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INTERMISSION2 霊山ジベレリム

「それにしても驚いたぜ。突然、かの霊山ジベレリムに登りたがるなんてな」


 王城を後にして、わたくしはユートと共に、国境にある切り立った巨大独立峰を訪れていた。

 平たくいってしまえば富士山みたいなものか。エベレストではない。

 霊山といっても山岳信仰とは別ジャンルのようで、この世界においては文字通りに『かつて神が降りた場所』なんだそうだ。


「国王陛下にどうすれば強くなれるかを72時間ほどぶっ通しで聞き続けたところ、修行場所としてこちらが丁度良いと教えていただきましたの」

「王様相手に何やってんだお前!?」


 少々ノイローゼ気味になってはいたが、まあ楽しく話せただろう。


「ただ……険しいだけではなく、相応に危険な場所でもあると」

「ああ。人の手が入ってないからな、上の方は一般人は立ち入り禁止だ。俺も許可をもらうのには一苦労したぜ」


 登山道入り口の詰め所に、二人して通行許可証を提示する。

 国王直々のサインを見て駐在さんは椅子から転げ落ちていた。


「お、お気をつけて」


 ありがとうございますと返事をして、わたくしとユートは共に山道へと踏み入った。

 正直なところ、一気に異世界ファンタジーっぽくなってきてワクワクしている。

 今までハリポタみたいなことばっかやってたからな。ホグワーツを飛び出しての大冒険の方が性に合う。エマ・ワトソンと一緒に行動できないのは残念だけど。



〇無敵 選ばれし子供は敵を殴らねえぞ



 うるせえよ。お前を殴ってやろうか?

 大体ハリーだってキレる時はキレてるだろ。映画だとそうでもねえけど原作だと……いやまあ、滅茶苦茶問題児っていうか……


「それにしてもマリアンヌ、今日は随分と印象が違うな」


 ダニエル・ラドクリフが如何にハリーのイメージを押し上げたかについて悩んでいると、ユートが頬を掻きながら声をかけてきた。


「と、いいますと?」

「新鮮な服装だと思ってな」

「ああ、そうですわね」


 ついに私用ジーンズを手に入れたのだ。

 なんかやたら時間かかるなと思っていたが、工場長が『マリアンヌ様に一般販売用モデルを渡すなどとんでもない!』と張り切って、最高級のワンオフモデルを発注していたらしい。具体的には魔法防御性能とかが高いそうだ。いやジーンズってそういうのじゃねえから。


「美少女が可愛い服装をしているのも好きですが、わたくしはやはり、ジャケットを着た美少女が大好きなので」


 わたくしは両手をジーンズのポケットに突っ込み、無地の綿のシャツと、上に羽織ったジャケットを一回転して見せびらかす。


「自分で美少女美少女うるせえなお前」

「事実でしょう?」


 ユートの顔をしたからのぞき込み、唇をつり上げる。

 頬を赤くして、王子様は面白いぐらい狼狽した。


「……ッ。あんまりからかうんじゃねえよ……!」

「あら、これは失礼」


 ガハハ! イケメンにイケメンとして太刀打ちできたことはないが、美少女として圧勝するの最高だな!

 元童貞だからか童貞の殺害方法が手に取るように分かるぜ。

 山道を歩きながら、ユートはちらとわたくしの服装を再確認する。


「だが山登りには向いてなさそうだぜ。大丈夫なのかよ」

「ご心配なく。実は先日からとある訓練をしており、その一環になると思っております」

「へえ、どんな訓練なんだ?」

「ツッパリフォームの常態化ですわ」

「なるほどな……あ? え? なんて?」


 あの時は全力でブッパした結果、完全に身体がぶっ壊れた。

 みんなが必死に治療してくれなければ、再起不能になっていたかもしれない。


「わたくしは今、ツッパリフォームを出力制限状態で発動させています。流石にエフェクト……いえ、外見的な変化は出ていないようですが」

「はァッ!? せ、制限って、どうやって……ッ!?」

「体内宇宙を流星で埋め尽くす割合とでも言いましょうか……先日は無我夢中だったので、やや記憶は朧気ですが。現在7%で発動させている感覚から逆算して、70~80%程度の出力だったのでしょうね」



〇鷲アンチ フルカウルじゃねーか!

