PART17 舞台は整う
部屋に戻る。
マジでやることは変わらない。余りにも変わらなさすぎて我ながらどうかと思うぐらいだ。
あらゆる前提を整え。
あらゆる条件をクリアし。
最後の最後に敗北することで、わたくしの存在は確かな物となる。
敗北し、追放されるために産み落とされた
散り際の演出に手を抜くわけにはいかない。
……なんだ。これはこれで、案外気負いすぎているのかもしれねえな。
やれやれと肩をすくめて、配信画面を立ち上げた。ちょっと雑談枠でもして気を紛らわすか。
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【陰謀パートで】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【役に立たない女】
『218,747 柱が待機中』
【次の配信は三時間後を予定しています。】
〇木の根 うるさいですね……
〇red moon ふしだらな母と笑いなさい
〇第三の性別 シャミ子が悪いんだよ……
〇木の根 言ってないシリーズやめろ
〇鷲アンチ マリアンヌが悪いんだよ……
〇適切な蟻地獄 誰が言ってるんだよ
〇日本代表 ロイでしょ
〇みろっく 一番ありそうで草
〇太郎 うるさいですわね……
〇外から来ました ふしだらな令嬢と笑いなさい
〇雷おじさん はい解釈違い
〇無敵 おっ責任者さん、ちーっす
〇木の根 生首候補じゃんちっすちっす
〇雷おじさん 覚えてろよお前ら
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うるさいですわね……(ガチ)
なんというか最近は視聴者同士のなれ合いが多発しており、コメント欄イタイイタイなのだった。違うだろ。配信ってもっとこう、ヒリついたものだろ。誰が何時死ぬかも分からねえ荒野であるべきだろ。
仕方ねえ。脳内言語直接出力モードをONに。
【おい!!!なれ合ってんじゃねーですわよゴミ共!!】
〇鷲アンチ えっ配信始まった!?
〇無敵 びっくりしておち○ちん小さくなった
〇木の根 なんで膨らませてたんですかね……
【御前試合に向けて気合い入れていきますので、夜露死苦ゥ!】
〇TSに一家言 ヤンキー令嬢は属性盛れば良いってレベル超えてるだろ
〇ミート便器 よろしくぅの言い方がめちゃイケなんだよなあ
〇みろっく 数取団死ぬほど懐かしくて草
【やるからには勝ちますので、夜露死苦ゥ!】
〇red moon 実際こないだも勝てたしいけるんじゃない?
〇雷おじさん こないだはシステム外詠唱スキル使ってたからね、あれ結局本当になんなの? こっちで確認しても原理不明だったんだけど
〇火星 そりゃ御前試合自体は全然勝ち目あるけど、結局追放狙うならむしろ負けるべきなんじゃないの
ふむ、なるほど。
言われてみればそーだったわ。確かにゴールを設定はしたものの、今回の御前試合はまさしく降って湧いた話。どうやってうまいこと活用すれば良いのかはあんまり分かってないな。
ベッドに腰掛けてむーんと考え込むと、もぞもぞと布団が動いた。
「…………ッ!? 何者です!」
飛び退き、七つ魔法陣を展開して一節詠唱『
いつでもベッドごと爆砕できるぞ、と魔力を差して威嚇していると。
ふわっと布団が持ち上げられ、黒髪のセミロングヘアが月明かりに照らされた。
「…………あの……こ、こんばんは……」
「は、はあ…………?」
ベッドの中に、タガハラさんがスタンバっていた。
〇外から来ました CG回収キター!
〇無敵 こんなCGないぞ
言ってる場合かボケカス太郎がよ!
何のために、というかどうやって部屋に入りやがったんだよこの主人公。
辟易しながらも、とりあえず何から聞くべきか悩んでいると。
「あの、ピースラウンドさんに、お話があって」
「……話?」
「はい。えっと……」
月夜が窓から差し込む夜。
タガハラさんの瞳に月明かりが差し込んでいたのがやけに印象的で。
彼女は、そっと唇を開いた。
「──私は、貴女に、ずっと、嘘をついていました」
太陽が天頂に達した時刻。
学園支給のワインレッドを基調とした制服を着こなし、地面に届かんとする黒髪を優美になびかせて、一人の少女が、御前試合用のコロシアム中央へ歩いていた。
コロシアムは広かった。入学以前の、幼年部の御前試合はもっと狭いグラウンドで行われていたが……これは成人用だ。
一歩歩くごとに、視線が集中するのを感じる。観客席に座る貴族たちや教会関係者が、彼女にじっとりした視線を集めている。
そして彼女の歩む先。
コロシアム中央には、漆黒の鎧を着込み、大剣を地面に突き立てた、血のように紅い長髪の偉丈夫がいた。
彼の名はジークフリート。新設中隊の中隊長に抜擢された、近衛騎士の若手エース。
互いの言葉が届くような距離に踏み込んだとき、ジークフリートが小さく呟いた。
「君なら断ると思っていた──いや、断るべきだった」
「皆さん同じことを言いますわね。何故?」
