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PART16 その雷光、天へ駆け上る

 さて、と斧をかついで『青騎士』は顎をさすった。

 蓄えていたひげを剃る羽目になったのはいただけないが、王の命令だった。機械化兵団の中でも敵無しと謳われる技量と、先端兵器への高い適性を合わせ持った傑物。それが『青騎士』だ。


 チョロい仕事だと思った。

 彼はかつて、自国領内で発生した貧民のデモを鎮圧したことがある。

 無防備な人肉を潰す感触は、未だに忘れられない。だが、一人目を潰して、それ以来どこか浮遊感を得ていた。

 何かしらのリミッターが外れたんだろうと思った。任務を忠実にこなす姿勢を評価されるようになった。自分で考えるのを止め始めていた。


(……仕事でいい気分になったことはないが、悪い気分になったこともない。だから、こういった仕事が回ってくるのも当然だネ)


 自嘲するように口元を歪める。

 ああそうだ。これでいい。変に自分で考えるよりずっといい。上がどんなに愚かであろうと、いや愚かである方がいいかもしれない。その方が、何も考えずに済む。


(とはいっても……まさか学生をタイマンで叩き潰す任務が降ってくるとは思わなかったがネ。悪いがこれも仕事だ)


 トドメを刺すべく、哀れな貴公子に向けて一歩踏み出す。

 観客席から彼の知り合いらしき少女の悲鳴が聞こえた。構うな。耳を塞げ。今更何を。

 青騎士──ああ本当の名はなんだっただろうか、と彼は思った──は少年を完膚なきまでに打ちのめすために、表情一つ変えずに突き進む。

 が、その時。


「……ッ」


 一歩引いた。前髪が一房落ちた。

 ばさり、と砂煙が断ち切られた。


「…………やるじゃないか。このタイミングを狙っていたのかナ?」


 魔力を伴わない一閃だった。それを基点に空間が断たれ、煙が左右へ割れていく。

 マントや顔に多少の砂汚れを付着させつつも。

 ほとんど無傷で、ロイ・ミリオンアークがそこに佇んでいる。

 貴公子の両眼を見て、青騎士は苦笑した。


「おや。おやおやおや。まだ戦意があるとはネ。やる気は認めて差し上げましょう」

「……理解しましたよ。僕の認識違いだった」


 嘲るような笑みを浮かべる騎士に対して。

 今の今まで、ほとんど沈黙を貫いてきたロイが口を開いた。


「貴方の相手になったのは……恐らく、ユート君より貴方の方が強いと思ったからだ。より強い方を相手取ってこそ意味がある。強者との立ち会いを繰り返していくことで、僕は、もっと強くなれると思った」


 剣の切っ先で地面を撫でる。

 青騎士との間合いは、魔法強化をかけた身体ならば一呼吸の至近距離。

 だというのに、顔を伏せたまま、相手を見ないままロイは言葉を続ける。


「相手が何者であろうとも……その弛まぬ努力も、天賦の才も、僕の糧にしようと思っていました」

「ンっふっふ、私を糧にするとは大きく出たものだヨ。できそうかな? ン?」

「貴方を乗り越えるべき壁だと思っていた。僕は貴方のことを……試金石だと思っていたのです」


 相手の問いには取り合うことなく。

 罪を告白するように、ロイは低い声で言った。


「ですが勘違いだった。認識を改めます」


 ロイが面を上げた。青騎士の顔色が変わる。

 貴公子の碧眼に宿る光。残光を空中に描いている。

 腰を落とすこともなしに、無造作に、剣が真横へ水平に伸びた。



「──貴方程度じゃ、踏み台にもならない」



 同時。

 ロイの両手から魔法陣が浮き上がった。

 今までとはまるで桁違いの魔力量と密度。

 魔法陣が剣の刀身を串と見立てて、連なって次々に突き刺さる。



雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)



 判断は速かった。

 詠唱を中断させるべく、青騎士が地面を蹴った。

 振り下ろされる戦斧。だがロイは僅かな身じろぎだけで、嵐のような連撃を掻い潜る。



今こそ胎動の刻(rise times)比翼連理(marital)を広げて(vows)軍神の加護ぞ(ordered)ここに在り(Mars)



 動きのキレが先ほどまでと違いすぎる。

 馬鹿な、と青騎士は呻きそうになった。あらゆる攻撃がかすりもしない。

 展開される魔力を食わせようにも、鋭い軌道で騎士の攻撃がかわされていく。すり抜けるような感覚だった。

 自分の動き全てが、彼の冷たい碧眼に見透かされているのではないかと思った。それを自分の妄想だと断じることが青騎士にはできなかった。



至高の神威(put on the)を身に纏い(Kelaunos)開闢の混(get over)沌を超克し(the regret)我はあの流星を(shot down)撃ち墜とそう(my meteor)!」



 計八節に及ぶ雷撃魔法。

 青き騎士の猛攻を涼しい顔で凌ぎながら、ロイはあっさりと詠唱を完成させた。


(だがどうということはない! たかが学生の八節詠唱、こいつで食らい尽くせる!)


