PART16 思惑は絡み合う
その知らせはすぐさま魔法学園を駆け抜けた。
『マリアンヌ・ピースラウンド、王立騎士団と決闘!?』
センセーショナルさを追求するために、事実を削ぎ落し、キャッチーさのために整えられた文章。
当然、効果は抜群だった。新聞部は発行部数を更新したし、学園外にすら新聞は売られた。
貴族と騎士の対立。平民にとっては競馬に近い。どちらが勝っても、生活が変わるわけではない。だが仮に、どちらか勝つ方に、何かを賭けていれば、話は変わる。
「馬を数匹、騎士団に売ったよ。いよいよ貴族の時代が終わるかもしれないんだ、投資するならここだってね」
「馬を育て続けてついに本物の馬鹿になっちまったのかい? 勝つのは貴族だよ、今のうちに茶畑を作っておくのが勝ち組ってもんさ」
誰もが、当人たちの認識を置き去りにしていた。
彼らにとっては、マリアンヌ・ピースラウンドが魔法使いの代表であり、ジークフリートが騎士の代表だった。関係者が、あるいは当人がそれを拒否したとしても、そういうことになったのだ。
「まあそういうわけで、ジークフリートさんと決闘することになりましたわ。まる」
「まる、じゃないわよ!?」
耳元で叫んでいるのは金髪ショートかませ、リンディだった。
声がでかい。キンキン響いてる。鼓膜残ってる? 大丈夫?
「……そんなに近くで叫ばずともいいですわよ」
「叫ぶわよ! 叫ぶに決まってんじゃない!」
授業を終えたお昼休み。
わたくしは席まで猛スピードで歩いてきたリンディの言い分に対し、眉をよせてしかめっ面になっていた。
「仕方のないことですわ。指名されたからには、国王陛下の御前に相応しい試合を行うまで……」
「そうじゃないでしょ!」
リンディがわたくしの座っていた席の机を両手で叩いた音は、甲高く教室に響き渡った。
生徒たちが一斉にこちらを見る。合法ロリ先生も不安そうにわたくしを見つめていた。
……おいおいマジかよ。
こいつら、こっちに来たり何か言ったりはしなくても、リンディの肩持ってるってことじゃねえか。
「……今更何を! わたくしとて馬鹿ではありません。己のやるべきことぐらい分かっておりましてよ」
椅子から立ち上がり、昼食にするべく教室を出て食堂へ向かう。
何か言いたげな様子のまま、リンディはわたくしの後ろをついてきていた。
わざと迂回路を通り、人気のない旧校舎に踏み入る。タイミングを見計らっているのだろう、と予想がついた。
廊下の端から端までを見渡す。リンディとわたくしだけ。
振り向けば、彼女はスカートをぎゅっと掴んだまま、俯いて肩を震わせていた。
「……行かなくていい。行かなくていいわよ、あんなのっ……!」
「なぜですか?」
「何故って何よ馬鹿じゃないの!?」
うわっ急にキレんなよびっくりした。
最近の若い子は怖いねと思いながら振り向いて。
ちょっとびっくりした。
「なんで分かんないのよ、この馬鹿、ばか……ッ!」
これ初めて見るヤツだ。
結構、洒落にならない怒り方だ。
今までの付き合いの中で、一番のブチギレ方を見せて、リンディがわたくしの胸ぐらを掴みあげてきた。
「私たち学生を巻き込んでる時点で、もう、異常事態じゃない……! 絶対に、あんたが勝とうが負けようが、どっちになっても都合が良いよう、大人たちは策を練ってんのよ……!」
「ええ、そうでしょうね」
「こんなの、あんたの意志じゃないでしょ……!? あんた、自分が最強だって証明したいんでしょ……!? だったら……だったら……ッ! 誰かの道具になるなんてやめなさいよ……!」
「……ええ」
返す言葉が見つからなかった。
ああこの子、わたくしにずっと怒ってるなとか思ってたけど。
真剣に、わたくしのために怒ってくれていたんだ。
結局──昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえたときにも、わたくしはご飯にありつけては居なかった。
針のむしろってカンジだ。
誰も彼もが、わたくしを、祭り上げられた悲劇のヒロインとして見ていた。
「……不愉快ですわね」
近衛騎士ジークフリートとわたくしの御前試合は、何時しか『魔法使い/騎士の次代を担いし者』同士の激突へと、話をすり替えられていた。
フンと鼻を鳴らし、放課後、校舎敷地内のベンチに腰掛け足を組む。
これだけ風聞を流せただけで、実際問題としては既に半分ほど計略は成功しているだろう。
「ここにいたのか」
面白くねーとイライラしていると、声をかけられた。
見れば夕陽に照らされ、肩で息をする甘いマスクのプリンス……ロイ・ミリオンアークがそこにいた。
「探したんだよ、マリアンヌ」
「何かご用ですか?」
とはいっても内容なんて大体分かってる。
「
「そうですか」
わたくしは少し面食らった。
ロイが自分のことを『俺』と呼ぶのは、記憶にある限りでは幼少期以来だったからだ。
「だけど、君は止まらないだろう。俺では君を止められない」
「あら、きちんと理解していますのね」
「間違いなく、君が勝っても負けても良いように父さんは構えてる。教会は君を排除して聖女の特別性を確実なものにしたい。父さんは君が負けたら、今度は本命を聖女にぶつけるつもりだ」
「……本命?」
「ミリオンアーク家の私設魔法使い部隊だ。貴族院は君を祭り上げたいんじゃない。最終的な目標は、あくまで聖女を失脚させること。君はそのための捨て駒だ」
「ほーん……」
わたくしとジークフリートさんを戦わせることで。
聖女のように扱われている存在が、御前試合に出るという前例を作りたいということか。多分。いや自信ないな。
「ちなみにこれ、わたくしが勝った場合、そのまま聖女と連戦になったりするのでしょうか」
「え? いやさすがに、当日中に連戦はないだろう……大体、聖女も素直に応じるとは思えないし」
「なるほど。時間制ですの? ストック制ですの?」
「現実世界にストックはないんだけどね」
「2落ちまではセーフなので」
「アウトだよ」
ロイの視線が冷たいものになった。
「マリアンヌ、君は……こう、頓着する物がないよね」
「? まあ何せ、最も価値ある存在とはこのわたくしですからね。自分以上に尊いものがない以上、何かに頓着する必要がありませんもの」
「まあそういう返しが来ると思ったけど。君はこう、いつ死んでもいいと思ってるんじゃないか、と感じるときがある」
ちょっと数秒黙った。
図星だった。
そうだ。その通りだ。
わたくしはセンスも努力も、経験も技量も全て、そのためにこそ積み上げてきたのだから。
「だから言わせてもらう。俺は、俺なんかより君の方が大事だ。だから君を守るために全力を果たそう」
「……は?」
告げて。
ロイはわたくしに近寄り、黒髪を一房手に取って微笑むと、毛先に唇を落とした。
「マリアンヌ、勝て。勝つんだ。君が勝つことを前提に俺は動くよ。後のことは任せて、あの時みたいに思いっきりぶん殴ってやれ」
「無理無理無理無理無理無理キモイキモイキモイキモイキモイキモイ」
「はははっ。そこまで言うと、さすがのジークフリート殿も傷つくんじゃないか?」
オメーーーーーーのことなんだよ!!!!
妙なポジティブシンキングモードになったロイは、よしと何やら気合いを入れて立ち去っていく。
いや今の余裕でセクハラだったんだが。実家にチクってやりてえ……