INTERMISSION3 霊山の主
ロイが岩場に腰掛け小休止を挟んでいるのを見て、わたくしはフフンと笑った。
「滝壺が空きましたわね。なら次はわたくしが──」
「あ~……じゃあ、マリアンヌ。俺たちは帰るか」
「はあ? 意味分かりませんわ。目的は幸いにも一緒でしょう。わたくしもバリバリ鍛えてバリバリ強くなりますわよ!」
「いやそうじゃなくってさ。こう、皆の気持ちを考えるとだな」
ユートは極めて居心地が悪そうだった。
ふーん……?
「なら場所は変えますわ」
「……気にしなくていい、って僕が言っても説得力はないか」
「そうですわね。アナタらしくもない、焦りすぎですわ」
わたくしは水滴のついた彼の金色の髪を乱暴にかき混ぜた。
普段なら嫌がりそうなものだが、彼はくすぐったそうに目を細めるだけだ。
「大丈夫ですわ、ロイ。アナタの強さはわたくしが世界で一番知っていますもの。ですから──頂点で待っておきましょう」
「……ッ! そう言われて、頑張らないわけにはいかないな……」
ちょっと声に元気が出ていた。
良かった良かった。
「頂点、か。確かに世界最強の座に君臨するんだって、マリアンヌなら現実味があるな」
「ああいえ、そういう観念的な話ではなく。頂点……山頂で待っておきますわね」
「は?」
さっきから魔素の流れを確認していたんだが、どうにも高所から流れ落ちている節がある。
指向性があるわけではなく、山頂付近にて絶えず、莫大な魔素が生み出されていると考えた方が自然だ。
ならば。
「要するに山頂にはもっと良い修練の場があるということでしょう! ならば最も強い負荷をかけてトレーニングさせていただきますわ! 何故ならば──わたくしは誰よりも先を往く者! 常に最先端を走り抜ける女!」
わたくしはシャキーンと右手を掲げ、天を指さし叫ぶ。
「ツッパリフォーム、10%ッ!」
「何ッ……もうそこまで引き出せるのか!?」
「イッデデデデデデッ」
「めちゃくちゃ反動来てんじゃねえか!」
激痛をこらえながらも視線をキッと上げる。
雲の上にある山頂。大体の位置は把握している。
「ではお先ですわ!」
「ちょっ! 山頂までの許可はもらってねえ────」
ユートの指摘を聞かなかったことにして、静かに腰を落とし、両端で地面を蹴り上げる。
爆砕音と同時、ひとっ飛びで視線が空に満たされた。
眼下のロイたちは豆粒以下になり、わたくしは一人で大空を駆け抜ける。
正確に言えば爆発的に上昇してから爆発的に落下している。
「……ッ?」
山頂を見定めると、わたくしの進行方向を塞ぐように神秘的な結界が張られていた。
邪魔だ!
「右腕限定上限解放! 30%悪役令嬢パァア──────ンチッッッ!!」
強い輝きを放ち、火花を散らし始めた右の拳を、結界に真正面から叩きつけて。
接触は一瞬。甲高い破砕音と共に、結界が粉々に破壊された。
〇火星 は? 今コイツ結界破壊した?
〇適切な蟻地獄 待って待って待って待ってこれもしかして山頂いける???は???
〇火星 おいバカふざけんなお前こんな前半チャプターで霊山山頂はお前これRTAやってんのかお前お前お前──ッ!
〇101日目のワニ 急にRTAの才能開花してるの、何?
勢いのまま山頂へ着地する。
身体各部から『流星』を噴射させ角度や速度を微調整。
狙い過たず、わたくしの身体は霊山の頂上にて、地面を削りながらも動きを止めた。
「……えーっと?」
濛々と吹き上がる砂塵が晴れた先。
流石に言葉を失った。
そこには、死ぬほどデカいヘビがいた。
「これ、は」
知っている。知識としては、知っている。
人類とは異なる理で魔法を自在に操る驚異的存在。
高い知能から、個体によっては人語を多少理解出来るとも言われる種族。
そして何よりも、神話の時代から存在すると言われる神聖生命体。
「──
山頂にて。
まさしくそこにいたのは、この霊山の主だった。
リザードは地面に伏せていたが、ゆっくりと瞳を開く。咄嗟に魔法防御を展開したが、異常はない。どうやら魔眼の類ではないようだ。
「にんげん」
「……ッ」
ビリビリと肌が痺れるような威圧感だった。
鎌首をもたげ、じろっと見られるだけで、魂魄を砕かれるような畏怖があった。
だが。
こんなヘビにも龍にもなり損なったやつ相手に、ビビってる暇はねえ!
わたくしは特大ジャンプでちょっと乱れた衣服を正すと、優雅に一礼する。
「アナタこそ、霊山ジベレリムの主であるとお見受けしますわ。わたくしの名はマリアンヌ・ピースラウンド。世界で最も選ばれし人間にして、最も先を往く人間。その使命を果たすために、この山頂にて鍛錬を行う許しをいただけませんか?」
「じこしょうかい はんぶん じまん すごく しつれい」
クソが。初動でマウント取ってきやがった。
〇ミート便器 どう考えてもお前が悪いんだよなあ
〇日本代表 ドラゴンに礼儀を説かれる令嬢ってマジ?
コメント欄にすら味方はいなかった。
孤立無援の状態に臍をかんでいると、リザードが湿った息を吐き出す。
「りゅうせい なつかしい」
「え……もしや、わたくしの先代の『流星』使いとお知り合いで!? まあまあ! なんて運命的なのでしょう! ぜひとも先代様のお話を聞かせてくださいな!」
「よわかった ころした おまえで しぬの よにんめ」
「殺しますわ」
殺す。