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PART8 その速度、誰も並ばず(後編)

「まさか俺と『マシンランナー』に馬で匹敵(おいつく)なんてなあ!」


 抜きつ抜かれつ、苛烈なレースが続いている中。

 真横でユートが獰猛な笑みを浮かべるのが見えた。


「遠い異国では、これをツーリングと言うそうですわよ! 覚えておきなさい!」

「ハハッ──悦楽(たの)しいな、オイ! だが不十分(まだ)だ! もっと疾駆(いけん)だろ──!」


 流麗な動作で、ユートの無骨な手が踊った。

 ぞわりと背筋を悪寒が走る。

 否が応でもその動作を読み取れてしまう。流れるようにクラッチハーフカットからシフトダウン──スロットルオープン……ッ!

 待て待て待て待てッ! もうそこまで技術発展してんのかッ!?


「これだ! これが──絶頂(たまんね)えんだ!」


 当然の結果として。

 併走する『マシンランナー』のエンジンに該当する心臓の回転数が跳ね上がる。


 遠い遠い別世界に於いて。

 西暦を刻み続ける地球という惑星において。

 道交法の整備や環境への配慮からかき消えつつ、か細い灯火を繋いでいくように残された、加速に全てを賭ける概念の結晶体が確かにあった。

 爆発的なスピードの上昇をもたらすそれはこう呼ばれる──『ターボ』と。


「──ッ」


 当然それは諸刃の剣となる。

 卓越した乗り手でなければ一秒後にはデッドエンドだ。

 しかしユートの表情に揺るぎはない。恐らく向こうで何度も乗り回していたんだろう。


 今だ、と思った。

 今ならやれる。外からちょっと衝撃を与えるだけで、指向性を失う。ターボ機能を使って自滅したと言い張ればいい。


 ……けれど。

 彼の横顔。前しか見据えていない顔。


 成程。

 正しく人機一体の境地だった。

 だからわたくしは、響き渡るエグゾーストノイズの中、少し微笑んで受け入れられた。


 ああ、わたくしの負けだ。




「────ヒヒン(まだだ)




 は?

 愛馬の両眼に光が宿った。

 視界がひしゃげた。色合いが根こそぎ混ざってマーブル状になる。


ヒヒヒヒン(おれたちは)ヒヒンヒヒヒヒン(だれにもまけない)──!」

「待って待って待って待ってアァッ──!?」


 よく分かんねえうちに加速がかかる。わたくし何もしてない。

 必死に『流星号』へしがみついた瞬間。


「ヒヒン! ヒヒ……ゥ……ィイ──リミットオーバーアクセルシンクロオォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」

「お前本当は何なんですのー!?」


 視界が黄金色に染め上げられ、わたくしの意識は闇に落ちた。



〇TSに一家言 この馬、本当に馬なんですかね……?

〇無敵 さあ……








 目を開く。

 放課後、少し傾いていた日はすっかり地平線にさしかかり、空は茜色に染め上げられていた。


「……まさか同着(イーブン)とはな」


 声をかけられ、ハッと身体を起こした。

 隣に並ぶ『マシンランナー』の外装各部がばかっとスライドして、白い煙を吐き出す。過剰にこもった熱を放出しているのだ。

 どうやらわたくしが気を失っていたことには気づかれていないようだ。


「え、ええ……まさかここまでやるとは」


 地面に降り立つ。ちょっとふらついた。

 見上げると『流星号』が誇らしげにわたくしを見ている。

 お前マジ何なん? ちょっと帰ったら実家に連絡して出自調べさせてもらうね……


「ふぃー」


 同様にマシンから降り、ユートが隣で、沈み行く夕陽を眺めた。


「あの、最高速度がよ。なーんも見えなくなって、なーんも考えずに済むあのカンジが……最高に気持ちいいんだ」

「……そうですわね」

「普段は、色々考えなきゃいけないこと。俺も、お前もあるだろ。でも、解き放たれた感じがする……」


 ……あ。

 こいつ、本当は王子とか嫌なんだな。

 なんかスッと理解出来た。超速度を一緒に駆け抜けて、変に意識がリンクしてるのかもしれない。


「だけどまあ、それもこいつ……マシンランナーあってこそだ」

「…………」

「こいつは俺にとっては首輪みたいなもんだ」


 首輪。

 ちらりと、彼の横顔を見た。夕陽のせいで、返り血まみれのように、彼の頬は真っ赤だった。


「ウチの諜報部が言ってたぜ……マリアンヌ。お前の家、ここの国王から特別扱いされてるんだってな」


 特別扱い。

 適切な言葉遣いだと思った。

 仲が良いわけではない。仲が悪いわけでもない。


「……そうですわね。特別扱いされております」

「だよな。でも、変な距離感だ。お前をどうこうしてもノーダメージっていう風にしか見えない。でも、予言があった」

「予言?」

「マリアンヌ・ピースラウンドが、世界の大きなうねりの中心になるってさ。ウチの預言者はかなり精度がイイ」

「……それで?」

「こんだけ超スピードで来たんだ。護衛もついてこれてないだろ。聞き耳の心配もない」


 ──視線を滑らせた。一面の草原。人気はない。誘い込まれたわけではない。

 禁呪保有者と二人きり。先手を打つべきか。

 だがそれよりも早く、彼がキメ顔でわたくしに向き直る。



「名乗っておくぜ。俺の名前はユートミラ・レヴ・ハインツァラトス。転校生で、隣国ハインツァラトス王国の第三王子で、『灼焔(イグニス)』の禁呪保有者だ」



 すまん、見得を切ってるところ悪いけど、全部知ってる……



「──マリアンヌ。お前、ウチの国に、俺の妃として来ないか?」



 ユートの言葉。

 それを聞いて思い出す。




【そういえば恋愛ゲームでしたっけこれ……】



〇red moon 今更ァ!?

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