 青騎士は迷わず突撃を選んだ。

 戦斧を振りかざし、大地を爆砕してロイへと迫る。

 既にロイは詠唱を終えている。後は魔法を発動させるだけでいい。

 しかし。



第一剣理(ソードエチュード)展開(セット)────」



 独自の一工程だった。

 詠唱を改変したのではない。

 既に八節雷撃魔法『迅雷閃鎖』は全ての工程を終えている。改変の仕様がない。


「うおおおおおおおおおおオオオオオオオオオッ!」


 雄叫びを上げて距離を詰めた青騎士。

 多種多様な魔法の中でも、雷撃魔法は特段に適性者が少ない。その分、警戒すべき相手であるために、魔法の内容も頭に入っている。


(八節雷撃魔法『迅雷閃鎖』は広範囲にまき散らされる多重雷撃! こいつ(フェンリル)で弾幕を食い破り、その頭をカチ割ってやるサ!)


 勝算を弾き出し、青騎士が斧を振り上げる。


 だが。


「……ッ!?」


 解き放たれた雷撃は、指向性を持って青騎士に殺到した。

 騎士もさる者、咄嗟に防御を固めるが──雷撃は炸裂することなく、光の鎖として彼の身体を拘束する。


(なんだ、これは!? 『迅雷閃鎖』じゃないのか!? いいや関係ない、食らっちまえば──!)


 斧の魔力を食らう機構を展開しようとして、ハッとした。

 顎のように開くはずの先端部を、雷撃の鎖が雁字搦めに縛っている。


「それ、展開した部分を直接当てないと意味ないですよね。もう使えませんよ」


 顔を前に向けた。

 ロイはもう剣を振りかぶっていた。


「待っ────」


 待つわけがない。

 真っ向からの袈裟斬りが、ロイの刃が騎士の肩に触れる。

 刹那、全身を縛っていた雷の鎖が輝きを放った。主であるロイから魔力を流し込まれ、本来の魔法効力を発動させようとしているのだ。


 それは剣術に非ず。

 それは魔法に非ず。


 それは、剣を振るうロイの中に宿る戦闘論理。

 敵対者を両断する、剣士としてのロイが掴んだ世界の真理。


 故にそれは、剣理と呼ぶほかない!


 視線が交錯する。

 ロイの瞳に怯えきった自分の貌が映り込んでいる中。

 青騎士は、一切の無表情で刃を押し込む貴公子の顔を。


 心の底から、おそろしいと思った。




「────光鎖斬断(オルタレイション)天空雷閃(ライトニングレイ)




 それは八節雷撃魔法『迅雷閃鎖』をロイが独自の工夫で昇華した必殺技巧。

 相手をズタズタに引き裂く多重雷撃を、発動過程で凍結し捕縛用に転用。

 ロイの斬撃が直撃すると同時、刀身を起点として魔力を流し込み本来の魔法発動を再開、零距離で雷電を炸裂させる。

 範囲攻撃という元型(オリジナル)の特徴を全て単体攻撃に注ぎ込んだ紛い物(アナザーワン)


 勝敗はついた。

 一同の視界を灼く眩い光の後。


 地面に膝をつき、全身から黒い煙を上げる『青騎士』と。

 静かに剣を鞘に納めるロイ・ミリオンアークの姿が、結果の全てだった。 


「馬鹿な」


 ユートの呻き声だった。

 ハインツァラトス王国側だけでない、あまりに一方的な瞬殺に、両国の関係者が沈黙する中。

 ロイは振り向くことなく、背後で呆然としている青騎士に声をかけた。


「魔法を魔力に還元して食らう……対魔法使い戦闘用の装備として、斬新な方向性だと思います」

「…………」

「だけど、貴方のレベルが低すぎる。宝の持ち腐れってやつですね」


 そんなことはない、と青騎士は反論しようとした。

 自分はハインツァラトス王国の中でも選ばれし者。機械化兵団の中でもトップクラスの戦績を誇るエリート。だからこうして選抜されたのだと。

 だが言葉は声にならず、そのまま彼の視界は闇に落ちた。


「貴方のレベルに付き合ってる暇は、僕にはない」


 どさり、と青騎士が崩れ落ち、粉砕された甲冑があたりに散らばる。

 その光景を一瞥することもなく、勝利を掴み取ったというのに不満げな表情で、ロイは己の手を見た。


「僕は必ず彼女の隣に立つ。彼女が、世界の頂点に君臨する最も選ばれし者だっていうなら。僕は……俺は(・・)、一つ一つを積み重ね、築き上げ、必ず彼女の隣に辿り着いてみせる」


 力の限り、拳を握った。

 彼女ならもっと早かった。彼女ならもっと鮮やかだった。彼女ならもっと余裕だった。

 それと比べて自分のなんと遅く、鈍く、弱く、情けないことか。


「今はまだ、彼女にとって歯牙にもかけられていないとしても」


 拳から血が滴る。

 一切の外傷を負わなかったという結果。

 それでも彼女には足りないという結論。

 握りしめた拳の内側で、爪が皮膚を食い破るほどに、固く拳を握る。



「──絶対に……!」



 彼は絶対に諦めない。

 何故なら。


 その願い/想い/祈り/憧憬/渇望/執着/絶望/呪怨/意地/狂気こそが、ロイ・ミリオンアークの原動力なのだから。

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