PART5 決闘は熾烈
昼休憩が終わるまであと15分程度。
「大騒ぎになりましたわね」
「9割君のせいだけどね」
マリアンヌのぼやきに、隣のロイが半眼で返す。
「私が勝ったら、もうマリアンヌに近づかないで。アンタみたいな庶民がいると、邪魔で仕方ないのよ」
中庭で、ユイとリンディが向かい合っていた。
何事かと見物人が集まってくる中、ユイの膝が震えているのを、マリアンヌとロイは見逃さない。
「止めないのかい?」
「止めたいのなら勝手にどうぞ。そういえば、タガハラさんの好感度を稼ぐチャンスですわね?」
「……? 僕が彼女に好かれようとする理由はないな」
バッサリと切り捨てる物言いを聞き、マリアンヌは意外そうに目を白黒させた。
「え? あんなに可愛いのに?」
「遠回しな自慢かい? 君の方が可愛いだろう。いや、方向性は違うかもな。確かに彼女は可愛い、だがそれ以上に君の方が美しく、魅力的だ」
金髪王子の真っ向からの口説き文句。
それを聞いて、マリアンヌは──めちゃくちゃ苦いお茶を飲んだ時のような顔になった。
「……そうですか」
ロイは思わず崩れ落ちそうになった。心臓バクバクなのを悟られないよう必死に紡いだ口説き文句のリアクションがこれである。即座に抜剣して自分の喉を突きたくなった。ていうか死にたくなった。
「それでは両名、準備はできまして?」
「できてるわよ」
「は、はい!」
決闘を行う二人の返事を聞き届けて、マリアンヌは頷く。
それからどこからともなく白いテーブルとチェアのセットを出現させ、机上にティーセットを並べ始めた。
「は、はわわ~! 決闘は必ず休み時間に収めてくださいね、ピースラウンドさん~!」
「分かっておりますわよ」
ロリ先生の言葉を受けて、マリアンヌはポケットから金貨を一枚取り出しながらロイを流し見た。
「座らないのですか?」
「え、ああ……確かに椅子が2つあるね。これ、僕が座ってもいいのかな?」
「わたくし解説役には向いていませんので、どうぞ」
ヨッシャ白昼堂々お茶デートゲット! とロイはマリアンヌに見えないようガッツポーズした。
マリアンヌの隣に座ると、ティーポットから自分とマリアンヌのカップに紅茶を注ぐ。
「ではコインが机に落ちたら、はじめてください」
告げると同時。
一切のラグを挟むことなく、マリアンヌが指でコインを真上に弾いた。
宙に浮きあがったコインが回転しながら数秒滞空し、重力に引かれ、机の真ん中に落下した。
それと同時だった。リンディが右手をかざし、魔法の
「
一節詠唱の最速起動。
放出された魔力は赤く染め上げられ、焔と化して矢を象る。
引き絞るように数秒の溜めを置いてから、矢が解き放たれる。速度、威力、どれをとってもリンディが優れた魔法使いであることに疑いはない。
「────!」
だが、ユイは素早く上体をそらして射線から逃れていた。
一拍遅れて矢が彼女の胸部を掠めるようにして通過する。
(……ッ? 避けられた?)
リンディは眉根を寄せながらも、右手を横に滑らせた。
「
彼女の身体前方に、炎の矢が三つ設置される。
鏃の穂先がユイの身体へ照準を定めた。
「ほう、一節詠唱とはいえ、ほとんど間を置かずに三連詠唱か──」
ロイが感心したような声を上げた。
その反応に気をよくしたのか、リンディは不敵な笑みを浮かべて矢を解き放つ。
「服の修繕代で破産しなさい!」
低俗な決め台詞だ、とマリアンヌは思った。
(初撃をかわせたのは驚きましたが、奇跡は何度も起こらないわ!)
