INTERMISSION8 王立工房
ある休日の昼下がり。
わたくしはユイさん、ジークフリートさんと三人で、ある工房を訪れていた。
「これが騎士団用の装備を製造している、王立工房ですか」
「ああ。俺も訪れるのは久しぶりだが……相も変わらず、とんでもない場所だ」
王都すぐそばの平地に建てられた工房は、広大な敷地いっぱいに工場が敷き詰められた、もはや工業地帯と呼ぶべき代物だった。
わたくしの前方ではジークフリートさんとユイさんが並んでその広さに唖然とし、落ち着かない様子でいる。
「……おっと」
「あら」
その時、不意に騎士の身体が傾いた。
とっさに踏み込んで抱き止める。ジークフリートさんは目を白黒させてから、申し訳なさそうにわたくしの身体から離れる。
「すまない。助かったよ」
「珍しいですわね。立ちくらみでしょうか」
「ここのところ、どうにも体調が芳しくなくてな。ルシファーと戦ってから……身体が思うように動かないことがある」
おいおいとんでもねえセリフが聞こえてきたぞ。
知ってる中でも屈指のタフネスを誇るジークフリートさんが? 何だ?
何かしらの後遺症……いや待てよ。ルシファーと戦ってから、と言っていたな。
【はい集合! これもしかして覚醒フラグですか?】
〇適切な蟻地獄 お前はなんで戦闘力回りのイベントだけ異様にカンが鋭いんだよ
〇鷲アンチ まあ多分そうだけど……いや、共通ルートで何で扉開きかけてるんだろうな……
〇無敵 マジで勘弁してくれんか
どうやら推測は正しかったようだ。
情報を得るべく次の問を考えていると。
「やや! 失礼、待たせてしまったかな?」
聞いたことのある声が聞こえた。
顔を向けると、作業着姿の小太りのおじさんが、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
ジークフリートさんが身なりを正して、走ってきたおじさんを迎えた。
「お久しぶりです。ご結婚のお祝いが遅れてしまい申し訳ありません」
「はは! 気にしなくていいさ、式にも身内しか呼ばなかったからね!」
「ご夫人にはよろしくお伝えください。それにしても、お変わりない様子で何よりですよ」
「こっちは身体が資本だからね! 君も元気そうじゃないかジークフリートくん! どちらがお嫁さんだい?」
「れ、レーベルバイト卿、そういったことは彼女たちにはまだ早いですよ……」
わたくしを一瞥してから、困ったようにジークフリートさんは言う。
あ? なんでこっち見た?
「ほーう……なるほどなるほど。確かに君は特注のプロテクターにも赤いラインを入れていたね! はっはっは!」
「そ、そういう意図があったわけではありません!」
今日は珍しい姿ばかりだな。ユイさんもびっくりしている。
あのジークフリートさんがここまで狼狽えているとは。
「いや失礼! お嬢さん方を待たせてしまったかな! ピースラウンド卿の娘さんと、教会のタガハラさんだったか! 今日はよろしく頼むよ!」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
「よ、よろしくお願いします」
小太りのおじさんの挨拶に二人で返事をする。
いかにもな職人だが、見てくれに騙されてはならない。彼こそがレーベルバイト家の当主だ。
「ささ、こっちに!」
当主自ら先導して歩き出す。
わたくしたちは顔を見合わせてから、彼の背中を追った。
工業地帯を真っ直ぐに突っ切りながら、当主は朗らかに話しかけてくる。
「それにしても驚いたよ、ピースラウンドさん。グレン第三王子殿下直々の推薦……お手伝い、でほんとにいいのかい?」
「ええ。以前から興味がありまして。王子殿下に推薦状をしたためていただきましたの」
んなわきゃねー。もう完成していた推薦状をぽいと手渡されたのだ。
とはいえ興味があったのは事実だ。さっきからいくつか工場を通り過ぎているが、基本は手作業のようだな。
ユートの話だとハインツァラトス王国は自動化に力を入れているらしいが、ウチはまだ職人の仕事を重視している。とはいえラインは洗練されていた。前世では発展途上国で、専門用語なんてほとんど知らない現地民が見よう見まねだけで組み立て作業しているのを何度か見かけたが、それとは全然違う。完成されたラインだ。
「はい、今日手伝ってもらうのはここ!」
じっくり観察していると、前方で当主が足を止めた。
やや中心部からは外されているものの、活気づいた工場が目の前にあった。
「王立騎士団訓練兵用の装備を製造してる工場だよ、よろしくね~!」
辿り着いた今日の作業場を見て。
わたくしとユイさんは、頑張ろうと頷き合った。
ジークフリートさんはそのまま、当主と一緒に別の工場へ向かった。
なんでも中隊が新型装備の導入先に選ばれたらしく、その視察も兼ねてわたくしたちと共に来てくれたんだとか。
順調に出世してるな、と思う。新型を卸してもらえるって、結構信頼されてるってことだもんな。
「えーと……Eの42。ここですわね。鉄鋼を運んで参りましたわ!」
「オッケー! そんじゃ悪いけどそこに置いといてくれ!」
箱詰めにされた鉄鉱石をその場において、額の汗を拭う。
金属加工の現場とあって工房内部は極めて暑い。職人たちも汗を噴き出しながら集中していた。
「ピースラウンドちゃん、こっち頼めるかい!?」
「今行きますわ!」
わたくしは資材を箱ごと抱えては運ぶ、雑用といって差し支えない作業に従事していた。
