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PART26 その令嬢、流星の如く(前編)

 最終局面。

 瓦礫を押しのけて立ち上がる大悪魔ルシファーに対し。

 わたくしは両手を腰に当て、胸を張って相対した。


「……なんだ、それは?」


 ルシファーの端末が、わたくしの身体各部に迸る火花を見て眉をひそめる。


「『流星』にそのような機能はない。一体何をした、貴様……」

「フフン。アナタ如きでは理解出来ないでしょう。わたくしと『流星(メテオ)』は最早、人呪一体の境地へ至りましたわ! これこそが悪魔すら泣かせる最強の力、ツッパリフォーム!!」

「──そうか。成程考えたな。自身を一つの宇宙と仮定し、体内で流星を燃やしているのか」

「一発で見破られましたわ!?」


 思わず悲鳴を上げた。

 何コイツ、理解力高すぎない?


「セーヴァリスめ……『流星』を改変したのか。いや逆か、余白を残してロールアウトしたな」

「ええい、原理を理解されたところで痛くもかゆくもありませんわ!」


 叫ぶと同時、わたくしは脚部から推力を放出。

 無数の『流星』を瞬時に活性状態へ移行させ、爆発的な加速を生み出す。距離を詰めるのに刹那もかからない。

 勢いのまま、真正面から拳を叩きつけた。ルシファーは左手でわたくしの加速流星パンチを受け止める。接触の余波で大地が軋んだ。


「不条理な威力の代償として、不合理な負荷がかかっているだろう。それを採用するのは理解出来んな……そのまま自滅しろ」

「死ぬなら、アナタを殺してからにさせてもらいましょうッ!」


 至近距離。

 思い切りのけぞってから、勢いを乗せて──流星頭突き(メテオヘッドバット)をかます。ルシファーの鼻面に思い切りわたくしの額が激突。


「……ッ!?」


 数歩たたらを踏んで引き下がったところに、再度右ストレートを打ち込む。

 複雑なコンビネーションは要らない。

 今はただ、真正面からこいつの顔をぶち壊してやりてぇ!


「無駄だと言っている……!」


 後退しながら翼から無数の氷柱を射出し、わたくしを遠ざけようとするルシファー。

 無駄だ。振り抜いた拳が氷柱を粉砕し、壊しきれなかったものは身体で受け止め、そのまま駆け抜ける。


「何なんだ、貴様は!?」


 懐に潜り込んだ。

 大悪魔がその両眼を赤く光らせる。攻撃の予兆を感じ取った。


「死ね」



〇外から来ました それ即死攻撃!

〇適切な蟻地獄 避けろ馬鹿!

〇脚本家 当たれ! 死ね!



 当たらねーよ死ぬのはコイツだアアア!

 両眼から深紅の光が放たれるのを、至近距離、微かな上半身の捻りで回避する。

 そのまま回転の勢いを乗せ、ストレートではなく鎌のようにしならせた流星フックを打つ。狙い過たずルシファーの左頬に直撃。やつの身体が地面から浮き、二度目のふっとばしに成功した。


「ご……ッ!?」


 ルシファーは空中でくるりと一回転して体勢を立て直し着地。だが顔を上げた瞬間、既に加速の準備を終えているわたくしを見て、ギョッとしていた。

 さっきから絶妙にテンポが悪いというか、わたくしが優位性を確保できている、できすぎている。格闘戦には慣れてないなこいつ。


「ッ、近づくな!」


 腕の一振りで、空間を断絶するような、超高密度の風の障壁が展開された。

 面白ぇ。わたくし相手に出力勝負か、乗ってやるよ!