都合三発。制服を焦がして、下着でも露出すればいい気味だと思っていたリンディの眼前で。
黒髪が躍った。宙返りに捻りを組み込んで、ユイの身体が跳ねた。放たれた矢の間隙を滑るような軌道だった。
天地逆さになったまま、ユイは地面を片手で押し身体を跳ね上げさせると、一回転して間合いを取り直す。
『……ッ!?』
見物人たちが騒然となった。
三連発を無傷でかわされたリンディが、最も大きな衝撃を受けている。何だ今の動きは。馬鹿な。人間の反射速度でかわせるわけがないのに。
「……タガハラさん、そのスカートでやる動作ではなくてよ」
見ていたマリアンヌは、流石に数秒驚いたように目を見開いていたが、すぐにいつも通りの声色で告げた。
「あっ、そうですね」
指摘され、ユイは自分のスカートを持つと──手刀でばさりと裾を切り落とした。
「これでよし!」
「そういう意味じゃなかったのですが……」
今度こそマリアンヌは呆気にとられた。
まぶしい太ももの露出に、男子生徒らが気まずそうに視線を逸らす。
「まあ、スカートを短くすれば動きやすいでしょうけれども。それにしても獣のような動きですわね。今のは……騎士団の格闘術に通ずるものを感じました」
ユイの戦闘動作を反芻しながら、マリアンヌは机上のシュガーポットからカップにばちゃばちゃと角砂糖を入れる。隣でそれを見ていたロイが頬を引くつかせた。
「ま、まあそうだね。僕は騎士の動きと貴族の魔法を組み合わせる戦術を研究しているから、勉強の一環として見たことがあるよ。次期騎士団長と謳われている方は、文字通りに魔法をすり抜けるようにして接近していた」
「でしょうね。魔法を使わない騎士にとって、前線で魔法使いと遭遇するのは致死の問題。故に、魔法を発動させる前の殺害、あるいは……魔法をかいくぐっての接近を取り扱うことになります。タガハラさんの動きはこれですわね」
発動準備の所作。視線の揺らぎと矛先。呼吸による胸の上下。
もし仮に、魔法を身体の延長線上に存在するものと考えるなら。
理論上、魔法が発動する前に、魔法の発動範囲を見極めることは可能だ。
「……確か王立騎士団は、剣術こそ建国の英雄の技術を基にしていましたが、格闘術は英雄の戦友が用いた技術を取り入れていましたわね」
「さすがに耳ざといね。僕も最近知ったばかりだけど、その通りだ。騎士団の修練に半年通い詰めて、やっと教えてもらえたよ。英雄と共に戦った、極東の島国出身の、変わった剣を武器として自在に操っていたという伝説の剣士」
ロイの補足を聞いて、マリアンヌは静かに思考を巡らせる。
そして。
彼女は静かに、ティーカップをソーサーの上に置いた。
(おもっくそ侍じゃねーか!!!!! なんで気づかなかったんだわたくし!?!?!?!?! え!?!?!? これもしかしてタガハラさん、極東の血を引いてるって、え!? そういうこと!?!?!?!?!)
マリアンヌの動揺には誰も気づくことなく。
決闘は皆の予想を裏切って、趨勢そのまま決着を迎えようとする。
ユイが腰を落とした。
リンディが慌てて次の魔法を打つべく魔力を充填する。遅かった。あまりに遅すぎた。
「──無刀流、一ノ型」
小さなつぶやきだった。
それを聞き逃さなかったのはわずかな生徒たちだけだった。
疾風となってユイが駆け抜けた。
間合いが殺されるのはわずかに瞬息。
リンディが展開する魔法陣が、通り過ぎざまに無手に貫かれる。
「な……ッ!?」
「ほら、やっぱり──
練り上げられた手刀。
リンディは瞠目した。ピンと伸ばされた五指に、魔力など感知できないのに、明瞭に自身の死が訪れることだけが分かったからだ。
背筋を悪寒が走る。気づくのが遅すぎた。目の前にいるのは庶民などという生易しいものではない。文字通りの、命を命とも思わない、死神。
(死────)
リンディは恐怖に恥も外聞もなく目をぎゅっとつむった。
「
だから。
次に目を開いたとき。
地面まで届かんとする黒髪と、その背中を見て、悔しいほどに安堵してしまった。
展開された防御魔法壁は計十枚。どれも並大抵の魔法なら傷一つつかない一級品だった。
そのうち七枚を貫通したところで、ユイの貫手は止められていた。
同様に割って入ろうとしていたロイは、その光景に言葉を失う。
(──僕が割って入ったら、死んでいたかもしれない)
ゾッとする威力だった。マリアンヌの多重連鎖防御壁相手に、ロイはその半数以上を貫通できた試しはない。
けれど、何よりも怖いのは。
(こんなものを、生身の人間が? いいやそこじゃない。これを……クラスメイト相手に放とうとしたのか?)
ユイの瞳を見た。何の光もともっていないその双眸。
「タガハラさん、聞こえませんでしたか? 時間です……授業に戻りますわよ」
珍しく優しい声色だった。
マリアンヌに語りかけられ、ユイがはっと気づいたころには、もう防御魔法壁は霧散していた。
「ご、ごめんなさい! やりすぎちゃって……」
「…………ひっ」
声をかけられ、リンディは後ずさり、それから脱兎のごとく駆け出した。
生徒たちも驚愕から覚めて、次々に慌てて教室へと帰っていく。
(……やはり危険だ。彼女は、マリアンヌの隣に野放しにしてはおけない……!)
(何よ、何よ何よあの女! 怖い……怖かった! だけど……なんであいつに助けられて、私は……!)
(初めてだ、止められた人。ピースラウンドさんなら、止めてくれるんだ……そっか、えへへ)
それぞれに強い記憶として刻まれた決闘を終えて。
マリアンヌ・ピースラウンドは。
いやー最近の主人公って武闘派なんですわね。
正直バトルスタイルにはドン引きした。隣の席で難しそうな顔で教科書を眺めている美少女、さっきもののはずみで人一人ぶち殺そうとしてたんだよね。何平然と授業受けてんだろ。サイコパスじゃん。いや勘弁してくれよ。マジで怖いんだけど。
まあいい。悪いニュースってわけじゃない。
むしろ、これでだいぶん希望が見えてきた。
正直魔法ヘッタクソ過ぎてこれわたくしを倒せるようになるころにはわたくし寿命尽きてるんじゃねと思ってたけど、これなら意外となんとかなりそうだ。
問題があるとすれば。
手刀というか、
わたくしをブチのめすときって、多分肉弾戦になるんだよなあ。
痛いのやだなあ……せっかくいい感じの美少女になれたんだから、顔は嫌だなあ……
いや……ほんと……痛いのは嫌だなあ……
靴でも舐めておこうかな…………