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INTERMISSION4 リザード討伐戦

 マリアンヌと蛇龍種(リザード)が、霊山の頂点にて相対する。

 神話の時代から生きているという神聖生命体。

 存在するだけで周囲の空間に歪みを起こす、超常の蛇龍。


「りゅうせい つよさ はからせてもらう」

「何を偉そうに! わたくしの強さに恐れおののきなさい!」


 威勢良く叫び、マリアンヌは天空に手をかざして詠唱をスタートさせる。


星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)

「…………」

悪行は砕けた(sin break)塵へと(down)秩序はある(judgement)べき姿へと(goes down)────裁きの極光を(vengeance)今ここに(is mine)!」

「だめ よわい」


 リザードの言葉は、魔力を圧縮するチャージ音にかき消されて、マリアンヌには届かなかった。

 掲げた手をギロチンのように振り落とす。衛星軌道上で生成された流星群が、真っ直ぐにリザードへと降り注ぐ。

 その天変地異は中腹のロイたちはおろか、平地に住む人々の目にすら映った。


「10%なら、並行して六節までは展開できましてよ!」


 だが、降り注いだ『流星』に対してリザードは防御すらしない。

 全身を遍く流星群が穿つ──はずだった。

 接触した瞬間に、逆に流星が打ち砕かれ、マリアンヌは驚愕に目を見開いた。


「──通らない!?」

「ちょっと あつい」


 渾身の『流星』が表皮を焦すに終わった。即座にマリアンヌは大きく距離を取る。

 だがそれこそが陥穽。

 大きく距離を取った、はずなのに、リザードの背部から伸びた巨大な尾が彼女の身体を打ち据えた。


「ぎ、ィッ……!?」


 咄嗟の反応で左腕を挟んだ。ベギ、と骨の折れる嫌な音。ゴロゴロと地面を転がっていく。

 存在のスケールが違いすぎるのだ。彼女にとってのアウトレンジであろうと、リザードにとっては手を伸ばせば届く距離。


(この間合いでは絶死! もっと距離をッ!)


 右手一本で地面を押して身体を跳ね上げさせる。

 膝立ちに体勢を整え面を上げた瞬間だった。


(え──やられる!?)


 類い希な直感が死を予感した。

 全身に纏う星の煌めきを半身に集中させブースト。その場から数メートルほど横スライド。

 ゼロコンマ数秒のラグを挟んで、こちらにその顔を向けていたリザードの口から灰色のブレスが吐き出され、マリアンヌのすぐ横を駆け抜けていった。

 じゅっ、と髪が焦げる嫌な音と臭いがした。


「あれ はずした ちがう さけられた ちょっと いがい」


 恐る恐る後ろに振り向くと、後方で巨大な岩石が上半分を丸ごと削り取られていた。

 一ミリでも位置がズレていたなら、マリアンヌの右半身は吹き飛んでいただろう。


「アナタ、マジですか……ちょっと信じられないぐらい強いじゃないですか……」


 対人戦闘とは余りにも違う。ルシファー相手の時にもあった話だが、存在位階の違う相手では、人間で言う詠唱を行わずとも一挙一動が必殺になり得る。

 防御魔法を構築している暇がない。常に10%の発動をしてないと対応が間に合わない。



〇red moon これ本当に今やるイベントじゃないし撤退推奨かな

〇火星 アウトレンジから消耗戦に持ち込めばワンチャンスある



 コメントを横目に確認しながら、息を吐いて回復魔法を自身にかける。


(冗談抜きで強い。強すぎる。こちらの攻撃が通用せず、防御は一方的に撃ち抜かれる……控えめに言ってクソゲーですわ)


 冷静に思考が回る。

 ズタボロの左手から地面へ滴る出血すらも、火花を散らしていた。

 危機的状況に追い込まれ、マリアンヌの戦闘用思考回路が爆発的に回転速度を上げる。


(悔しいですが、魔法使いとしての戦い方に徹した方がまだ勝ち目がありますわね。懐に飛び込んでも圧殺されるのがオチ。山頂を離れ確実なアウトレンジでツッパリフォームを解除してから、全力で十三節詠唱を叩き込めばいい──)


 令嬢は勝ち筋を見出し、瞬時に戦術として構築している。

 その時だった。


「おまえ りゅうせい へただな」

「────────────」


 マリアンヌは言葉を失った。



〇適切な蟻地獄 乗るなマリアンヌ! 戻れ!