「随分とまあ、可愛らしい怯え方ですわね!」


 最大限に体内の『流星』を活性化。

 ユートの見よう見まねだが、背中と右肘から加速用に推力を放つ。周囲の地面が軋みを上げてひび割れていく。大気そのものが鳴動した。

 腰を落とし、左手を突き出し、右の拳を弓矢のように引き絞った。


「撃ち抜け、わたくしの『流星(メテオ)』──!」


 加速すると同時、乾坤一擲。

 解き放ったパワーが障壁を濡れ紙のように引き裂いて、向こう側のルシファーに叩きつけられた。

 咄嗟に両腕をクロスさせガードしたが、そのままやつは脚の底で地面を削りながら数十メートル後退。砂煙を巻き上げながら、やっと静止する。


「ぐ、ぅ……ッ!?」


 そして。

 がくんと力が抜け、ついにルシファーが、地面に膝をついた。

 いいねえ。防御抜けるようになってきたじゃん。エイムがあったまってきたかな?


「ダメージを、受けているだと……!? 端末顕現とはいえ、これは大悪魔ルシファーの一部だぞ、有り得ないッ!」

「有り得ない? ご冗談を! 現実にそうなっているでしょうに!」


 光り輝く拳を突き出して、わたくしはルシファーを正面からにらみ付ける。


「大悪魔だか何だか知りませんが、よくもわたくしの前で偉そうにしてくれましたわね! わたくしは受けた屈辱は十倍、いや百倍にして返す女! 結論から申し上げましょう! アナタは今日、ここでわたくしに敗北しますわ!」

「…………ッ!」


 わたくしが宣言すると同時。

 ルシファーが目を見開き、コメントにキッズの名前がしゅっと入ってきた。



〇脚本家 何なんだよ……こいつ……

〇ミート便器 ドン引きしてて草

〇鷲アンチ ウッキウキで黒幕ロールしてたのに音速で全部ぶち壊されて可愛いね❤絶望顔見せて❤

〇脚本家 何でルシファーに対抗できる!? 何なんだよ、こいつは!? 頭おかしい!! 異常だ!!



【人のこと頭おかしいだの異常だの、失礼ですわよ!】



〇TSに一家言 そこは事実だろ

〇red moon そこ強弁するのは無理筋だからやめとけ

〇無敵 脚本家くんに謝ってほしい。謝れ! 謝れよ!



【一瞬で裏切るのやめてくださいます?】



 クゥーン……

 しょぼくれていると、立ち上がったルシファーが腕をかざした。


「我がしもべたちよ、奴を止めろ!」


 わたくしの周囲に漆黒の魔法陣が展開され、そこからのそりと、長身の骸骨騎士が歩み出た。

 おいおいここに来て雑魚召喚かよ。



〇日本代表 それはそうと、答えを教えてやろうか?

〇脚本家 答えだって……?

