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INTERMISSION6 第三王子グレン

 わたくしを捕らえた国境警備団は、ハインツァラトス側ではなく母国の警備団だった。

 どうやら下山する過程で反対側に出てしまったらしく、わたくしはハインツァラトス王国側から侵入してそのまま母国に戻っていたのだ。

 異端審問に関してハインツァラトス国王ラインハルトは、我が国のアーサー国王に審問結果を一任。

 結果としてはアーサー国王の下、わたくしに対する審問が始まろうとしていた。






 王城の異端審問会が管理する、審問室。

 前世で言う裁判所に近しい構造のそこで、わたくしは被告人として中央に立たされていた。

 二階ぐらいの高さに設置された裁判官席がぐるりと周囲を囲み、こちらを見下ろしてくる。

 揃いも揃って見下してきやがって……


「では異端審問会を開始しましょうか」

「そうじゃの。議題は?」

「マリアンヌ・ピースラウンドの処遇についてです」

「ふむ。霊山山頂への不法侵入、並びに神体の破壊──か」


 聞こえる声の中に、聞き覚えのあるものは少なかった。

 かろうじて国王アーサーの声が判別できるのが救いか。


「当日、頂上への登山許可は一件も下りていなかったとあるのう。だが頂上に不審な発光を確認し、迅速に駆けつけた……我が国の国境警備団は立派に役目を果たしたの」

「そうですね」

「わしがピースラウンドに渡した登山許可証は?」

「詰め所側には、八合目までと記録されています」

「ならば手違いがあったようじゃ。わしは頂上までの登山許可を出したつもりだったが……どうやら食い違っていたようじゃの」

「では不法侵入に関しては、国境警備団には迅速な対応への報奨を。そしてマリアンヌ・ピースラウンドは不問と」

「うむ」


 は?

 なんか今流れるように隠蔽工作が発生したが?

 警備団への報奨ってこれ要するに口止め料じゃねーか!


「神体の破壊については……」

「調書には、リザードは明らかにマリアンヌ・ピースラウンドへ害意を向けていたとある。いかに神聖な生命体であろうとも、国民の生命より優先する謂われはない」

「では、不問と」

「うむ」


 は?

 なんかとんでもねえ詭弁が聞こえたが?

 大体調書にはちゃんと先制攻撃は譲らなかったって書いただろーが!!


「それじゃあ解散とするかの」

「異議無し」

「昼ごはんは何にする?」

「パスタがいい」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!

 マジメにやれよ! なんだこの身内で固められたグダグダ異端審問会は!?


「ちょっと!? 納得がいきませんわ!」


 わたくしは証言台をぶっ叩いて吠えた。



〇鷲アンチ まあ抵抗するだろうとは思ったけどさ

〇宇宙の起源 事情知らないと異端認定食らいたがる狂人定期

〇トンボハンター 異端認定されたがるって中2病みたいで草



 いや誰も好き好んで異端名乗りたくはねえよ! RTA的にこの流され方は看過できねえの!

 声を上げたわたくしに対して、アーサーは心の底からだるそうな目を向けてくる。


「えぇ……そなたさあ、隠蔽される張本人が何言い出してるの? ていうかリザードに喧嘩売るとか、常識的にありえないからね?」

「まったくです。若かりし頃の陛下ぐらいしか聞いたことがありませんな」

「突然黒歴史掘り起こすのやめてくれんか?」


 いやお前もやってたんかい。

 胸を押さえ脂汗を浮かべるアーサーから視線を切り、わたくしはなんとか喧嘩を売れそうな相手を探す。

 貴重な追放チャンスを逃せるかよ。被告人用の証言台にかじりついてでも追放をもぎ取るぞ。

 そう、わたくしが意気込んでいた時。


「お言葉ながら父上。審問会の終了を決定するのは私です」


 ガバリと振り向くと、眼鏡のレンズを光らせながら歩いてくる青年がいた。

 王族が纏う礼服ではなく、黒のシャツを着こなした美青年。見覚えがある。


「アナタは……!?」

「異端審問会を取り仕切っているのは私、第三王子であるグレンです……特級選抜試合以来ですね、ピースラウンドさん」


 水色の髪を小綺麗にセットした長身の王子は、実に軽やかに挨拶してきた。

 こいつ審問会を取り仕切るって……読めた! ドSメガネだな! なら強めの刑罰に処してくれるんじゃないの!?