〇宇宙の起源 わたくしの流星バカデミア!?

〇適切な蟻地獄 ステインに真っ先に粛正される女



 チッ。流石に元ネタは割れているか。

 ただ、アイデアの材料になったのは確かだが、原因の違いから中身もズレている。わたくしの場合、足りていないのは体内宇宙を流星で満たして運営し続ける演算能力だ。

 あの時わたくしは、100%を出すことすらできないまま、自滅するところだったのだ。

 駄目だ。それじゃ意味がない。一度きりの最強など価値はない。恒久的に君臨し続ける無敵こそ、わたくしが目指すべきもの。そのためには必須と言える技術だ。


「このあたりの感覚を学ぶためにも、同じ禁呪保有者であるアナタに声をかけたのですわ」

「あ~……そんな理由で、俺はあいつらから総スカンを食らう羽目になったのか……」


 ユートが何やら呻きながら頭を抱えた。どうしたんだろう。男の子の日かな。

 修行場所を探してしばらく道を進む。7%の補正をかけた身体は非常に軽く、歩道でも歩いているかのように山中を進めた。段々と舗装は剥がれ、獣道を歩いていく。

 ふと耳を澄ませば、水のせせらぎに混じって、波濤の砕ける音が聞こえた。視線を向けるとユートも頷く。


「滝壺が近くにあるみたいだな。霊山だけあって、水も高純度らしいぜ」

「へえ、それは興味がありますわね」


 音の出所へと道を踏み外さないよう慎重に歩く。

 最早空気すら震わせる轟音の元にわたくしとユートは辿り着き、揃って呆然と立ち尽くした。

 そこには、滝に打たれながら剣を振るうロイ・ミリオンアークがいた。


「なんですかあれ」

「修行だろ……多分……」


 流石にしばらく呆気に取られてしまった。

 しかし、恐る恐る滝壺に近づいていけば、なるほどと理解出来る。

 ドバドバ流れている滝から強い魔素の反応を感じ取れたのだ。


「……高純度・高濃度の魔素を含んだ激流に絶えず打たれながらのトレーニングですか。単純な負荷だけでなく、魔法的な効果も見込めそうですわ」

「──ッ!? マリアンヌ!?」


 声をかけると、驚いたロイの手から剣がすっぽ抜けた。

 ダーツみたいに飛んできた両刃剣を指二本でバシリと受け止める。危ねえな。7%補正かけてなかったら指吹っ飛んでたかもしれねえぞ。


「アナタもここで特訓ですか、殊勝な心がけですわね」

「……ッ」


 突然苦虫をかみつぶしたような表情になって、ロイは滝壺からのそのそ出てきた。

 ズボンこそはいているが上半身は裸だ。到底貴族の嫡男とは思えない、鍛え上げられた実戦的な肉体。美しさすらある。

 いいなあ。前世はヒョロガリだったけど、マッチョへの憧れはあるんだよな。でも美少女だしムッキムキにはなりたくない。

 なのでわたくしはロイに近づき、彼の胸筋をぺたぺたと触った。


「見ないうちに随分といい身体になりましたわね……」

「ひょあぁっ!?」

「うおおおおおおい!?」


 素っ頓狂な声を上げるロイと、わたくしの首元を掴んで引っぺがすユート。


「お前、ちっとは自分が女だって自覚を持てよ……ッ!」

「はあ!? 女を猫みたいにつまみ上げるのやめていただけますぅ!? 高身長自慢ですか! 頭にきましたわ!」

「キレ所が分からねえ!」


 キレるに決まってんだろーが!

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