〇苦行むり マリアンヌ!?



 考えていた戦術全てが脳内から吹き飛んだ。

 代わりに、マグマのように沸騰する怒りが流し込まれた。


「……言ってくれましたわね。ええ、言いましたわね! このわたくしに、よりにもよってその言葉を……ッ!」


 ゆっくりと立ち上がる。その動作だけで全身から火花が散った。

 深紅眼に星の煌めきを映し。

 奥歯を噛みしめ、マリアンヌは深く息を吐いて、吸って。


「『流星』こそが最強だと、今のわたくしが言っても説得力などないでしょう……ですが! 今からアナタを蹴散らし、完膚なきまでに粉砕することで証明しますわ!」

「できないよ」


 リザードは酷薄に告げて、マリアンヌに向けて二度目のブレスを放った。

 視界が灰色に染め上げられる。

 だが──彼女は引き下がらない。


「どぉるうううああああああああああああああああああああああああっっ!!」


 ボロボロの左手を突き出し、真正面からブレスへと飛び込んだ!

 極光がマリアンヌの華奢な身体を起点に拡散され、山頂を無秩序に破砕する。


「ああああああああああああああああああッヅ! イッダダダダダ!」


 令嬢が出すものとしては最低クラスの雄叫びを上げながらも。

 止まらない。一歩ずつ、彼女は前に進んでいる。


「……っ うそ なんで」


 ブレスを吐き終えて、リザードは愕然とした声を上げた。

 私服のあちこちを焦しながらも、五体満足でマリアンヌが生き残っていたからだ。


「…………はい、なるほど。大体分かりましたわ」


 辛うじて感覚の残る左手を握っては開き、感覚を噛みしめるように頷いた。

 そしてキッと視線をリザードに合わせ、彼女は飛び出す。間合いを詰めるのには刹那もかからない。


「くるな けしとべ」


 三度目のブレス。

 まさしくリザードにとっては三度目の正直。必殺を予期した過剰火力の連打。

 しかし。


(全体に散らすのではなく、研ぎ澄まして突破するイメージなら!)


 全身から放たれる光と火花が輝きを増していき、左腕に収束する。

 無作為なものから、秩序だった、先端を研ぎ澄ました形になったのを確認し、マリアンヌは不敵な笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。感謝致しますわ。また一つ、わたくしは強くなった!」

「……ッ!?」

「体内を満たす『流星』の輝き! ならばこぼれた血液とてわたくしの一部、そこには『流星』が宿っていますわ!」


 迫り来るブレスに対して迷わず突撃。

 今度は拡散すらしなかった。極光を真っ二つに叩き割って、マリアンヌは一切の減速なしに突き進んでいく。

 そのまま発生源であるリザードの頭部へ到達すると、ガバリと開かれていた口に思い切り左腕を突き込んだ。


「なにしてる やめろ やめなさい なにこれ」

「分からないのならば教えて差し上げましょう! 体外に漏れた血液を使うことでいつもの2倍! 敵の身体内部で放つことにより更に4倍! わたくしの怒りによって更に6000万倍! これで『流星』パワーは約5億倍ですわ!!」

「ちがう そうじゃない ちがう」

「爆裂四散ッ! 消し飛びなさい────」


 口を閉じられないよう右腕で牙を掴んで保持し。

 ぬらりとした口内で、左腕に全神経を集中。



「ツッパリフォーム────アーマーアサルトぉぉオオオオオオオッ!!」



 山頂で、極光が爆発的に膨れ上がった。

 やがてそれもやみ、地上の観測班は見間違いかと互いに眉根を寄せる。

 中腹のロイとユートは顔を引きつらせていた。


 じゃり、と砂を踏む音。

 山頂の中心点。

 リザードが居座り、そして今、地面を揺らして巨体が崩れ落ちた場所。

 複雑に絡み合って倒れ伏すその蛇体の上に佇み、一人の少女が、へし折った牙を握った右手で天を指さした。



「刻みなさい! そして滅死なさい! わたくしの名は、マリアンヌ・ピースラウンド! アナタを討ち滅ぼし、この霊山の主となった女ですわッ!!」



〇宇宙の起源 勝手に主になるな

〇無敵 お前が君主になるとオーバーフローバグでも何でもなく攻撃性パラメータが255になって秩序が終わるんだよ



「誰がナチュラルボーン核武装ガンジーですか!?」

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