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PART15 暗雲は突然

 お茶会は陽が沈むころに終わった。

 黒髪をなびかせ、マリアンヌはユイと二人並んで、女子寮への道を歩いていた。


「むむ……やはり直接的な決闘は最後に取っておくべきでしょうね。他の面でどうにもならないほど追いつめられ、やけになったわたくしが禁呪を打とうとして取り押さえられる。最後の着地点はきれいに描けましたが、問題は過程ですわね……」


 小声でブツブツとよく分からないことを呟いているマリアンヌ。

 隣のユイは心ここにあらずといった様子で、怪音声が耳に入っていなかった。


「小さな嫌がらせから仕掛けていきましょうか……聖女の靴に画鋲を入れておくとか。いやちょっとリアル路線過ぎますかね。やはりでっち上げた風聞を流しましょう。聖女は夜な夜なショタを集めてえっちなパーティーを開いている。いい感じですわね、タガハラさんはどう思います?」

「えっ? あ、は、はい。いいと思います、私そういうの好きです」

「アナタこういうのが好きなんですの!?」


 適当な返しをしたせいで、マリアンヌの中でユイはおねショタ乱交が性癖のヤバイ女になった。

 うわ……と表情を引きつらせながら。

 迷わず帰路を進んでいた二人の歩みが緩やかに減速し、最後には止まった。


「こんばんは、ピースラウンド様」


 前方。

 一人の紳士が、道を塞いでいた。

 白を基調とした礼服が、普段の通学路とまったくなじまない。異様な異物感があった。

 隣でユイが静かに息をのむ、と同時。


「そこで、何をしているのですか?」

「────!?」


 マリアンヌの背後で、空間が軋んだ。


「もう一度問います──そこで、何をしているのですか?」


 世界が啼いていた。大気そのものが罅割れている。

 魔法陣が互いを上書きし合うように重複しながら展開され、破壊の光が漏れだす。

 発射直前の状態で固定された計30にも及ぶ流星(メテオ)が、砲口の如く紳士に突き付けられていた。


「………………え? え? ちょっ、殺意高くないですか?」

「これで最後ですわ、次はありません。そこで、何をしているのですか?」


 紳士の全身からドッと汗が噴き出た。

 分かった。分かってしまった。この女は、本気でやる。

 会話のペースを握らせないためではない。もっと根源的な理由。気に入らない相手の話を聞く気がないのだ。


(ピースラウンド家め! 政治に興味がないふりをして、最も我々の嫌がるやり方をきっちり教え込んでやがる! 無意識のすり込みか? いいや、それはもういい。イニシアチブを取るという考え方を捨てるしかない!)


 紳士は恭しく一礼をしてから、声が震えないよう気をつけながら口を開いた。


「私は教会から遣わされた者です」

「…………!」


 使者が胸元に手を伸ばすと同時、ユイが即座にマリアンヌの前に出た。

 だが取り出されたのは凶器ではなく、教会からの認定を証明する羊皮紙。それを見せて、使者は手を上げて自分に害意がないことをアピールする。


「できれば、その魔法を解除していただければと思います」

「……ピースラウンドさん、あれ本物ですね」


 文字を読むには離れ過ぎていたものの、ユイの目は書面に記された文言と聖女のサインを判別可能だった。

 その言葉を聞いて、マリアンヌは流星(メテオ)をかき消──さなかった。


「だから何ですの?」

「えっ」

「わたくしの進む道を塞ぎましたわね? わたくしの行く先を遮りましたわね? ならば誰が相手だろうと関係ありません。それは、叩き潰すだけですわ」


 全身から過剰魔力が吹き荒れる。

 マリアンヌの戦意に呼応して、それらは黄金色の雷撃となって、無作為に周囲の地面を砕いた。


「こ──これは、これは。さすがに魔女と謳われるだけはある……恐ろしいですね」

「魔女?」


 口に出してから、マリアンヌは即座にその意図を理解した。

 聖女に真っ向から対峙する者。聖なる存在と対になるのならば、それは確かに魔女と呼ぶにふさわしいだろう。


「気を悪くされたのなら失礼──」

「採用ですわ」

「はい?」

「わたくしこそが最強の魔女! この世界の頂点に君臨する、魔の道を究め、魔の意志に導かれた女! マリアンヌ・ピースラウンドは今この瞬間をもって、魔女を名乗りましょうッ!!」


 あふれ出ていた魔力がペカーと輝きを増し、後光のように展開される。

 天を指さし、彼女はビシィとポーズを決めて雄々しく叫んだ。


「なんだこの女……」


 使者はドン引きしていた。


「……ええと、それで。結局何の御用でしょうか」


 話が進まねえとユイが代わりに本題に入るよう促す。

 使者は片腕を真上へ突き上げたまま未だキメキメであり続ける女を見て、顔を引きつらせながらも、懐からもう一枚の羊皮紙を抜き取った。


「王立騎士団、新設中隊の結成に伴い、近衛騎士ジークフリートが王立騎士団中隊長に任命されました」

「ええ、拝聴いたしました。ご本人にはまたの機会になりますが、中隊長ご就任を心からお祝いしておりますわ」


 知った名前を聞き、やっとマリアンヌの意識が現実に帰ってくる。


「つきましては、正式な任命式を国王陛下の御前にて行いますので、ピースラウンド様にぜひご出席いただければと思っております」

「……ッ!?」


 ユイは目を見開いた。情勢を理解していれば、それは明らかな異常事態だった。

 騎士団の任命式に、貴族を招待する?


「あら、いいですわね。わたくしもぜひ、彼には面と向かってお祝い申し上げたかったところですわ」

「ええ────そこでピースラウンド様には是非、近衛騎士ジークフリートと御前試合を行っていただければと思っております」

「…………は?」


 使者の顔が笑顔を象った。

 それは相手への友好を示すには、いささか不気味で、うすら寒い、醜悪な表情だった。

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