「君は……自分のためだけに、戦っていてほしかった。誰かに利用される君は、見たくなかった」
何か、悔やむようなそぶりすら見せる騎士に対して。
「笑止千万ですわね」
少女は。
マリアンヌ・ピースラウンドは不敵な笑みを浮かべた。
「やることは変わりません。さあ、喧嘩をしましょう」
腹の底に響くような声だった。
それを聞いて、ジークフリートは頭を振った。
「ああ、分かっているさ……聖女が近くに居るようだ。普段よりも祝福が活性化しているのを感じるよ」
「それは重畳」
互いの距離が、規定ラインに落ち着く。
コロシアムのブザーが鳴り響いた。御前試合の準備が終わった証拠だった。
貴賓席に並ぶ人々が居住まいを正す。見知った顔がいくつかあるのが見えた。ロイが、リンディが、不安そうにこちらを見ている。
『本日は皆様、お集まりいただきありがとうございます──』
女の声だった。
『本日行われる御前試合は、まさしく次世代を象徴する若手同士の対決! 『竜殺し』ジークフリートと、『
「すまない、君の二つ名が聞き取れなかった。何と言うんだ」
「聞き取れなかったのならもういいでしょう」
「気になるじゃないか」
「…………めてお、ぜろらいと、ですわ」
「ほう。いいじゃないか。どういうルビ振りになってるんだ?」
「あああああああああああああああああああああああああッ!」
純粋な好奇心からの質問だったが、マリアンヌの精神には
「羨ましい話だ。オレも竜殺しというのは些かシンプル過ぎると思っていたんだ。そういうのを頼みたいところだな」
「正気ですかッ!? いいえ、正気ではありませんわね! こんな二つ名あるだけでデバフかかる呪いのアイテムでしてよ!」
『──それではお二方、準備はできましたか!?』
アナウンスに促され、二人は顔を見合わせると雑談を切り上げた。
「問題ない。マリアンヌ嬢の方はどうだ」
「お気遣い痛み入ります。はい、こちらも大丈夫ですわ」
『それでは御前試合を、エドワード卿の合図を持って始めさせていただきます』
名を呼ばれた貴人が、王の座る玉座の近くで立ち上がった。
腰掛けている国王に恭しく一礼をすると、それからコロシアム中央にて向かい合う二人を見下ろした。
「聖女が来ているのは確か、なんですわよね」
「? ああ。オレたち騎士は、彼女の存在を感知することができるからな」
「なるほど。第一段階はクリアですわね。正直来てもらえていなかったらどうしようかと思っておりました」
ロイは言った。マリアンヌは捨て駒だと。
聖女を失脚させるためには、聖女に並ぶ存在が必要だ。マリアンヌがそこまで至れば良し。至らずとも、聖女のような存在とて武力を以て打倒できる存在に過ぎないという先例を作ることができる。
マリアンヌ・ピースラウンドが御前試合に勝とうと負けようと、貴族も教会も、それに合わせて行動するだけだった。
だから。
だからこの瞬間。
一番勝ち負けにこだわっていたのは──マリアンヌ本人だけだった。
「勝ちたいのですわ」
「ああ、オレもだよ」
「違います。アナタではありません」
「……何?」
エドワード卿が合図を出す、その数瞬前。
マリアンヌが天を指さした。いつも通り、彼女を知る者なら何度も見たことのある、天空を突き上げるマリアンヌのポーズ。
「宣言しましょう! この勝負に勝利するのはマリアンヌ・ピースラウンドですわ!」
勝利宣言だった。
会場がどよめく。出鼻をくじかれたエドワード卿が苦笑を浮かべ、行き場のなくなった腕をそっと下ろした。
だが次の瞬間、どよめきは消滅する。
「そして──聖女リインは敗北し、失墜し、翼をもがれ地に墜ちるでしょう!」
静寂。
痛いほどの静寂。
このタイミングで出るはずのない名前だった。正確に言えば出してはならない名前。チェスの駒がプレイヤーの名を叫ぶはずがないのだ。対面のジークフリートも口をあんぐりと開けている。
だがそこからマリアンヌが続きの口上をブチ上げる。
「そもそも現在教会において重用されている聖女リインなど、本来の聖女の足下にも及びませんわ! 教会の掲げる聖女など所詮は偽物、まがい物、張りぼてッ!」
そうだ。勝ちたい。誰が相手でも負けたくない。ジークフリートと同じだ。マリアンヌも負けたくない。
そして負けるなら、追放されるための負けでなくてはならない。ズルズルと負けキャラとして居残るのではない、致命的な一敗により全てを失うからこその悪役令嬢!
捨て駒だと? ふざけるな。
騎士相手の御前試合に勝っても負けてもいい? 違う。
悪役令嬢が見ているのはそこじゃない。騎士に負けたところでどうする。負けるなら──悪役令嬢が負ける相手は、同じヒロイン枠の女であって男じゃない!
だから。
マリアンヌ・ピースラウンドが喧嘩を売るべき相手は、ただ一人!
「真なる聖女とは、聖女と呼ばれ得る選ばれし存在とはただ一人ッ! それはほかでもない──このわたくしですわッ!」
TS神様転生悪役令嬢は、対抗として聖女COした。