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PART17 その令嬢、沸点へ駆け上る

 試合を終えて、ロイは倒れ伏す青騎士から視線を切って歩いていた。

 控え室へ戻るべく歩き出す頃には、もういつも通りの仮面を被り直していた。


「やるじゃないミリオンアーク! 御前試合では見ない札を使ったわね!」


 客席からリンディに賞賛の声をかけられ、彼は柔らかく微笑んだ。


「大したことじゃないよ。ただ……たまには、婚約者にかっこいいところを見せたいじゃないか」


 抜群にキマったという自負があった。

 なかなかデレてくれない彼女のことだ、試合内容はボロクソにけなされるだろう。

 だがこうしてストレートに想いをぶつけたら、ちょっとぐらい動揺したりしてくれないかな~という淡い期待を胸に視線をスライドさせると。

 リンディから、そのままジークフリートと視線が重なった。


「マリアンヌ嬢ならいないぞ」

「…………………」


 ロイの顔から感情が抜け落ちた。

 圧倒的な無だけが残った。


「まあその、あれだぞ、ミリオンアークくん。ええとだな」

「いやこれはフォロー無理でしょ」

「そう。あれだ。実は町を脅かす巨悪相手に、ピースラウンド仮面として戦いに行ったんだ」

「町ごと悪を消し飛ばしそうね、そのヒーロー」

「な……!? まさかマリアンヌが触手相手に敗北するとでも!?」

「アンタはアンタでなんで変な方向に解像度高いのよ!?」








「いやわたくし負けねーですわよ!?」



〇木の根 急にどうした?



「あ、いえ。なんか叫びたくなって」


 わたくしはアリーナの外にまで出てきていた。

 人払いが命じられているのか、最低限の警備の方を除いて人影はない。

 そもそも選抜試合は始まっているのだ。ここに関係者の姿があるわけもない。

 ──本来なら、そうなのだが。


「やあやあ、本当に来てくれるとはね」


 視線を横に向ける。

 そこには人なつっこい笑みを浮かべたイケメンが二人いた。

 本来なら、ハインツァラトス国王の横に座っているはずの二人だった。


「……第一王子、並びに第二王子ですわね」

「うんうん。君がマリアンヌ・ピースラウンドだね」


 わたくしにひたすら手を振っている姿。誰も指摘しないのは余りに不自然だった。

 よく見れば席に座っているのは魔力を用いた幻影。それが、わたくしにだけは手を振っていると見えるよう調整されていたのだ。


「それじゃあ、ユートから話は聞いてるかな?」

「えぇ。出来もしない空想にすがりつく、とても哀れな国の話を聞きました」


 ビキ、と第二王子の額に青筋が浮かんだ。

 煽り耐性ゼロかよ。お前インターネット向いてなさそうだな。


「……果たして空想かな? ウチの騎士が装備してるのは、最新鋭だけど将来的には量産品だ。そっちのミリオンアーク君を倒せる兵士が、こっちでは一兵卒になるんだよ?」

「はあ? あんな低レベルな騎士が、ロイに勝てると本気で言ってるのですか? もう決着もついているでしょうに」


 わたくしの台詞に、二人の王子は顔を見合わせて苦笑する。


「おいおい……青騎士を低レベル呼びされると、困るな」

「力の差を認識できてないっていうかさ。学がないのかな、君。文字とか読めない感じ?」

「まさか。あなた方の顔に『僕たち群れないと不安な弱虫の負け犬です』と書いているのが読めましてよ」


 空気が変わった。

 今度は第一王子まで明瞭にブチギレていた。


「あら。あらあら。何か地雷を踏んでしまったでしょうか。でしたら申し訳ありません。わたくし犬より猫派でして、よっぽど可愛らしい犬ならまだしも……見てくれ以外に取り柄のなさそうな汚らしい野良犬相手には、優しく振る舞う道理がありませんの」

「……焔矢(blaze)

星を纏え(rain fall)


 即流星ガード。飛んできた炎の矢を防いだ。中身はほとんどない、スッカスカの矢。

 わたくしをビビらせたかったのだろう。

 舌打ちをして、第一王子が魔力を練り上げる。


「ウチの巫女に予言されたからといって、お前そっちでそんなに偉いわけじゃねえんだろ? あの木偶にはできねえだろうが、俺たちには最も効率的なやり方が選べるんだよ」

「お前今日で、母国とサヨナラだから」


 第二王子も追随した。

 ふーん。なるほど。周囲を見渡す。人影が潜んでいるのが分かった。

 この選抜試合、本命はこっちか? まあいい。そんなもん関係ねえ。


「まさかこれで足りると思われたのでしょうか」

「ああ?」

「心外です。不遜極まりなく、身の程を知らない連中。ああ、なんて罪深いのでしょうか!」

「いや、足りるっしょ。お前選抜されてないザコじゃん」

「は?」


 頭の奥でブチッという音がした。

 心臓の音がうるさい。頭にカッと血が上り、視界がぐらつく。



【ザコ!? ザコっつったかこいつら!? 言うに事欠いてザコつったか!? オォン!?】



〇TSに一家言 おいお嬢様としての自覚マジねえなお前、言葉遣いやばいぞ



【あったまきました! 許せねえ……マジ許せねえですわ! 秒間六度の死刑でも尚有り余る罪状ですわ! おファックおファックおファック! 全員ぶっ殺してやりますわ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!】



〇TSに一家言 それでいい

〇適切な蟻地獄 いいか? これ……



「……ええ、ええ。言いたいことは分かりました」

「あ、そう? なら抵抗しないでもらえると楽なんだけど」

「逆です。精一杯抵抗してください」

「あ?」

「楽には済ませたくありませんので」


 わたくしは怪訝そうな顔をする王子たちに視線を重ね。

 黒髪を優雅に翻して告げた。




星を纏え(rain fall)天を焦せ(sky burn)地に満ちよ(glory glow)空の果てより(vengeance)来たれ極光(is mine)──先に手を出したのはそっちですわよ、躾のなってない馬鹿犬共」




〇みろっく 一瞬であったまってて草

〇red moon 煽り耐性ないのはお前なんだよなあ

〇無敵 こいつぐらいの速度であったまる湯沸かし器が欲しい




 アリーナの方で、ユイさんとユートの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 それと時を同じくして。

 場外で、王子たちとその手下VSわたくしの戦いが幕を切って落とされた。



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