〇日本代表 なんでルシファーに対抗できるんだって質問。それはな、マリアンヌがこの場で一番、自分のエゴのために戦ってるからだ



 一蹴するべく拳を構えた途端、がくんと膝から力が抜けた。


「ぎっ……!?」


 やっべガタ来てるな。

 舌打ちしながら、口元から溢れた鮮血を乱暴に拭う。

 囲まれたか。殲滅に割く余力は正直ねえ。

 どうする? 確殺できる保証なしに、強引に突破するのは悪手だが──


「伏せろマリアンヌッ! ────オオオオオオオオオオラァッ!!」


 その時だった。

 咄嗟に頭を下げると同時、熱波が雑魚共の上半身を薙ぎ払った。


「忘れてもらっちゃあ困るな! こう見えて俺もダンスは得意なのさ!」

「『灼焔(イグニス)』使いか……!」



〇日本代表 誰かのために、って戦える奴は、きっと凄く偉い

〇日本代表 色んな人と助け合える、色々な人とわかり合える



 ユートが鎧から蒸気を上げながら、拳を鳴らして歩いてくる。


「随分と、元気そうですわね……」


 わたくしは結構限界なんだけど、こいつピンピンしてるな。

 疑いの眼差しを向けると、彼は頭を振った。


「俺は勘違いしていたよ。確かに堅牢さがウリのように見えるが、こいつの本質は、あくまで持続性だ」


 手を差し伸べられた。さっきとは逆だ。

 流星に輝く手で、灼焔を纏う手を握る。

 なんとなくだけど──禁呪保有者がこうして手を取り合うことを、国王アーサーは考慮しているのだろうか、と思った。


「問題ねえ。最後の瞬間まで力は温存しておけ」


 ぐらつくわたくしを、ユートが胸で抱き留めるようにして支える。


「見ていてくれマリアンヌ。俺が諦めない限り! 俺の心が折れない限り! この炎は消えやしねえってことをな!!」


 ああ。

 なるほど、理解した。

 これは己の脆弱な心を守るための鎧じゃない。

 特製の、最高にかっこいい一張羅なんだ。


 そう──『灼焔』が鎧を象る理由はただ一つ。

 最速を走り抜ける男のための、ライダースーツだから!



〇日本代表 だけど、手を取り合わなくても

〇日本代表 心の底から、こいつを応援したい、こいつのために何かがしたいって思えるなら、それでいいんだ

〇日本代表 流星を追いかけるためにみんなが走っているなら、それはもう『和』なんだよ



 さて、雑魚は蹴散らしてもらった。

 だがわたくしはユートに寄りかかるような姿勢でギリギリ立てているだけ。

 果たして二人で足りるか。周囲を見渡す。王子たちは流石にいねえし、騎士たちはほとんどがもう戦えそうにない。ユイさんとリンディが二人がかりで、ロイに肩を貸して安全地帯まで退いている。

 あ? 一人いねえな。


「オレの読みでは、君たち二人だけでは一手足りないな」


 背後で斬撃音。

 ユートと二人揃って、ガバリと振り向く。骸骨騎士が崩れ落ちた。討ち漏らしていたのか。

 そいつを斬り捨てた後。

 大剣を携えて、ジークフリートさんが隣に並んだ。


「ユート。オレたちは、友達(ダチ)なんだろう?」

「……ッ!」

「なら、オレを頼れ。友のためなら惜しむものは何もない」


 紅髪の騎士が、前に一歩進み出る。

 ははっ……どうやら友達ごっこは終わったみたいだ。

 大きな背中だと思った。ああ、やばい。ここぞという時に、本当に頼れる人だよ。

 それから彼は、背中越しにわたくしを一瞥する。


「あの時と同じだな」

「……いえ。心持ちは逆ですわ。アナタの背を押すのではなく、わたくしが背を押されています」

「フッ……それは光栄な話だ。ではあの時の借りを返すぞ、ドラまたマリア嬢」

「~~~~~~ッ!! この戦いが終わったら一発ぶちますわ!」

「あ、すまない。この呼び方は好かないのだったな……」


 この人、どんだけその名前が印象強いんだよ! もう勘弁してくれ!


「随分と余裕だな、貴様たち……燃え散れ」


 ルシファーがその眼光を輝かせ、背中から炎の渦を吐き出す。

 属性めちゃくちゃ持ってんなこいつ。火に氷に風に衝撃波に即死攻撃て。最後だけでよくね?


「やつの攻撃は俺が防ぐ! 至近距離まで運んでやるよ!」


 前に一歩出たユートが、片手を突き出して炎の渦を吹き払う。

 同じく炎系統の極点、押し負ける道理は微塵もない。


「ならばオレが、君が攻撃を届かせられるよう、入り口をこじ開けるとするか」

「できますか?」

「無論だ。それで、君は? ここまで言っておいてなんだが、不安なら後ろに下がっても構わない」

「発破かけてるのか本気で心配してくれてるのか、アナタだと判断付きませんわね……」


 てか結構な高確率でこれ本気で心配されてると思うわ。

 だが、答えは決まっている。

 ユートの身体から離れ、両足で立ち、わたくしは静かに告げる。


「やります。必ずやわたくしが、あの大悪魔を打倒してみせましょう。ですから──」


 目を閉じ、息を吸う。

 目を開き、唇を開く。



「わたくしに、アナタたちの全霊と、明日と、命を。全てを賭けてください」

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