<< 前へ次へ >>  更新
66/240

INTERMISSION9 月下の女怪盗、推参!

 草木も眠る丑三つ時。

 段々と酒場の灯すら消えていく時間、王都の路地を一人の男が千鳥足で歩いていた。


「……うぷ」


 飲み過ぎた様子で、定期的に立ち止まってはしゃがみこむその男。

 ほかでもない、アキト・レーベルバイトである。


「飲み過ぎですか?」

「ああ? っせーな……」


 声をかけられ、後ろに振り向く。誰もいない。

 狐につままれたような表情でアキトは周囲を見渡した。確かに女の声が聞こえたはずだが。


「こちらですわよ」

「な……!?」


 一発で酔いが覚めた。声は上から振ってきていたのだ。

 見上げれば、二階建ての宿屋の屋上に彼女はいた。

 怪しげな仮面で目元をかくし、悠々と月を背負って佇むその女。


 そう──わたくしだ。


「なんだ、お前……!? 何者だ!? 仮面がダサすぎねえか!?」

「正義の使者、とでも名乗っておきましょうか。あと仮面はダサくないです」

「はあ……!? 正義の使者? お前、義賊ってやつか? あと仮面はどう考えてもダサいだろ」

「いただくモノはアナタ次第ですわ。それと仮面はダサくないです」

「何を言ってやがんだ、結局は物盗りなんじゃねえか! あと仮面はどう考えてもダサいだろ」

「ダサくないつってんでしょーが! 殺しますわよ!」

「正義の使者の言うことではないんじゃねえか!?」


 執拗にアンチコメを食らい、わたくしは声を荒らげた。

 咳払いして、右手でビシィと天を指さし、滔々と判決文を読み上げる。


「その数多の狼藉、許しがたく。数多の愚行、看過しがたく。いい年してセンチメンタルに浸れば暴言も許されると思っている幼稚さ、情けなく」

「あっちょっと待てやめろマジで酔い覚めた。お前思ってたよりクリティカルに効くこと言ってきてんじゃねえか」

「──このピースラウンド仮面が、流星(メテオ)に代わって征伐しますわ!」

「あのピースラウンド家を騙るのは流石にヤバ過ぎなんじゃねえか!?」


 絶叫を上げるアキトに対して、わたくしは宙に指を走らせ詠唱を開始する。

 グレン王子直々の、ことに及ぶときは『流星』を使うなってお達しだからな。仕方ねえ。目立つからツッパリフォームも3%だ。まあ一足でビル登れるぐらいだな。


舞い踊れ(romancia)羽根持つ者たち(guardian)聖なる泉の傍で(spring)驚きを齎すもの(magician)

「な──魔法使い!? テメェただの盗賊じゃねえな!?」


 発動するは四節詠唱風魔法『疾風響』。

 幾枚もの風のヴェールが、連続してアキトの身体に叩きつけられる。


盾よ(protect)……っ!?」


 咄嗟に防御魔法を展開するが、ノックバックは殺せない。

 建物と建物の間に伸びた裏路地へと、アキトの身体は叩き込まれた。

 わたくしは宿の屋上から飛び降りると、裏路地の入り口に降り立つ。


「逃げるのなら反対側からどうぞ。もちろんその場合は……レーベルバイト家の三男が酔っ払いに絡まれ、逃げ出していたという噂で、明日は持ちきりでしょうけど」


 安い挑発。

 まずは出方をうかがおうとしてのジャブだったが──アキトの両眼から酒の浮つきが消えた。

 足を肩幅に開き、正面から相対する。


「クソが! 燃え散れ(blaze)──」


 一節目を聞いた瞬間に思考回路が加速する。

 焔ではなく燃に簡略化しての詠唱。散れ、というワード。五節詠唱炎魔法『炎断斧』、それを短縮しての四節詠唱か。それなりだな。

 だが遅い。割り込む形で対抗魔法の詠唱を開始する。


清らかな流れ(stream)痛み恨みは遠く(kindness)自若たらん(composedly)

