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PART21 その拳、決して毀れず

 時は少し巻き戻る。

 アリーナ中央にて、ユイとユートは相対していた。


「……本気で戦え、だと?」

「はい」


 頭を振った。ユートは笑い出しそうだった。


「おかしな話だ。俺は十分に本気を……」

「──無刀流、一ノ型」


 背筋を悪寒が走った。間合いが刹那で殺され、ユイは既に腕を引き絞っていた。

 放たれるは真正面からの貫手。

 ユートは首を傾げるようにして、ミリ単位の正確な回避。余波で頬が裂ける。


「……ッ!?」


 だがそこからのコンビネーションは予想外だった。

 伸びきった腕をそのまま拘束に転用し、ユイはユートの身体に組み付いたのだ。


(関節技!?)


 ぎちり、と自身の腕が嫌な音を立てるのが聞こえた。完全に極められている。

 背中越しにユイが勝利の確信を眼光に宿す。だが。


「舐めるなァァァッ!」


 乾坤一擲。

 全身に纏う焔を一極集中。ユイは咄嗟の反応で拘束を解いて転がり退く。

 コンマ数秒遅れたら、両腕が使い物にならなくなっていたかもしれない。


(全身だけじゃない、局所的に出力を集中できるの!? ならそれも計算に入れて──!)


 戦術を再構築して、ユイは再び飛びかかる。

 二度同じ手は通用しないと互いが理解していた。


(恐ろしいスピード! とにかく攻撃に集中して捌くしかない!)


 負けなければならない、という雑念は、眼前の少女の前に消し飛ばされた。

 いつしか極度の集中に身を置き、ユートは焔で強化した身体を以て連撃に対応していく。

 繰り出される手刀を防ぎ、間に合わないスピード相手には焔を炸裂させ、身体を加速させて無理矢理に間に合わせる。


(攻防一体だけじゃなくて、加速機構もできるの!?)

(禁呪の短縮ではないが、禁呪を劣化させつつコピーしたオリジナル魔法『焔鎧』! 有効性は確かだな!)


 二人の攻防は音を置き去りにし、端から見れば腕が六本はあるようにも見えた。

 もはやどちらが優勢なのか、並の人間では判断できない。

 互いの視線が交錯し──火花が一層強く散った。






 その光景に。

 観客席でリンディは息を呑み、ジークフリートもまた感嘆していた。


「……凄いな」

「ええ、そう、ですね」

「凄まじいレベルの戦いだよ。どちらが相手であっても、俺も苦戦は免れないだろう」

「……ッ、貴方が苦戦!? 冗談でしょう、学生同士の試合なのよ!?」

「学生という括りが無意味であることは、君の大切な友人が証明しているはずだ」


 的を射た発言だった。

 得心がいき、リンディは頷く。


(フッ……我ながら大人気ないな)


 改めて二人の格闘戦を眺め。

 ジークフリートは静かに拳を握った。


(学生同士の試合だというのに。割って入りたくて仕方ない。武者震いが止まらないとは)


 自分ならどうする。どう動く。どう対応する。

 絶えず頭の中で仮想戦を回しながら、実際の対戦をつぶさに観察する。

 騎士の中で、二人はもう、単なる庇護の対象ではなくなっていた。


(認識を改めるしかない。オレが最強であることを示すためには、あの二人を打倒することは避けて通れないとな……!)






 振るわれた炎の拳を、両腕をクロスさせガード。

 ユイは靴底で地面を削りながらノックバックに数メートル後退した。


(……ッ! 出力が上がってる! 二重じゃ突破される……!?)


 自身の服の袖が焼け付いているのを確認して、ユイは奥歯を噛みしめた。

 足りない。多大な負荷をかけての二重加護だというのに、ユートの出力についていけていない。


「どうした、ユイ! そんなものか!?」


 間違いなく、天秤は彼の側に傾きつつある。

 だというのに、知らずの内に口の端がつり上がる。

 楽しい。全力をぶつけ合い、競い合い、高め合えているこの時間が、楽しい。


「は──ははっ」

「……何がおかしい」

「ふふ……ああ、楽しい。楽しいでしょう。存在そのものを懸けて、ぶつかり合うのが!」

「……悔しいが同意見だ、タガハラ……今は、今だけは何も考えずに済む」


 ユートは頭を振った。

 雑念が消え、無我夢中で拳を交わしている時間は──本当に、心の底から充足感があった。


「ユイでいいですよ、ユートくん」

「そうか、感謝する。お前のような友と出会えていたことに気づけなかったとは……俺はとんでもないふぬけだったな」


 自嘲するようなセリフに対して。

 ユイは朗らかに笑った。


「友じゃないです。友達(ダチ)、ですよね?」

「──!」


 自分から言い出したフレーズだというのに。

 それを投げ返されることに、ユートは少なからずの衝撃を受けた。


「……ああ。そう、だった。そうだな」

「はい! ですので、ユート君の学園における友達(ダチ)第一号は、マリアンヌさんではありません!」

「あ、そこ気にしてたのか……」


 思わず脱力しそうになる。

 だがそれをユイは許さない。互いに認め合い、真っ直ぐに見つめ合い。


(彼を倒す。友達として、敬意をもって!)


 白黒をはっきりとつけるべく、ユイは深く息を吸った。



「────三重祝福ブレッシング・トリプル一極集中(スナイピング)



 チリ、と空気の焼け焦げる音。

 自身の右手が内部から熱を持ち、そこを起点に激痛が走る。表情が歪みそうになるのを、意思の力でねじ伏せる。


(無理をしていると気取られちゃダメだ。ユート君の、焔の一極集中。私にもできた。できたけど、長くは続かない……!)


 右手のみに祝福を三重がけ、恩恵を削ることで負荷を最小限に。

 放てるのは間違いなく、一発だけ。


「これから放つのは、今の私の全力全開……! 決着をつけましょう!」

「ああ! 友達(ダチ)相手に、もう手は抜かない! 勝負だ──!」


 真っ直ぐに向かい合い、同時に地面を爆砕して駆け出す。

 間合いが殺されるのは瞬息。


(──間に合わない!?)


 コンマゼロ数秒の世界で、ユイは明確に、自身の敗北を察知した。

 見ればユートの身体を纏っていた焔が、今度は背中と拳の二箇所に集中していた。

 威力に半分を割きつつも、もう半分は加速装置として作動。だがその加速すら威力に転じさせ、ユートが最後の一手を放つ。


(獲った────!)


 眼前の少女めがけて、今の自分にできる最大限のパワーを解き放とうとして。


 ドクン、と。


 己の鼓動が一際跳ねたのをユートは感じた。




「…………えっ」




 手刀を抉り込みながら、ユイは瞠目した。

 がくん、とユートの膝から力が抜けた。真っ向からぶつかり合うはずだったのに、彼の瞳から突如として光が失われ、焔がかき消えた。意識を失っている。余りにも突発的だった。


(ま、ずっ)


 咄嗟の反応で攻撃を逸らす。

 果たしてそれは余波にユートの身体を巻き込み、大きく吹き飛ばしながらも。

 発生した衝撃波で、闘技場の側面を粉々に粉砕した。


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