オーラは凄い。三白眼がギロリと周囲を見渡すだけで、貴族たちは萎縮してその場を去って行く。



〇適切な蟻地獄 出たな個別ルートの存在しないサブキャラ

〇ミート便器 原作名有りモブ、走者マリアンヌの場合にのみ謎過ぎる大出世を遂げた男



 原作だといまいちスポットライトが当たらなかったらしい。

 なんでだよ。徒手空拳のユイさんが主人公なら、こんなに美味しいキャラいないと思うんだけどな。

 周囲が一歩引いている中、わたくしは満面の笑みを浮かべて歩き出す。


「ルーガーさん!」

「げっ、マリアンヌ!?」


 結果として彼が独占しているテーブルに、迷うことなくわたくしは突撃した。

 鼻白んだ様子でルーガーさんを見ていたロイとアキトは、泡を食ってわたくしの後を追ってきた。


「ちょ、ちょっとマリアンヌ!? 知り合いなのかい!?」

「恩師と呼んで差し支えありません。お久しぶりです、ルーガーさん。お変わりない様子で何よりですわ」

「……あー……よお。ちったあマシな魔法使いになったか?」

「ええ! 見てくださいまし、この連撃!」

「だから格闘術の話じゃなくてだなあ!」


 ヒュンヒュンとわたくしは左右の拳をルーガーさんに放つ。

 超高速のジャブとフックのコンビネーション。そして刹那の間隙に撃ち出される必殺の右ストレート。

 だがそれらを、ルーガーさんは面倒くさそうに、首を微かに傾げるだけで捌いていく。チッ、分かってはいたが、こうも一蹴されると流石に傷つくな。


「どうです?」

「あー……しょぼいな。左の使い方が変わらず甘ぇ。右に頼り切った情けねえ格闘だ。お前(サウスポー)なのに何やってんだよ」

「だってアナタの右ストレートを目指して右利きに矯正しているわけですし」


 社交界の会場は気づかない。拳が空を切る音は快い破裂音を伴い、殺人技巧として磨き上げられた体術は視認できない。

 微笑みを浮かべて話しかけるわたくしに対して、戸惑いながら受け流す鼻つまみ者──視線を集めこそすれぞ、本質である師弟の闘り取りには気づけないのだろう。

 まあ傍にいるロイとアキトは、突如始まった近接戦闘に目を剥いていたが。


「大体お前よぉ、魔法使えば、一切の魔力に適合できなかったはみ出し者の俺なんざ瞬殺だろうが。なんで体術にこだわんだ」

「ハハッ、面白いご冗談ですわね。大抵の魔法使いを魔力無しに瞬殺できる『魔法使い殺し』がはみ出し者──確かに、この世界からは少しはみ出してるかもしれませんが」


 二つ名を呼べば、ルーガーさんが露骨に顔をしかめる。


「やめろ。その名前はとっくに捨ててんだわ」


 パシィ、とわたくしの右ストレートが手のひらで受け止められる。威力とは裏腹に恐ろしく軽い音。衝撃を完全に受け流されていた。


「どうでしょうか?」

「ん……カウンター七発。差し込み十三発。そもそも起こりを潰すのが五発。お前二十回以上死んでるな」

「…………むう」

「ワンツーは一日一万回やれつってんだろ。そしたら、ちっとはマシになるかもな」


 吐き捨てて、彼はまた手酌に戻る。


「恩師、というのは……」

「格闘術に惚れ込み、教えを請うているのです。ルーガーさんは照れ屋なのでなかなか弟子と認めてくれませんが……」

「たりめーだ。よりにもよって、戦術魔法の第一線を張ってるピースラウンド家の長女を弟子入りさせるとか、悪夢かよ」

「なるほど。マリアンヌの手癖の悪さは貴方が……」

「おい冗談じゃねえぞ、俺のせいにすんな。つーか散れ散れ! 揃いも揃ってヤバイとこの家だろお前ら。俺なんかとつるんでたらヤバいぜ?」

「いいからちょっとフックを見てくれませんか? 右外から打つ感覚がイマイチ掴めませんの」

「だーかーら、俺はお前の師匠じゃ……ああもうなんだそのなっさけねえ軌道! もっとしならせろ! 相手の腕にそって視線を外してだなあ……」


 四人で談笑しているうちに、会場がワッと沸いた。

 見れば入り口から、王族に許された豪奢なマントを羽織った、第三王子グレンが入場している。


「おや。随分盛り上がっていますわね」

「三兄弟の中じゃ一番とっつきやすいからだろ。第二王子は堅物だし、第一王子は何考えてるのかわかりはしねえ」


 アキトの分かりやすい説明に、あぁ……と納得する。確かに外面ならそういう認識になるか。

 話してみた印象としては、一番常識がありそうなのは第二王子だけどな。


「こんばんは、ピースラウンドさん」


 数多の貴族から声を掛けられながら、ほとんどを受け流し。

 グレン王子は迷わずわたくしの元へとやって来ていた。


「ええ。こんばんは、グレン王子殿下」

「早速ですが、一曲如何ですか」


 会場がどよめいた。

 彼は跪き、わたくしの手を取って、手の甲に口を落としたのだ。

 やめてやれよ。隣でロイが凄い顔になってるぞ。


 ……でもまあ、強大な権力の庇護を受けてワガママかますの、悪役令嬢っぽくていいな!


「分かりましたわ。では、三回回ってワンと鳴いてください」

「ははっ。やはり面白い人だ。次言ったら泣いたり笑ったりできなくしますよ」

「王子が言う脅し文句ではありませんわね……」


 しれっと恫喝してきやがった。

 メガネが……!

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