PART4 決闘は定番
「決闘よ! アンタみたいな庶民、私は認めないわ!」
金髪ショートカットの、いかにも生意気そうな少女が、タガハラさんを指さしてそう叫んだ。
教室が静まり返る。教壇に佇む合法ロリ先生があわあわしている。
指名されたタガハラさんは困惑しきった様子で眉尻を下げ、助けを求めるように周囲へ視線を巡らせていた。
その空気の中。
教室最後尾ど真ん中に座るわたくしは、様子を見守りながら心の中で絶叫した。
うおおおおおおおおおおおおおおおキタキタキタキタキタ!!
決闘イベントキタ────(゜∀゜)────!!
時は半刻ほど遡る。
いつも通り教室に登校し、クソつまんねえ授業を聞き流す。
大体は実家でもうやった。実戦的戦術魔法を極めに極めた一族は伊達じゃない。現場で使える魔法というのは、教科書の内容全部をキッチリ理解したうえでこそ構築できるのだ。
基礎をおろそかにして成立する応用なんぞあり得ねえ!
「……というわけで、大気中に存在する魔素は、常に私たちの身体を循環しています~」
合法ロリ先生の話を、一部の生徒がまじめに書き取り、大半の生徒はあくび交じりに聞き流す。
そりゃそうだ。貴族なんて魔法を使えなきゃ価値のないご時世、入学前に実家で大体習ってるのは当然である。
隣で目を白黒させながらも必死に羽ペンを走らせるタガハラさんは稀有な存在だ。
「ですが魔素と、魔素を元に体内で生成される魔力はまったく異なる性質を持ち、お互いに干渉性を持ちません。魔力に具体的な形を与えて出力された魔法は魔法でしか防げないということですね~」
そこまで言ってから、先生は教卓に置いた懐中時計に視線を走らせた。
「時間ですね~。お昼休憩に入りましょう~」
基礎的な、実に基礎的な魔力に関する座学授業。
はっきり言って退屈極まりなく、わたくしは開きもしていなかった教科書をカバンに乱雑に放り込んだ。
「あの、ピースラウンドさん」
「はい、なんでしょう」
いつも通りわたくしの隣を陣取っていたタガハラさんが、恐る恐る話しかけてきた。
「その、ちょっと授業のことで質問が……」
「質問ンン? この程度の授業で、分からないところがあるのですか? さすがは庶民出、常識というものを知らないようですわね」
思い切り嘲ると、タガハラさんは真顔でいや、と首を横に振った。
「話してる内容自体は理解できた、と思っています。だけど気になるところがあって」
「ふぅん? どうぞ、言ってみなさいな」
「ええと、魔素→魔力→魔法、という順番で合ってますよね?」
「その通りですわ」
「剣で斬った方が速くないですか?」
おいおいマジかよこいつ。
わたくしが呆気に取られている横で、話が聞こえたらしい他の生徒らが噴き出す。
「アッハッハッハ! さすがは庶民、言うことが違うわね!」
その中でもひときわ爆笑していたのは、金髪ショートカットの活発そうな小娘だ。
「無知、無遠慮、無常識! そんな庶民を相手にしていること自体、ピースラウンド家もたかがしれたというもの!」
無知と無常識って意味がかぶってねーか? そもそも無常識じゃなくて非常識だろ。
内心で辟易しながら突っ込んでいると、隣のタガハラさんがむっとした表情をする。
「あなたにピースラウンドさんの何が分かるんですか……!」
キレるとこ、そこ?
「お前のような庶民よりは知っているわよ。何せ五歳からの幼馴染ですもの。ねえ、マリアンヌ?」
「誰?」
「ちょっとマリアンヌ?」
冷たい表情で聞くと、彼女は面白いぐらい狼狽していた。
「冗談、冗談ですわ。お久しぶりですわね、ええと、マンディ・マサチューセッツさん」
「リンディ・ハートセチュアよ!! 何をどうしたら幼馴染の名前を間違えるワケ!?」
マサチューセッツって何なのよ!! とリンディが地団太を踏む。
うるせー女だな。うるせー割にはおもしろくねーから取り柄ないんだよなこいつ。
悪役令嬢の下っ端にしてやることも一時期考えていたが、ぽろっと口滑らせたりなんか間抜けなミスをしたりしそうなのでやめておいた。わたくしの部下に無能はいらないのだ。
「ああそれと。先ほどの質問に答えておきましょう、タガハラさん」
この幼馴染がかかわると話がめんどくせえんだよな、と思いつつ、頬杖をつきながらタガハラさんに話しかける。
「……?」
「斬った方が速いのではないか、という問いです。ええはい、その通り。おっしゃる通りですわよ」
教室の反応は対照的だった。
雑談が消え、沈黙が広がる。
「────本気で言っているのかい、マリアンヌ」
口火を切ったのは、最前列で男友達と談笑していた、ロイ・ミリオンアークだった。
わたくしの婚約者。親が勝手に決めたのでいつかは破棄するんだろう、というか破棄してタガハラさんとくっつくんじゃろ? ええ?
「魔法と剣術の混合を研究している貴方が、今さら驚くことかしら」
「もちろん、極まりに極まった剣の達人なら、魔法使いなんて相手にならないだろうね」
ロイすらわたくしの意見を支持したのを聞き、流石にクラスが騒然とした。
「だが、大前提を忘れちゃいけない。それはあくまで頂点に立ったような達人のみだ。一般論として語られることは、僕も魔法をたしなむものとして聞き捨てならないね」
「ああそうですか。では──」
悪役令嬢とは、秩序に反する存在でなければならない。わたくしはそう思っている。
だからここからはちっとばっかしまじめにやろう。今ここにある世界をぶち壊そうとすれば、みんな異物を追放しようとする。
なら咲き誇ってみせよう。真っ白なキャンパスを汚す、漆黒の一輪の華となろう。
「──魔法なんて極めたところで、人を適切な速度で、適切な消費で殺せるようになるだけですわ。剣の道の方がよっぽどありがたいのではなくて?」
ニコニコ笑顔でそう告げる。
視界に並ぶザコどもの顔色が変わる。青ざめていく。怒りと混乱と恐怖が混ざった顔色だ。
いいね。こういう光景は悪くない。自分がしっかり悪役をやれている、という感じがする。
「……許せるラインを越えたわね、マリアンヌ」
食って掛かってくんの
「そんな、ピースラウンドさん……! 私をかばって……!」
隣のタガハラが口元を押さえ、うるんだ瞳でわたくしを見てくる。
なんて? お前をかばった覚えないんだけど?
「庶民なんぞをかばうために貴族を貶めた。その代償は高くつくわよ」
「ち、違います! ピースラウンドさんは私のために!」
「理解してるわよそれぐらい。だから私がこの手で、アンタを断罪するわ」
流れ変わった。
指さされたのは──わたくしではなくタガハラさんだった。
「決闘よ! アンタみたいな庶民、私は認めないわ!」
そっちいくの? お前の変化球メジャークラスだよ……