PART6 その男、情に厚く
ロイの言葉通り、席に着くとすぐさま執事が数人やって来てお茶を淹れ始めた。
「ありがとうございます」
「良いお手並みですわ。感謝します」
「お二人からそのように言っていただけるとは」
「我々にはもったいない、ありがたき御言葉です」
執事二名が恭しく頭を下げる。
ふと見上げれば、寮の窓越しに男子生徒や執事がこちらをちらちら見ていた。知名度トップクラスの二人だ、当然のことだろう。
「アナタたちは、ミリオンアークの?」
「いえ、寮の付き人です」
「へー、全員男性なんですね。
「ふん。どうせ過去に不祥事があったのでしょう?」
「あっ……」
「……ピースラウンド様。お戯れもほどほどに」
「でもそういうの、無理矢理手込めにするとかは流石に嫌な気分になってしまうのですが、ラブロマンスが生まれる可能性もありますわよね。そっちの可能性が潰れるのは残念ですわ。メイドの窮地にわざわざ王子が立ち上がって『この子は僕の恋人だ』って言うアレ。正直女視点でのトキメキは分かりませんが、男視点でのああいった助け船を出すシチュエーションは憧れがありますわ」
「ピースラウンド様? 熱でもありますか?」
確かに熱のこもった演説だった。
失礼、と咳払いして、マリアンヌは紅茶を口に運ぶ。
「おう、マリアンヌ! 俺を訪ねてくれるとはな!」
元気の良い声だ。
視線を向ければ、ロイとユートが並んでこちらに歩いてきている。
後方にて、紅髪の騎士が壁に背を預けているのが見えた。
「それで、何の用だ?」
「いえ。アナタのおっしゃる
ほう、と笑みを浮かべながらユートもテーブルに着いた。
ロイが目配せして、執事たちが新たにカップを2つ運んでくる。
「国は違えど同じ人間ですもの。アナタの根本的な考えには理解が及びます。立派だとも思いますわ」
「はっはっは! それはいいな、そこまで褒められると照れるぜ!」
「そこでせっかくですから……今まで
「……! いいね、流石だマリアンヌ。いい目の付け所だ。西にずっと行ったところの、砂漠地帯の話なんてどうだい? 心が躍るだろう?」
「まあ。それは楽しみですわね」
執事たちが茶を淹れている間に、マリアンヌとユートはすっかり盛り上がっていた。
豪放磊落なユートはともかく、相対する令嬢は、普段の破天荒さがなりを潜めたかのような、見本的な令嬢っぷりだ。
しかし。
(……違うな)
ロイは本能的に見抜いていた。
マリアンヌの所作は確かに礼儀正しく、相手と交流する上で適した代物だ。
だが違う。いわゆる一般的な、社交界における礼儀正しさとは微妙に違う。
(交流する気がない。相手がどうこう、自分がどうこうっていう話にほとんど興味がない。貴族同士の交流は、相手がどんなカードを持っているかの確認。そして意図的に自分の手持ちのカードを見せて、友好関係を結ぶかどうかの価値判断を迫ること。だけどマリアンヌは……それすらどうでもいいと思ってる)
ユートが次々に繰り出す異国の話。
実に愉快な話だった。実際にユイは目を輝かせて聞き入っている。
だがマリアンヌは違った──確かに話を聞き、要点を押さえた質問をし、絶妙なタイミングで続きを促す。
半日後にどんな話だったかを聞いても、きっと明瞭な答えが返ってくるだろう。
だがそれだけだ。
頭に入れていても、心はまるで動いていない。
その微細な差は、幼馴染であるロイにしか見抜けないものだった。
(自分も他人もどうでもいい。本来の価値基準はこんなくだらない世間話では測れない。その分、相手に話をさせ続けるだけに終始する。……成程。社交界をサボっているのは彼女なりの判断だったかもな。これじゃあ人気者になりすぎる)
相手に気持ち良く話をさせる、との一点だけに特化した話術。
平時の彼女とはまるで逆だというのに、それは洗練されきった、何十年も磨き上げ続けてきたかのような技術だった。
「それにしてもマリアンヌ、乗馬は初めてだったのか? ありゃとんでもない暴れ馬だったが」
「まさか。共に育った愛馬でしたわ。ただ、鎧を着けてみたところ、随分興奮しまして」
「なんで鎧を着けたんだ……」
「どうしても必要だったのです。まだ、まだここからですわ。マリアンヌ・ピースラウンドはここからが強い……!」
「ふぅん、成程な。ウチの国じゃ、最近は馬じゃなくて、馬を再現した機械絡繰が造られてるからなー。まだ庶民にゃ出回ってねーけど、俺はすっかりそっちに……おいどうした、マリアンヌ。すげえ目になってるぜ。親の仇でも見つけたみたいな目だ」
「いえ。いえ。その機械絡繰……大変興味がありますわ。今から、ひとっ走りいかがですか?」
「俺は大歓迎だぜ! だが、あの馬は大丈夫なのかよ……?」
「問題ありませんわ。今度こそ乗りこなしてみせましょう」
気づけば話は、マリアンヌとユートがこれからツーリングをするという方向でまとまっていた。
「大丈夫なんでしょうか、今朝結構ひどかったですよね」
「ああうん……でも、ヴァリアントがあそこまで暴れるのは、僕も初めて見たから。流石に落ち着いてくれているんじゃないかな」
席を立ち、校舎敷地外苑へと向かう間。
マリアンヌの両眼が恐ろしいほど据わっていることには、誰も気づかなかった。
〇木の根 なんかメッチャ仲良くなってたな
〇みろっく 普通にツーリング始まることになってて草
〇ミート便器 どうやって決闘に持ち込むんだよ
【バイク……バイク……バイクほしい……】
〇火星 !?
〇red moon 草
〇第三の性別 自我失ってるじゃん
【あの人、バイク、持ってるそうですわね】
〇適切な蟻地獄 バイクを手に入れられない哀しきモンスターちゃん
【別に持ち主さえいなくなればどうとでもできますわ
例えば、破損が激しく処分したと言えばいい
例えば、発見できなかったと言いつつ崖下に保管しておけばいい】
〇太郎 は?
〇みろっく 待って、ちょっと待って
〇TSに一家言 怖い怖い怖い怖い
【バイク……バイクぅぅぅ……!!! ブォォォォォォォオン!!】
〇無敵 お前がバイクになってどうする
〇木の根 RTAっていうかPOVじゃねえかこれ!