PART11 その輝き、目を灼いて
完全に空気の終了したお茶会にて。
わたくしは持ち込んだ紅茶を味わいながらも、居心地が完全にオワオワリなのを実感していた。
仕方ねえ。一肌脱ぐとするか。
「それでは一つ、遊戯でもしましょうか」
「ほう? いいじゃないか。残念ながらオレたちはそのあたりにとんと疎くてな。正直に言うと助かるよ」
流れを補佐しつつ、ジークフリートさんが視線で続きを促してくる。
わたくしは頷き、口元をつり上げた。
「王様ゲームでもしましょうか」
「は?」
珍しい。ジークフリートさんがぽかんとしている。他の面々も同様だ。
わたくしはふふんと笑って、木の枝を削って用意していた王様ゲームセットを取り出した。
「ルールは簡単ですわ。番号を振った棒をそれぞれが引いて、王様のマークがついてる人が名前でなく番号を指定して命令を下す。例えば、3番が猫の物真似をする、1番が5番の好きなところを10個上げる、などですわね」
このために夜なべして準備してきたぜ!
いや棒の見た目で番号分かったりしたらまずいから、本当に丁寧丁寧丁寧に線を引いて作った。
わたくしの匠の技に驚嘆するがいい。最終的には
「命令を終えれば、また番号をリセットして、次の王様を選んでいきます。簡単でしょう?」
端的に説明したものの、反応はいまいちだった。
みんな首を傾げたり、ちょっと引いた様子でわたくしを見てくる。
「……何か分からない点でも?」
尋ねても沈黙しか返ってこねえ。
なんだ? 貴族様のゲームは理解出来ません~ってか?
随分と渋るものだと眺めていれば、気づく。なんか反応が違う。騎士たちはやべぇよやべぇよと狼狽している。ユイさんとリンディも少し顔を青くしていた。
ん……? これ、わたくし、何かやっちゃいました?
「もう一度確認するが、このゲームは……王様ゲームと言い、当たりを引いた人間が王を名乗るんだな?」
「ええそうですわ。そんなに難しいルールでしょうか」
わたくしが自然に理解しているだけで、この時代では理解しにくいルールだったのかもしれない。
そう思っていると、ジークフリートさんは嘆息した。
「普通に、不敬罪だな」
「あっ……」
めっちゃくちゃ普通にやっちゃっていた。
やっべこの国絶対王政だったじゃん。
両隣でユイさんとリンディが頭を抱えている。
〇宇宙の起源 バ~~~~ッカじゃねえの?
〇無敵 王様ゲームが原因で追放されかけるのは面白すぎるのでもっとやれ
「あー……名前変えましょうよ名前」
「それがいい。うん。王様はちょっとな」
名前も知らない騎士たちすらフォローを繰り出してくれていた。涙出そう。
少々計算違いこそあったが、名前さえ変われば興味はあるらしい。
騎士たちも面白そうに頷き、命令何にしようかなーとか隣に相談していた。
というわけで。
「「「上位存在、だーれだ!」」」
「待ってくれ……」
重い声でジークフリートさんが私たちを制止する。
「あら、ジークフリートさんが上位存在ですの?」
「そうじゃない。何だこれは」
「何って……上位存在ゲームですが?」
紅髪の騎士は宇宙猫の顔になっていた。
「いやあ、確かに隊長って上位存在みたいなところあるからな」
「分かるわ。加護抜きでも死ぬほど強いし」
「おい、冗談だろう? お前たちこれをすんなり受け入れているのか……?」
「あ、私が上位存在ですね」
「タガハラ嬢まで……!?」
「じゃあ4番の人、今までで一番恥ずかしい思い出を話してください!」
「結構エグめの命令出すじゃないあんた」
「あ、4番自分ですね」
騎士の一人がスッと手を挙げた。
「一番恥ずかしい思い出か……いや、ちょっと洒落になんないんだけど……」
「でーすーがー? 上位存在の命令はー?」
わたくしが声をかけると、皆笑顔で声を揃えた。
「「「ぜったーい!!」」」
「適応力で選抜したのがこんな裏目に出るのか……!?」
わたくしと騎士たちはそろってイェーイ! と拳を突き上げる。ユイさんとリンディも控えめに付き合ってくれた。
ついて来れてないのはジークフリートさんと、隅っこで居心地悪そうにしているユートだけだ。
「……ユート、どう思う。オレは部下の再選定をすべきか?」
「はは……いや、いいんじゃねえかな。うん。楽しそうだし……」
完全に笑顔が引きつっていた。
ふーん……?