筋骨隆々の大男でさえ持ち運ぶのに難儀する資材であっても、ツッパリフォームを5%程度発動させれば紙のように軽い。
最初はバケモンを見る目で見られたが、魔法です魔法です魔法ですとゴリ押したら受け入れてもらえた。というか、作業効率が目に見えて上がったから、諸手を挙げて歓迎してくれたのだ。
「いやあ、貴族のご令嬢が手伝いに来るって聞いたときは、正直何事かと……」
「ふふっ。足手まといだと思ったでしょう? いえ、満足に働けているとまでは思い上がれませんが」
「そんなことないぜ。ハッキリ言って大助かりだ」
職人がオレンジ色に発光する鉄を器用に変形させる様子を見守りながら、わたくしは周囲を見渡した。
ユイさんも自分に祝福をかけて荷物を運んでいる。
……やっぱおかしいだろ。見目麗しい美少女二人が手伝いに来て、やること肉体労働かよ。
「あっ、マリアンヌさん。チーフがそろそろ休憩入れろって……」
すっかり馴染んだ様子のユイさんに声をかけられ、わたくしたちは二人で休憩室に向かった。
ドアを開けて中に入ると、ひんやりした風が全身を冷やしてくれる。
「保冷魔法、でしょうか」
「みたいですね。ほら、魔法石が壁に埋め込まれてるんですよ」
先客の作業員たちが慌てて煙草を灰皿でもみ消していた。
お気遣いなく、と告げて、ベンチに腰掛ける。
「いや、悪いね。ついいつものくせで」
「お気になさらず。作業着はお借りしたものですし、帰る前にはシャワーも浴びますもの」
「びっくりしたよ。タガハラちゃんもだんだん慣れてきたけど、ピースラウンドちゃんなんて一発で順応してるもんな」
「そうですよね。マリアンヌさん、最初からテキパキ働けてて凄いです!」
ユイさんはキラキラした目でこちらを見てくる。
う~ん、これが前世チートってやつか。なんか初めてアドを感じたな。
「ピースラウンドちゃんもタガハラちゃんも、どうだい? 卒業したら……」
「えっと、それは」
「そうですわね。就職先として前向きに検討したいですわよ」
言いよどむユイさんの言葉に割り込む。
「ガハハ! そりゃ期待大だな!」
お互いに本気ではない、社交辞令の冗談だ。下手に言いよどむと思い出させてしまう──本来は身分が違うのだと。それは関係構築の上でよろしくない。
視線で感謝を告げるユイさんに小さく頷く。この辺の交渉は、昔取った杵柄というやつだ。わたくしに任せて欲しい。
──さて。お互いに緊張もほぐれてるし、いよいよ本番だな。
「皆さんがわたくしたちに丁寧に仕事を教えてくださったおかげですわ。普段は別の人がお手伝いしているのでしょうか」
話を切り出すと、職人たちは少し視線を逸らした。
「あー……まあ、そんなとこだな」
「最近はちょっと顔出してくれてなくてね。アキトくん、戻ってきてくれたらお似合いかもしれねえんだが……」
「馬鹿、よしな」
他の職人にたしなめられ、彼はばつの悪そうな表情になった。
よし、一発で釣れた。ちょろいもんだ。
「アキト、というと……確か三男坊の方ですわね。何かありまして?」
「ん……あんま、お嬢ちゃんたちに話すことじゃないのかもしれんけど」
「新しい奥方と、どうにもソリが合わないらしくてね」
作業員たちは言いにくそうに口をもごもごさせている。
もう一押しか、と言葉を精査していた、その時だった。
「──ハッ。新しい丁稚が来てるとは、いよいよ俺もお役御免なんじゃねえか?」
顔を上げると、休憩室の入り口で壁にもたれかかる茶髪の男がいた。
レーベルバイト家の三男坊であるアキト・レーベルバイト。
社交界に引きずられていったとき、ロイと歓談しているのを見たことがある。わたくしたちより五つぐらい年上だったはずだ。
「アキトくん……当主様が心配してたよ」
「親父が俺を? 冗談がキツイんじゃねえか? 若い女のケツ追っかけて、嫁の死に目に来なかった男だぞ」
「アキトくん!」
鋭い叱責の声だった。隣でユイさんがびくんと肩を跳ねさせる。
ふーん。
いかにもなサブクエだな。フラグさえ建てればぽんぽん情報が入ってくる。こんなに楽なことはない。
アキトはわたくしとユイさんを一瞥することもなく、鼻を鳴らす。
「そこの女たちも愛人候補ってとこか。やだやだ、国家公認工房のエンブレムが泣いてるんじゃねえか」
そう告げると、彼はカーキ色のジャケットを羽織り直してどこかへ立ち去っていく。
「……どうやら、二人が手伝いに来てるのを曲解してるみたいなんだ。ごめんよ、二人とも。あんな子じゃないんだが……」
「気を悪くさせてしまったかな。もちろん当主は、そんな人じゃない。そう信じることのできる、良い人だ。ただ……俺たちにも、亡くなった前の奥さん、つまりアキトくんの実のお母さんと何があったのかは知らなくてね……」
休憩室の空気が重いものになる。
ユイさんが慌てて場を取りなしている横で、わたくしは顎に指を当ててじっと考え込んだ。
──第三王子グレンから下った、ゴミ掃除の内容を思い出す。
『工房の稼働率を下げ、王国の威信に傷をつけかねないのなら、アキト・レーベルバイトの存在価値はマイナスです。始末してください』
さてさて。グレン王子の考えを少し推測しよう。
単純にぶっ飛ばせば良いって問題なら、いったん工房の手伝いをさせるなんてまどろっこしいことをする必要はない。
何をさせたいのか。何を以て社会奉仕と認めるのか。
なんだよ、思ってたより複雑なクエストなんじゃねえか?
〇宇宙の起源 口調移ってて草なんじゃねえか?
でもこの口調、ちょっと癖になるんじゃねえか?