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PART21 祝福は響き合う

 御前試合は流石に中断となった。

 わたくしは右の拳をさすりながら、コロシアムの円形外壁に背を預ける。

 そのままずるずると座り込みそうになるのを、気力で必死に留めた。悪役令嬢はそんなダサいことはしないのだ。


「……まさか聖女に悪魔が取り憑いているとはな」

「気を失っているようですが、どうします」


 近衛騎士たちが聖女を担架に横たわらせながらも、拘束用の護符鎖を片手に相談していた。


「ああ……恐らく悪魔なら消し飛んでいますわ」

「何?」


 水差しを持ってきてくれていたロイが訝しげにわたくしを見た。


「悪魔が人間を乗っ取るというのは、原則として悪魔は現世では実体を持たないからだ。中には実体を顕現させるほど強力な個体も居るらしいが……基本的には精神体だろう。どうやって干渉するんだ」

「なんといいますかこう……神聖なパワーで、ぶわーっと」

「言葉選びがもう神聖さの欠片もないな」


 実際問題、拳をぶち込んだ際に妙な感触はしたのだ。

 肉体をぶん殴っている感じはまるでしなかった。確かに頬へ拳が接触したし、身体を吹き飛ばしもしたが。


「威力の大半が、別の位相に吸い込まれるような感じがしましたわ」

「……道理でね。本当に禁呪相当の力を当ててたなら、聖女様の身体、一片たりとも残ってないはずだもの」


 すぐ隣に立っていたリンディが頷く。

 それからわたくしの顔を覗き込み、嘆息する。


「驚いたわ。まさか禁呪をモノにしてるなんて……というかもしかして、普段使いしてる『流星(メテオ)』も禁呪の改変かしら」

「ええ、そうですわね」

「絶句ね。禁呪を改変するなんて正気?」

「全然絶句してませんわね」

「うっさいわね! 驚きの表現よ! 本当に黙ったら何も分からないままになっちゃうじゃないの!」


 一通り騒いでから、しかしロイとリンディはまだ解せない様子だった。


「もしそうだとして、禁呪同士の激突の後に、もう一発禁呪を打ったってこと?」

「いいえ、禁呪を二重に詠唱していただけですわ」

「ごめんもう一回言ってくれるかな?」

「禁呪を二重に詠唱していただけですわ」

「何度聞いても意味が分からないわね……」


 理解力のねえ奴らだな。



〇木の根 これ理解力の問題か?

〇鷲アンチ こいつの協調性の問題

〇外から来ました ツイッターで「勉強してからリプしてください」とか言ってそう



 最後のやつマジで覚えたからな。

 わたくしが内心でキレ散らかしていると、砂利を踏む足音が聞こえた。

 顔を上げれば、王子や教皇たちがコロシアムに降りてきていた。国王は玉座に腰掛けたままだ。


「あり、得ない」


 震え声を発していたのは、第三王子だった。


「確かに、大気中の魔素自体は……禁呪を連射するに耐えうる量があるだろう。だが、人間が耐えられるはずがない! 魔素を魔力へ転換し、魔法として形成する回路が保たないハズだ!」

「ああ、はい。それは簡単に解決できましたわ」


 どよめきが広がる。客席に残る貴族や、騎士たちも一斉に狼狽していた。

 まあそんな方法が普通にあるんなら現状のパワーバランス崩れちゃうもんね。

 安心して欲しい。わたくしも正直これは一回こっきりだと思ってる。


「『祝福』ですわ」

「…………は?」

「聖女と呼ばれうる存在から、バフをガン積み……これ伝わりませんわね。『祝福』を重ねがけされることでドーピング……これも伝わりませんわね。一種の限界突破状態に自分をおいたのです」


 一度きりの反則技。

 祝福の過剰投与による、無制限にも等しい魔力の補充。


「……それは、あり得ないだろう」


 王子のすぐ傍で警護していたジークフリートの呻き声に、全員が同意した。

 何せ、ここで重大な矛盾が生じてしまっている。


「祝福を与えられた、って……誰からよ!? 聖女も教皇もあんたの敵じゃない!」

「アナタもご存じの方ですわよ」


 あーやっべ喋ってたらどんどんきつくなってきた。

 これ祝福(バフ)切れかけてるな? 流石に座り込もうかと悩み始めたとき。



「────かの者に、『祝福』を」



 荘厳な声が響いた。

 わたくしの身体に力がみなぎる。魂が燃えるわたくしのマグマが迸る(高速詠唱)。


「もう誰にも止められませんわ!」

「うわっびっくりした」

「わざわざ言わなくても分かってるわよ。止まったためしないじゃない」


 両手を突き上げて復活をアピールすると、ロイとリンディは完全に狂人を見る目を向けてきた。

 それはともかくとして。


「ええ。わたくしに祝福を授けてくれる存在が一人いましてよ」


 わたくしは視線を横に切った。コロシアムの入り口。

 そこに、同じ制服を身に纏った、黒髪セミロングヘアの少女がいた。


「ねえ? ユイさん」

「──はい。私がマリアンヌさんに、祝福を授けました」


 周囲を見た。誰も言葉を発さない。

 肩をすくめて、リンディに顔を向ける。


「これが本当の絶句ですわ」

「…………」


 リンディは絶句していた。

 ……これはこれでつまんねーな。








 あの日、あの夜。


「──私は、貴女に、ずっと、嘘をついていました」

「ウソ?」

「聖女とは、私なんです」

「はい?」



〇木の根 はああああああああああああああああああ!?

〇第三の性別 待って待って待ってなんでシナリオ終盤になってるの

〇鷲アンチ それチャプター16で明かされるやつゥ! RTAみたいになってんぞおい!

