INTERMISSION1 隣国の王子たち
特級選抜試合と、それに伴う騒動を終えてから一週間が経った。
わたくしは所用でハインツァラトス王国の王城に来ていた。
私服姿だからか、通り過ぎていく憲兵や文官たちが訝しげな視線を向けてくる。中には美貌に見とれるような顔つきの者すらいた。
……いやまあ、謁見の間の馬鹿でかいドアの横に突っ立ってたら、そりゃ目立つか。
「すまなかった、ユート」
ドアの向こうから聞こえる声。
兄王子ことカストルの声だった。
「私たちは……どうかしていた」
続けて弟王子ことポルックスの言葉。
二人とも声は震えていた──半壊した闘技場。一面で倒れ伏す騎士たち。
それらが自分による行いだと、眠りから覚めて言われたら。
ましてや、冷静になった後、二人は思考を制限されていた間の記憶も取り戻したらしい。
「……兄さん」
ユートの声色は平坦だった。
さて、何て返すのか、お手並み拝見といこうかな。
「今から、残酷なことを言います」
「……ッ」
「何でも、言ってくれ。ずっとそうだったんだ。私たちはお前に……」
謝罪の言葉を重ねる兄たちに対して。
ユートは。
「──俺の目標であり続けてください」
…………あ~あ。
これだから、根っこが甘ちゃんの陰キャは。
詰めるべきときに詰められねえ。相手が悪ければ、ナメられっぱなしになる。
ったく。
「……待たせた」
ドアが開き、ユートがのそりと出てきた。
「終わりでしょうか?」
「ああ。俺なりに、けじめがついた……すまねえな、マリアンヌ。付き合ってもらってよ」
「お気になさらず」
元々は別の用件でハインツァラトス王国の領土に来ていたのだが、ユートの希望で、わたくしが付き添って一度王城に立ち寄ったのだった。
「そんじゃあ行こうか。日が高い内に着きてえし」
「ええ、そうですわね」
二人並んで歩き出す。休日とあってユートも私服だ。胸元を広げた赤い襟シャツを着ている。
ホストっぽくて正直隣を歩くの恥ずかしい。でも乙女ゲーのキャラって私服こんな感じだしな。
「まったく」
「いてっ」
ドン、と彼の胸をグーで叩いた。
「急になんだよ」
「お馬鹿さんですわね」
「ハア? 何が」
「論理的ではなくて、甘くて、馬鹿な男」
「ボロクソじゃねえか」
「ですが、つまらない男のままよりかは幾分かマシでしょう」
「……そうかい。ま、そうならいいんだがよ」
見上げれば、ユートの表情は晴れやかなものだった。
だがこれから先進んでいく道は不安定で、暗闇の中だ。
ハインツァラトス王国の騎士団は、巫女がいる神殿を制圧した。
正確に言えば──巫女は、もう、巫女ではなくなっていたそうだが。
巫女だったものを討滅するにあたって騎士団は甚大な被害を出した。
最終的には急遽帰国した国王・ラインハルトの手によって、処理されることとなったらしい。
「…………」
王城を正面口から出て、ふと、後ろを振り向く。
天を衝くようにそびえ立つ鋼色の王城。それはまさしく摩天楼だった。城というよりは、完全に超高層ビルだ。
その最上階。強化した視力で見れば、国王ラインハルトが、静かにわたくしを見ているのが分かった。
野郎ォ……高いところから見下しやがって……
『息子を頼む』
『言われずとも分かっていますわ』
目だけで会話を終えて、視線を切った。
王様になると父親を辞めなきゃいけないらしい。
可哀想な話だと思った。