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PART15 その窮地、他愛なく

 試合の初動は、向こうの騎士が距離を詰めてくる立ち上がりとなった。

 ハインツァラトス王国における魔法使いでない戦士。身体能力一つをとっても、常人を遙かに上回る。


「──雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)


 相対するロイもまた、抜刀した剣を構えた。

 二節詠唱によって剣に雷撃を纏わせる。いつも通りの魔法剣士スタイル。

 だが、確かユートによってロイの戦い方は相手に知らされているはず。


「それは知ってるんだヨ……!」


 バカリと戦斧の刃が花開いた。

 相対するロイは無論、客席の一同すらぎょっとする。


「出番だヨ、『フェンリル』!」


 青騎士が叫ぶと同時、一振りでロイの身体を弾いた。

 思わず目を見開いた。剣に纏わせた雷撃を、竜の顎のように展開された斧が食らった(・・・・)のだ。


「なんですのアレは……!?」

「初めて見る兵器だ。ただのバトルアックスじゃないとは思っていたが……一体何だ?」


 大きく後ろへ弾かれつつも、ロイは顔を上げ斧の展開部を訝しげに見た。

 青騎士がニンマリと笑って、再度斧を振り回す。

 一方的にロイが押し込まれる展開の中。


「…………対魔法使い専用装備(フェンリル)よ」


 わたくしとジークフリートさんの疑問に答えたのは、意外にもリンディだった。


「ハインツァラトスは機械化に注力しているわ。その、ハインツァラトスの機械化兵団が装備する『対魔法使い専用装備』。相手が発動させた魔法を魔力に還元・分解して食らう、『魔法使い殺し』! だけど、こんな実戦レベルにまで仕上がってるなんて初耳よ……!」


 なんでこんな詳しいんだコイツ……

 え、これ露骨に関係者フラグだよね?


「……お父様の裏切り者……!」


 ほら見ぃ! 見ぃ!!

 開発者かメーカーの社長の娘やんこいつ!



〇木の根 リンディ√はハートセチュア家がマジで邪魔

〇適切な蟻地獄 ファンタジー異世界にアンブレラ社を出すな



 やだ~~~~!! やだも~~~~~~~!!!!

 身内にこんな特大爆弾抱えたくないんですけどォ!


「──リンディ、どうしたのです」

「……ッ、何でもないわ」


 とりあえず聞こえてるぞお前って釘を刺しといた。

 リンディは唇を噛んで、席に座り直す。

 そうこうしている間にも、青騎士が斧をブンブン振り回してロイを追い詰める。


「そうら、王様の御前でも、逃げてばかりだったのかネ!?」

「……雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)


 雷撃を打ち消された剣を一瞥し、ロイは再び二節詠唱を紡ぐ。

 魔法陣が二つ展開され、そこから迸った雷が刀身に巻き付く。


「芸のない男だヨ──!」


 青騎士が斧を振るい、ロイがそれを真っ向から受け止める。

 やはり同様に、展開された斧が魔力を食らう。それを静かに見つめ、ロイは刀を切り返した。


「魔法なき魔法使いの剣などォ!」


 だが遅い遙かに遅い。

 人間の限界を遙かに超えたスピードで、青騎士の第二撃がロイを真正面から打ち据えた。


「──!」


 声も上げられないままロイの身体が十数メートルに渡って吹き飛ばされ、アリーナの外壁に激突。

 蜘蛛の巣のように外壁をヒビが伝い、衝撃に地面がめくれ上がる。

 濛々と砂煙が巻き上がり、あの鮮やかな金髪は見えなくなってしまった。


「ミリオンアーク……!」


 リンディが隣で悲鳴を上げる。

 砂煙にかき消え、姿の見えなくなったロイ。

 勝ち誇る青騎士。

 試合開始後、ざっと三十秒か。


 は~。

 あ~~~~あ。

 フェンリル? とやらが出てきたとこがピークだったな。


「この勝負、見えましたわ」


 ハッ、と思わず心底馬鹿にするような声が漏れてしまう。

 完全に試合の結果に興味を失い、わたくしは席から立ち上がった。


「ちょっと、マリアンヌ……!?」


 何してんだお前とリンディが訝しげにわたくしを睨む。

 嘆息して、わたくしはジークフリートさんに話しかけた。


「ジークフリートさん」

「何だろうか」

「ある人から、ハインツァラトス王国代表として出場するもう一人の騎士は、我が国の王立騎士団中隊長クラスに比肩するとお聞きしました。中隊長としてどう思われますか」


 わたくしの問いに、赤髪の騎士は難しい表情になる。


「所感でいいだろうか」

「ええ、もちろん」

「不愉快だな」

「でしょうね」


 二人して、アリーナに冷たい目を向けてしまう。

 見る価値のない試合だ。わたくしは踵を返して、客席から出て行く。

 背後からジークフリートさんの声が投げかけられた。


「マリアンヌ嬢、どこへ? タガハラ嬢の試合がすぐ始まると思うが」

「ええ……少しばかり、呼ばれたようですので」


 一瞥する先には、ハインツァラトス王国の王子たち。

 そう──試合が始まったのに、片時もわたくしから視線を逸らさず、笑顔で手を振ってきていた王子たちの姿があった。

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