「──いにしえの灰よ(ash)悪しき血を吸いて(blood)叩き割れ(slash)!」


 顕現した『炎断斧』──を、瞬時にわたくしの三節詠唱水魔法『破穏浪』が打ち消した。


「……は?」

「何をぼけっとしているのです。次はなんですか?」


 わたくしの言葉を聞いて、アキトが慌てて次の詠唱を始める。

 だが過程も結果も変わらない。一節目を聞いて即座に対抗魔法を構築して撃つだけ。

 数度の応酬がまったく同じ結果に終わり、アキトの顔が面白いぐらい青ざめていく。



〇日本代表 相も変わらず戦闘力がイカれてるんじゃねえか?

〇101日目のワニ 防御魔法君が泣いてるんじゃねえか?

〇火星 最初の一節で詠唱省略・改変を看破して、大元の魔法を逆算してはじき出し、一節短い対抗魔法を組むのは、控えめに言ってもクソすぎじゃねえか?



「クソッ、焔……炎、よ(flame)!」

「はぁ……水よ(water)


 露骨に相手の出力が下がった。息切れか。

 つまんないことすんなよ、と少々出力を上げる。向こうが放った焔を貫通した水の飛沫が、ばしゃりとアキトの顔にかかる。


「ぶほっ!?」

「寝ぼけているようでしたので。目は覚めましたか?」

「……ッ。この野郎……!」


 両眼に再び、闘志が宿る。

 それでいい。それでいいんだが──結局同じコトするだけなんだよな。



【あ~あ。やっぱりこっちはつまらないですわ。相手に合わせて選ぶだけなので……やはり流星(メテオ)こそ至高ですわ! 相性など気にせず火力でブチ抜く快感がたまりませんの!】



〇無敵 頭がおかしいんじゃねえか?



 何を言うか。相手の全力をパワーでねじ伏せるのこそが、悪役令嬢が歩むべき覇道だろうが。

 っていうか、そう考えると……下手に引き延ばすのは正直時間の無駄だな。

 そろそろ仕舞いにするか。


舞い踊りし(romancia)羽根を持つ者(guardian)──」

「ッ! 焔よ(blaze)食いちぎれ(throwing)!」


 こちらの詠唱を聞いて、アキトが即座に詠唱を二節で完成させる。

 そこそこにやるのは分かっていた。だから速度を落とした詠唱を聞かせれば食いつくと思った。


「行けよ『炎武槍』! あいつの『疾風響』を貫け!」


 アキトの右手から、四節詠唱炎魔法『炎武槍』を二節に短縮した攻撃が放たれる。

 やっぱり割と強いな、こいつ。瞬時に相性の良い魔法を導き出して完成させた。

 だけど、まだわたくしには遠く及ばない。


「──を踏み潰せ(is breaked)誇り高き獅子よ(great leo)

「な……!? 『疾風響』じゃない!?」


 敵を射抜くため射出された炎の槍。

 だがそれは、風が形を成した獅子に正面から噛み砕かれた。


「馬鹿な! テメェの詠唱は確かに……!」

「ええ。四節詠唱風魔法『疾風響』──に、限りなく寄せる形で、五節詠唱風魔法『獅子空吼』を詠唱改変しました。タネを明かせば単純でしょう?」


 わたくしがぱちっとウィンクをすると同時。

 獅子が地面を爆砕して飛び込み、腕を振るう。

 放たれた破壊の嵐は絶大で、アキトは反応する暇もなく吹き飛ばされた。


「が……ッ!?」


 そのまま路地に身体を打ち据えて、彼は倒れ伏した。

 ──アキトが予測した『疾風響』は風のヴェールを何枚か叩きつける範囲攻撃。貫通性に優れた炎の槍の投擲魔法を瞬時に選んだのは賞賛に値する。だが大きな誤りでもあった。

 ていうか状況がヒントだったんだけどな。こんな狭い路地で『疾風響』使うわけないだろ。読みが一面的なんだよ。


「お行儀の良い戦い方ですわね。後は状況に合わせた駆け引きを学べば一流と呼べるでしょう。この辺りはロイ・ミリオンアークに学ぶとよいかと」


 というわけで。

 はいわたくしの勝ち! ぶい!


