PART23 その窮地、光明なく
〇鷲アンチ ダメダメダメダメ無理無理無理無理無理
〇適切な蟻地獄 逃げろはよ逃げろ!!!
〇日本代表 ああクソ、やっぱり異物の混入が確認できない! 上限値取っ払ったせいで、こっちを認識できるレベルにまで存在位階を上げた奴がいるのか!? 誰だ!?
コメントが一気にぶわーっと流れていった。
向こうは向こうで恐慌状態になってんな。
ジークフリートさんの指示で、騎士が護衛に付きながら王子たちが離脱していく。
「ピースラウンド! 貴様も逃げるんだ、何をしている!?」
第二王子の叫び。
逃げろって……何処にだよ。
このルシファーとかいうやつ、わたくしをずっとガン見してんだけど?
「『流星』の禁呪保有者か」
腕の一振りだった。
咄嗟に『流星』ガードを、展開した、それごと吹き飛ばされた。
地面を数十メートルぐらい転がって、デカい木にぶつかって身体が止まる。攻撃を防げはしたが、衝撃を殺しきれなかった。
喉元からせり上がった血がゴボッと地面に落ちた。数秒視界がブラックアウトした。
「がぷ、う、痛ぅ~~~~ッ……!」
「────各員攻撃開始!」
わたくしへの攻撃を見て、ジークフリートさんが騎士たちに指示を出した。
剣が迸り、全方向から刃が、白と黒の大悪魔に突き立てられる。
「神の存在を、感じるか」
接触した切っ先から、剣が砕けていった。
僅かな身じろぎすら見せない。騎士たちの動きが止まる。
「この世界を見下ろす存在を、感じるか」
ルシファーは周囲を一瞥した。
分かる。攻撃対象を定めている。やばい。
「神の息吹に触れたか。神の指先を舐めたか。神の視線に晒されたか」
声にならない声。超高速で『流星』を生成して顔面めがけて射出する。
ルシファーは首を傾げるようにして避けた。真後ろで闘技場の側面に着弾、轟音が響く。
「適切な時間に適切な程度で出力されて、初めて神の御業は形を成す」
ロイが雄叫びを上げて斬りかかる。リンディが魔法を放つ。逆方向からジークフリートさんが踏み込む。
三人の同時攻撃。ルシファーが腕を一振りして、三人とも逆方向に吹き飛ばされた。
「ひれ伏せ。神は失墜する。大地の息吹が天を焦す」
特殊な攻撃は何一つしてないと分かった。
存在の密度が違う。存在の位階が違う。
「我は地獄を統べる大悪魔ルシファーの端末。権能が一部。貴様らの絶滅を確定させるために降臨した」
怪獣が、歩くだけで、街を壊すように。
隕石が、降るだけで、大地を砕くように。
ただそこにいるだけで総てが滅ぶという、理不尽な厄災。
【いっみわかんねえ!! こんなの乙女ゲーに出すことある!?】
〇無敵 お前の前世には世界破壊攻撃とか余裕で打てるキャラが乱舞するエロゲーが沢山あっただろ
は? このタイミングでマジレスすることある?
つーかそういう世界観だって知らなかったんだけど!
「い、ぎぃっ」
口元から血を零しながら、わたくしは大木に手をついてなんとか立ち上がる。
攻撃が通用せず防御が一方的に貫通されているのに、相性差は感じない。多分そういうレベルの話じゃない。根本的に出力が違いすぎる。
無理。無理じゃん。
「莫大な闇と、強大な禁呪。それらの位相が重なり、そして召喚術式が作動したことで──我は呼び出された。喜べ、世界の破滅を望む者。汝の願いは届いた」
ああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおムカつく!!
なんだよこいつ初狩りかよ! 下の次元に来てイキってんじゃねーよ!
〇火星 こいつ今、召喚術式が作動したって言ったな
〇無敵 言った。意図的に呼び出されてる。呼び出した奴がいる。レギュがずれてるから最終チャプターが前倒しになった可能性もあるけど……さっきの脚本家ってやつが俺たちを認識してるから、これは多分……
〇脚本家 そうだよ、原作知識パワーだね☆
クソ、コメントを読む気力がねえ。
なんか最低系オリ主がいるのだけは分かった。もしかしてわたくしたち、断罪される側か……?