「えっとじゃあ、恥ずかしい話なんですけど」
「あっ、どうぞどうぞ」
「自分、甲冑に性的興奮を覚えることがあって」
「開幕10割やめてくださいます?」
「騎士団の入団試験を受けたのも沢山甲冑に囲まれることができるからなんですよ。でもミレニル中隊に選抜されて、隊長の方針として甲冑を最小限にした実戦訓練が多くて。正直溜まってたんですよね。それでこの間、他の中隊の甲冑保管所の手入れを手伝わせてもらって。もう必死に頼み込んだんですよ。それでなんとかOK出してもらって。いやあすごかったんですよね。魔法防御性能とか最高でした。ビンビンでしたね」
「あの、リンディさん、耳塞がれると全然聞こえないんですけど」
「安心しなさい、タガハラ。聞かなくていいわ」
「それで手入れはきっちりやらせてもらったんですね。終わってみれば、自分、こういう性癖だから手入れは結構ガチで極めてて。これからもお願いしたいぐらいだなんて言われちゃって。ジークフリートさんにこの間パンサー中隊から差し入れあったじゃないですか。あれってその時のお礼だそうで」
「本当に知りたくなかった」
「あっ、ここからが恥ずかしい話なんですけど」
「もうアナタはどこに出しても恥ずかしい変態ですわ」
4番の騎士、両サイドから五歩ぐらい距離取られてるからね? もう抜刀して切り伏せる準備をしてる間合いだからね?
「ジークフリートさん」
「言わなくていい。今、真剣に部下の再教育を考えている」
中間管理職って大変だな……
見ればユートも圧倒されていた。嘆息して、彼に声をかける。
「やっぱりアナタ、根は陰キャなのですね」
「え? あ、何? いん……?」
「いえ。こちらの話ですわ」
OKOK。
無理してテンション上げた分の成果はあった。これで確定だ。
風を浴びてきます、と言って、4番の騎士が演説をブチ上げている隣を過ぎて窓際に向かう。
ジークフリートさんも後ろからついてきた。
この距離なら会話は聞かれないな。何より甲冑性癖男の声がデカい。
「どう思う?」
「随分と急ごしらえの仮面でしたわね。こうして、自分でない者がイニシアチブを握る場を作れば、あっさりと剥がれてしまいます」
結論は出た。いつからかは知らないが、あの、友達になろうと言い寄ってくるユートの性格は、無理に組み上げた架空の人格に過ぎない。
敵を知り、己を知れば百戦危うからずだ。事前に相手のパーソナルな領域を探れるのに踏み込まない奴は馬鹿だ。
ユートという男の人格が手に取るように分かってきた。バトルスタイルが、戦いにどんな心理状態で臨むか、それらを類推する材料が十全になりつつある。
「……悪い女だな」
ジークフリートさんがわたくしに半眼を向けてくる。
そんなことを言ってるこの人、わたくしの狙いに途中から気づいてたっぽいんだよな。ユート寄りの対応をしてたのも、ユートに『味方がいる』と思わせて素の反応を引き出させていた可能性が高い。
「それを言うならアナタこそ、悪いお友達ですわね」
「言い方を弁えなければ……オレは騎士として、信頼できる同僚相手なら友好を喜んで結ぼう。だが、臆病者の友情ごっこには付き合いきれないな」
ズバリ言いやがった。
流石だと内心舌を巻く。いの一番にユートの
「恐らくマリアンヌ嬢の考えは当たっている。彼が率先して友達を作り、輪の中心に居座ろうとするのは……そうすれば、誰にも裏切られない。誰からも攻撃されることはないと踏んでのことだ」
「ええ、でしょうね。攻撃的な防御反応ですわ」
「良い表現だな」
すなわち、攻撃は最大の防御と言ったところだろう。
流石にここから政治的背景まで切り込むのは他の連中の仕事だが、材料を得ただけでも収穫はある。
わたくしはわたくしにできることを、一つ一つ丁寧にやっていこう。
「さて、戻りましょうか」
「ああ、そうだな」
二人して部屋の内側へと戻る。
もういい加減終わってるだろと思っていたところ、お茶会の様相は激変していた。
「──以上が、自分の恥ずかしい話です」
「ぐすっ、ひっぐ、えっぐ……」
「そんなのって……そんなのってないでしょう!? ミクの想いはどうなるのよ……ッ!?」
なんか全員号泣していた。
ユイさんは俯き、リンディは真っ赤に目を腫らして怒鳴っている。ユートは天井を見上げ、静かに涙を流していた。
「嘘だろう!?」
「あのスタートから感動系に着地するってどんなアクロバティックですの!?」
〇鷲アンチ マジで画面見えねえ
〇第三の性別 畜生……ミクは、ミクはそれでいいのかよ……ッ
〇火星 これが世の定め、か……
ちょっ……待て、待って!
すげえ気になるんだけど! 何だったの!? 甲冑性癖から何があったの!?
結局わたくしとジークフリートさんを除いて、みんなが一体感を得たまま、お茶会はお開きとなった。
後で聞いても、ユイさんもリンディも首を横に振り、ユートは『胸の中に、しまっておきてえんだ。悪いな……』とか寂しげな笑みを浮かべてのたまった。
──いや、本当にどんな話だったの……?