「勝者であるわたくしは、この場においてアナタの生殺与奪の権を握っています……でしたらこちらをいただきましょうか」

「……ッ!」


 倒れ伏すアキトの傍にしゃがんで。

 わたくしは彼の小指につけられていたリングを一瞬で抜き取った。

 地面転がるときに庇ってたもんなあ? よっぽど大事なんだろ?


「ざけんじゃねーぞ! それは、それは母さんの……!」

「敗者は勝者に頭を垂れるもの。むしろ、跪いて命乞いもせず生き延びられることの幸運さを噛みしめなさい」

「テメェ────!」


 顔を上げたとき、もうわたくしはそこにはいない。

 アキトの呻き声を聞きながら、わたくしは月の下、屋上を駆けてその場を立ち去った。








「さて、どうしましょうかね」


 抜け出した女子寮への帰り道。

 仮面を取り外し、指輪越しに月を見つめ、リングを金色の輪郭線として重ねながらぼやく。



〇トンボハンター どうすんの? 命令は始末だったけど

〇外から来ました このサブクエはクリアしてもあんま旨味ないからロスくさいんだよな



【原作だと、荒れてる理由までの掘り下げはなかったのですか?】



〇ミート便器 しばき倒すだけだったな

〇red moon 馬車で轢くのが一番早かった



【これ本当に乙女ゲーの話なんですよね? グランド・セフト・オトメじゃないですよね?】



 いくらなんでも野蛮すぎんだろ……とドン引きしてから。

 わたくしは咳払いをして、後ろへ振り返った。


「それで? なんの用でしょうか」


 分厚いローブを着込んだ男が一人、立っていた。

 フードに隠れて顔は窺えない。

 恐らく王宮直轄の隠密行動部隊なんだろう。憲兵団の人かな。


「第三王子殿下への定期報告です。報告を口頭で伝えてください」

「え……アナタ最初から見ていたでしょう? わたくしからの口頭報告、必要ですか?」


 指摘に、使者はびくっと肩を震わせた。


「……お気づきだったとは」

「まあそうですわね。順調とお伝えください」

「命令内容に従うだけなら、路地に転がっているのは死体になっているはずですが」

「ゴミ掃除は手で拾うのが全てではありませんわ。道具を色々と準備しているところですの」

「……理解しました。順調と伝えておきます」


 それだけ言って、男は踵を返して数歩歩き、かき消えた。


「……ゴミ掃除、ですか」


 ゴミ。社会のゴミを片付けて、社会にとってプラスなら、社会に奉仕したと言えるのだろう。

 だけど。あいつ、レーベルバイト家に傷が付くぞって言ったら、釣れた。

 ……釣れちゃったんだよなあ。


「ん~……まあ、やれるだけはやってみましょうか」


 天を見上げる。ぽつんと浮かんだ月がわたくしを見下ろしていた。

 右手を突き上げ、わたくしは月夜に一人叫ぶ。


「何せわたくしは正義の使者、ピースラウンド仮面! 正義とは即ち流星(メテオ)! この世界を守護する流星の名の下に存在する以上、無様な姿は晒せませんわ!」



〇みろっく 流星戦隊メテオレンジャー! メテオレッドマリアンヌ! メテオブルーマリアンヌ! メテオイエローマリアンヌ! 君は誰を応援する!?

〇苦行むり 対抗馬が存在しないクソレースやめろ

〇無敵 モロ名前言ってんのにモロ過ぎて嘘だと思われてたのホント草



 そこはほら、仮面がかっこいいからバレなかったってことで。

<< 前へ次へ >>目次  更新