〇みろっく RTAなんだよなあ



 コメントがぶわーっと流れていった。

 え? ちょっとわたくしも衝撃で完全にフリーズしてる。え? 聖女なの? え? なんでここにいんの?


「正確に言えば、聖女として指名されるはずだったのが私、タガハラ・ユイ……私は魔法学園に入学し、同世代とつながりを作って、卒業後に聖女として任命されるはずでした。それがあの聖女が指名されて、事情が変わってしまったんです」

「…………?????????」

「あの聖女は、聖女ではありません。私は本物の『祝福』を持っているから分かります。何かしらの魔法を騎士に付与して、それで擬似的に祝福を再現しているだけなんです。例えば魔法に対する防護壁や、攻撃威力を上乗せするような強化魔法。もしかしたら禁呪かもしれないぐらい強力ですけど……あれは断じて、祝福ではありません」


 なに言ってるか全然分かんない。

 えーと……聖女は偽物。真聖女はタガハラさん。なるほど? 理解するのここだけでいいか?



〇社長 (ピロロロロロ…アイガッタビリィー)タガハラユイゥ!なぜ君が魔法適性最低にもかかわらず魔法学園に入学できたのか なぜ徒手空拳の戦闘技巧を獲得しているのか(アロワナノー) なぜ変身後に頭が痛むのくわァ!

〇ケーキ それ以上言うな!

〇社長 ワイワイワーイ その答えは ただ一つ…

〇後光 ニャメロー!

〇社長 アハァー…♡

〇社長 タガハラユイ!君が世界で唯一、戦争用に人工的に生み出された聖女だからだぁぁ!!(ターニッォン)アーハハハハハハハハハアーハハハハ(ソウトウエキサーイエキサーイ)ハハハハハ!!!

〇外から来ました 当然のように神湧いてて草

〇ミート便器 サブまできっちり揃ってるじゃねえか……

〇無敵 ニャメローになっている +114514点



 うるっせえなこいつら!

 だが横目に読み取った感じ、どうもこの情報が開示されるのはシナリオ終盤になってからのはずらしい。

 なら、今わたくしがこれを聞かされているのはどう考えてもおかしい。一体何故?



〇日本代表 あー分かった。これユイの好感度カンストしてるわ

〇みろっく プレイアブル用の主人公に好感度パラメータとかあるの?

〇日本代表 ない。本来はないけど、今回はピースラウンド家スタートの追加DLC版に近い状態だから、他のキャラに合わせて自動で設定されたんだと思う



 ほーんなるほどね。


「だけど私、入学して……ピースラウンドさんと出会って、分かったんです。誰かに祝福をもたらす存在は、ただ祝福するだけじゃダメだって。ちゃんと胸を張って、自分こそ唯一って言い切る存在。それが、人々にとっての安らぎになるんだって」



〇TSに一家言 その令嬢、安らぎになっていますか……?

〇red moon 安らぎっていうか暴れ柳だよね



 ムカつくがあんま反論できなかった。

 基本的にわたくし、暴力で解決してるだけだからな……

 タガハラさんは言いたいことを言い切ったようで、気の抜けたようにへにゃと笑う。


「私のこと、ユイって呼んでくれませんか」

「……それは?」

「唯一の存在として生み出されたから、ユイ。そういう名前なんです。だけど……ピースラウンドさんに呼んでもらったら、もっと別の意味の、名前に感じられると思って」

「ふむ、なるほど。でしたらユイさん、顔を上げなさい」


 視線を合わせて、わたくしは彼女の瞳に自分の貌をうつしこんだ。


「そんな事情がなくともアナタは唯一の存在です。胸を張りなさい」


 よく言った。よく言ってくれた。

 本物の聖女が誰か知っている。これは先のプランを組む上でメチャクチャ強力なカードだ。

 条件は完全にクリアしたと言っていい。


 タガハラ・ユイ。やはりこいつこそが、わたくしを追放するに相応しいキャラだ!


「やるべきことも分かりましたわ。偽物を引きずり下ろせばいいのですね?」

「……はい。聖女を、倒してください……私は、弱いから。まだあの聖女には勝てない。だけど……マリアンヌさんに力を与えることはできます」

「ええ、ええ。わたくしが唯一頂点の存在と証明するためにも。その偽物聖女は、必ずや打倒してみせましょう」


 真聖女であることを証明して、偽物聖女を追放する。ついでにわたくしもまとめて追放してもらう。そうだね、偽物聖女に乗っかって自分も聖女とか名乗ってみようか。御前試合での狼藉を働くだけでも十分かとは思うけど。


 ん? この子のためにやったら、もしかして善人要素も達成できるんじゃないか?

 オイオイオイオイ! 完璧じゃねえか……


 そう考えてニヤついていた時だった。

 彼女はそっとわたくしにしなだれかかり、胸元に顔を埋めて洟をすすり始めた。

 タガハラさん……いえ、ユイさんの頭から凄いいい香りがしてクラクラする。

 欲望に流され押し倒さないよう必死にこらえながらも、わたくしは脳内言語直接出力モードを再起動する。



【ていうかこれ、終盤で明かされるって、この子が本来主人公なんですわよね?】



〇無敵 そうわよ



【一人称で進むのに、この情報は終盤になって明かされるのですか?】



〇木の根 そうわね



【典型的な信頼できない語り手じゃありませんか】



〇適切な蟻地獄 それは……まあ……うん

〇苦行むり クソゲーと呼ばれる所以だぞ



 控えめに言っても終盤まで主人公がプレイヤーに明かさないのは、こう、はい。

 いややっぱりクソゲーじゃねえかこれ!

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