PART5 その貴公子、嫉妬深く
自室にて、羊皮紙に走らせていたペンを止める。
昔から考えをまとめるときには、紙に手書きでメモするのが習慣だった。実際に身体を動かすことで、物事をより立体的に理解出来るような気がした。
さて、と一息つく。
まとめる分にはまとめ終わった。
「どうかしたんですか、マリアンヌさん」
当然のように部屋に居座り、本を読んでいたユイさんが話しかけてきた。
「ええ。ユートさんのことを考えておりました」
「……ッ!?」
よせ。そんな暗殺者みたいな目をするな。
「やはり他国の王子相手ですからね。接触は慎重にした方が良いかとは思いまして」
「……接触するんですか」
「ええ。何せわたくしも令嬢の端くれ。つくっておくべきつながりはつくっておくべきでしょう」
「…………むう」
わたくしがちゃんと理性的な口調で諭せば、ユイさんは頬を膨らませながらも頷いた。
冷静に考えるとこれわたくしがユイさんをなだめてるのどう考えてもおかしいだろ。こいつ主人公だよな? なんでわたくしが機嫌とってんの? ありえねえだろ。ナンセンス極まりない。
「だけど、マリアンヌさん、そういうのってできるんですか」
「そういうのとは?」
「社交界もサボってばっかだって、ロイ君とリンディさんに聞きました」
何告げ口してんねんあいつら。
どうにもこいつら、最近すっかりわたくしのことをナメてやがる節があるな。
嘆息して、わたくしはユイさんの瞳を覗き込む。
「でしたら、確認してみますか?」
「…………え?」
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【不良王子と】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER2【悪役令嬢】
『228,449 柱が待機中』
【次の配信は五分後を予定しています。】
〇苦行むり 新キャラも出ていよいよ二期って感じだな
〇TSに一家言 なんかなんだ新規は減ったね
〇恒心教神祖 精鋭だけが残された感じある
〇ミート便器 まあS1のラストかなり賛否あったからね
〇外から来ました 運営側がチラつくどころか局部露出レベルで出張ってたから仕方ない
〇適切な蟻地獄 雷爺はいいやつだったよ、どうでも
〇3DSから 3DSから記念
〇red moon 3DSどうやって持ち込んだの!?
〇太郎 言い値で買う
〇みろっく このタイトルには詳しくない。この王子ってどんなキャラ?
〇火星 特撮ヒーローに変身する陰キャ
〇日本代表 バケモンじゃねえか
〇無敵 お前の国のそこらへんにおるぞ
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そういうわけでマリアンヌはユイを連れ立って、男子寮まで出かけてきた。
ユイを連れてきた理由は『ちょっと最近、アナタわたくしのこと完全にナメてますわよね? わたくし、一応貴族の令嬢ですからね? ここらで上下関係というのを叩き込んで差し上げますわ!』というもの。
「男子寮に来るのは初めてですが……入り口はどちらなのでしょうか」
「あ、こっちです。正面玄関だと入れないので、裏に回りましょう」
慣れた様子でユイが先導し始めて、マリアンヌは衝撃に数秒硬直した。
「あ、アナタ……入ったことがあるのですか……?」
「えっ? いや、あはは……ちょっと冒険してたら迷い込んでしまったことがあって……」
その時にロイ君に助けられたんですよと、ユイは朗らかに笑う。
(ふむ、なるほど。いかにも恋愛ゲームのフラグ立てってカンジだな。つーかいつの間に君づけの名前呼びになってたんだ、流石に主人公はダテじゃねえな)
本来は男子しか入れない男子寮に、ユイは卓越した身体能力であっさりと生け垣を跳び越え、マリアンヌも魔力障壁を足場にして侵入する。
ちょっとスパイごっこっぽくなってきて、マリアンヌのテンションは3上がった。
「ではユートさんを探さなければなりませんわね。男子生徒には見つからないよう、もし万が一発見された場合には迅速に気絶させましょう」
「えっ!? 隠密魔法使うんじゃないんですか!?」
このあいだリンディさんがかけてくれましたよ、とユイが驚愕の声を上げる。
「チッ……それやると本当につまらないんですわ」
「舌打ちしてる……まあ、まあ。見つかっちゃうよりはマシじゃないですか」
「ノゥ! 絶対にノゥですわ! 見つかるか見つからないかの瀬戸際が楽しいのでしょうに、わたくしはまだ小島のことを諦めておりません」
「誰??」
とまあ、こんな風に騒いでおけば、見つかるのも当然であって。
「……君たち、コソコソ何やってるんだい?」
茂みに隠れてコソコソしている二人を、上からロイが覗き込んでいた。
頬が微妙に引きつっている。それもそうだ。名家ピースラウンドの一人娘と次期聖女が、雁首揃えて不法侵入である。
「あっ。ロイ君ちょうど良かったです」
「み、見つかってしまいましたわ!?」
「これだけ騒いでたら、そりゃ気づくよ!?」
「チッ……見つかった以上はゲームオーバー、大人しく正規の手段を取りますわ」
「あのねえ、それなら最初から入り口で普通に言えば良かっただろうに……」
言いつつ、ロイはつまらなさそうな表情だった。
「で、一体どうしたんだい? まさか本当に、彼のお友達にでもなりに来たのかい?」
「それこそまさかですわ。友人などわたくしには不要と言っているでしょうに」
「友達ができない子の言い訳だね。典型的だ」
「黙らっしゃい。わたくしはできないのではなくつくらないのです」
「いざというときに孤立する、と何度も言っているんだけどね」
「孤立は孤立でも『栄光ある孤立』ですわ」
「四方を敵に囲まれることが栄光なのは流石に頷けないんだけど……」
「あら、それはアナタも敵になった状況?」
ミリオンアーク家の嫡男はダテではない。相手の言葉一つから心理を読み解き、瞬時に言葉の裏側を弾き出す。
マリアンヌは四方が敵に囲まれた状況を想定した際、最初にロイも敵になったのかと確認した。これはつまり、深層心理ではロイが裏切ることを想定していないことの裏返し。
更には敵に囲まれている=ロイも敵というのは、本来はすぐ傍でロイが味方をしてくれていることを大前提においていた。
ここにマリアンヌ・ピースラウンドとロイ・ミリオンアークの明瞭な差が窺える。
そのものズバリ、こと観察力においては、マリアンヌはロイの足下にも及ばないのだ。
「さあ……どうだろうね……」
興味なさげにしつつ、ロイは背中に回した右拳でガッツポーズしまくった。
「まあ無駄話はここまでにしておきましょう」
マリアンヌは茂みから立ち上がる。
「屋外テラスでお待ちしておりますわ。ああ、お茶もあるといいですわね。使用人の方を何名かお借りしても?」
「放っておけば勝手に来るよ」
ロイはユートを探しに寮の中へと戻る。
その背中を見送ってから顔を見合わせると、マリアンヌとユイも屋外テラスへと向かっていった。