頭を振って全身に回復魔法をかけているとき。
砂利を踏む音がした。弟王子が、ルシファーに歩み寄っていた。
「は、ハハッ……お前、俺が呼び出した、ってことだよな」
「肯定する。ルシファーの端末は、お前の心の闇と、その禁呪『灼焔』を触媒として召喚された」
〇日本代表 ああそうか、王子に禁呪もたせたら条件をクリアできるのか!
〇脚本家 これが一番早いと思います(暗黒微笑)
さっきからやたらイッタいコメントしてるなこいつ、インターネット歴が浅いのか?
まあいい。回復魔法は十全に働いた。
【なるほど負けイベですか、理解しました。死なないように立ち回ればよろしくて?】
〇外から来ました それでいい。最悪原作キャラも見捨てろ、とにかく生き残れ
〇脚本家 尻尾巻いて元の場所に帰ってなさいってこと
〇ミート便器 ほんとムカつくなIP抜いてしばくぞお前
〇日本代表 レイヤーっていうかネットワーク帯がマリアンヌと同じなのは分かるんだけど、端末まで絞れない……!ガード噛ませてんなこいつ……!
原作キャラを見捨ててでも、か。それは流石に無理だな。
倒れ伏すロイやジークフリートさん、リンディを見る。奥では呆然と立ち尽くしたままのユイさんもいる。
全員揃って撤退するために、何をすればいい? どうやればこのイベントを終わらせられる?
原作知識はないが、これがゲームの世界だというメタ視点をわたくしは持っている。フラグ管理さえすれば意図的に物語を進行させられる、という前提を認識している。だから導き出すしかない、この負けイベの終わる条件を。
時間経過。一定ダメージ。特定キャラのアクション。どれだ。考えろ。リアルタイムなんだから時間切れでゲームオーバーだってあり得る。考えろ……!
「はははははは! いいなお前! 最高だよルシファー! こいつら全員殺せ! このまま攻め込んだっていいじゃないか!」
「……訂正する。我はルシファーではなく、ルシファーの端末に過ぎない。そしてもう一つ、訂正事項がある」
弟王子に対して、ルシファーの端末が手をかざす。
あっ。
「我が滅ぼすのは人類そのもの。お前が、最初の礎となれ」
「……えっ?」
オイオイオイ。あいつ死んだわ。
絶対に助からないなあれ。無理無理。諦めが肝心だな。
そう分かってるのに。
────何飛び出して庇ってんだ、わたくし。
「
「砕けろ」
足下で『流星』を炸裂させ一気に加速し、弟王子とルシファーの間に飛び込む。
短縮三節詠唱による『流星』顕現。
だがルシファーが、羽虫でも払うように手を揺らして。
バツン、と嫌な音。こちらの魔法が押し負けた。貫通した威力が身体を叩いた。
「あ、が、ぎぃ、ぃいい……ッ」
口からボタボタと血を流しながら、背後の弟王子を突き飛ばす。
身体がふらつく。耳鳴りがひどい。誰かに名前を呼ばれている。
「
「それは十全に知っている」
片腕の一振りで、顕現させた『流星』が砕かれる。
ルシファーはわたくしの髪を掴んで頭を持ち上げると、至近距離で瞳を覗き込みながら言った。
「邪魔だ。それだけだ。貴様は邪魔なだけだ……『流星』、ハッキリ言って、貴様では肩慣らしにもならん」
間近で見ると、恐ろしいほどに美しい貌だと思った。
血涙のように頬を赤いラインが走り、真っ赤な瞳にはわたくしの、血に濡れた顔が映り込んでいた。
「勝負にならないと言っている。貴様が何をしようとも、時間の無駄だ」
「そ、れを、決めるのは──」
「決める? おかしなことを言うな。もう決まっている」
ああ畜生反論できねえ。
巻き返し方わかんねーんだもん。
「教えておこう、『流星』使い。それは範囲特化型の禁呪ではない。範囲以外に取り柄がないから、結果として特化型に見えているだけの
ルシファーが乱雑にわたくしを放り捨てた。
今度は受け止めてくれる人もいない。べしゃと地面に落ちる。
すぐ隣にユートが倒れ伏していた。
〇第三の性別 もういい、一人で逃げろ!
〇無敵 起きろ! そこで気絶したら殺されるぞ! おい聞いてんのか!
ああ、クソ、やばい。
視界がどんどん暗くなっていく。
こんな、ところで────
ぶつんと、視界が暗転した。