 思わずウキウキになっているわたくしの前まで歩いてきてから、彼はにこやかに微笑むと、証言台にコップを置いた。


「ここから先は、私が審問を主導します。長丁場になるかもしれないので、お水をどうぞ」

「お気遣い感謝しますわ。山から連れてこられて、喉が砂漠になっていましたの」


 笑顔でお礼を言ってから、コップに手を伸ばした。

 だがわたくしがコップを持った瞬間、なみなみと注がれていた水がジュワッと蒸発した。


「…………」

「…………」


 第三王子と顔を見合わせる。


「……すみません。自白剤を入れていました」

「……はい、まあ、当然だとは思いますわ」

「それはそれとして。今のは?」

「本当に心当たりがなくて困っていますわ」


 対洗脳・薬物等に耐性あり……と第三王子がメモを取る。

 いや今のマジで何?


「……それでは話を始めましょうか。まず結論から言うと君を死刑、あるいは追放刑には処せません」

「チェンジで」

「何を?」


 クソが。ドSメガネかと思ったのに無力じゃねえか。審問官やめちまえ。


「私としても不本意なのですよ。君の処遇については父上から便宜を図るよう言われていましてね」

「あら、そうなのですか」


 視線を向けると、お前それここで言うのは違うだろお前とばかりに表情を青くしている国王アーサーの姿があった。


「父上だけじゃありません。ハインツァラトス王国のラインハルト国王陛下からも『全力で見逃せ』との言付けをもらいましたよ」

「大人気ですわね、わたくし」

「不正の温床ですね。そして僕はそういった不正が大嫌いなんです」


 王子はにこやかに笑った。つられてわたくしも微笑みを浮かべる。


「追放刑でファイナルアンサーでしょうか」

「妥協案として出すものじゃなくないですか?」


 しまった、先走ったか。

 被告人が突然かなり重めの刑罰を要求したものだから、グレン王子は目を白黒させている。


「えーと……まあ、確認させてもらいたいんですよ。君の気持ちを」

「申し訳ありません。お気持ちは嬉しいのですが、やはり独り身が楽なので……」

「告白ではないですね。審問中に告白したら私なかなかの狂人ですよ。そうじゃなくて反省してるかどうかですね」

「なるほど」

「後悔しているかどうか。あるいはまあ、神体を破壊してしまった時、踏み留まろうとする意思があったかどうかを聞かせてください」

「やばいと思いましたが、殺意を抑えきれませんでした」

「反省の色ないですね」

「後悔しているかに関しては、無論しておりませんわ!」

「無論というより論外ですね。自分に不利なダメ押しをする人は初めて見ました」


 2階席で裁判官たちが頭を抱えていた。

 ふふん。これが悪役令嬢の底力だ!



〇適切な蟻地獄 お前マジで悪役令嬢に謝ったほうがいいよ

〇みろっく 底抜けの馬鹿だよお前は

〇外から来ました 最初に死刑も追放もできないって言われてただろうが



 あっ……


「ではピースラウンドさん。君には再犯防止プログラムとして、社会奉仕活動をしてもらおうと思っています」


 グレン王子はメガネをくいと指で押し上げて言った。


「えぇー……追放刑ではだめでしょうか」

「そのゴネ方はちょっとよく分かんないです。将来の夢が追放なんですか?」

「はい!」

「リザードは強敵だったようですね……」

「頭部に強い衝撃を受けたわけではありませんが!?」


 完全に頭おかしい人扱いされてた。

 グレン王子は咳払いすると、指を鳴らす。

 ガシャンと音が響いて裁判官席との間にシャッターが下りた。被告人が暴れ始めた時用のものか。


「……これは何のつもりでしょうか」

「社会奉仕活動の内容を聞かれたくないんですよ」


 ふぅーん……?


「ゴミ掃除ですか? お任せを、誰を殺ればいいんですの?」

「ノータイムで治安ドン底にするのやめましょうか」

「冗談ですわ。それで、一体何をすればよろしいので?」

「ゴミ掃除ですよ。レーベルバイト家の三男坊を始末してください」

「治安ドン底じゃないですか……」


 非常に明るい表情でグレン王子は告げた。

 ……え? マジで暗殺すんの?

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