PART14 日常は薄氷
実家から手紙が来た。
王立騎士団の中隊長から突然手紙来たから転送するわ。あと最近元気? という手紙だ。
「やはりわたくしの家、ちょっと貴族院と教会の勢力争いに混ざれてない感じがしますわよね……」
わたくしだけがおかしいのかと思っていたが、父や母も基本的に勢力争いとかどうでもいいから魔法の威力と速度上げようぜ! しか言わなかった傑物である。現に騎士団から手紙来たの完全にスルーしてるしな。
戦術魔法における代表格のはずなのに完全にいないもの扱いされてるピースラウンド家、かわいそうすぎる。
「……近衛騎士、ですか」
もう一通の手紙は、やはりジークフリートさんからだった。候補者たちの中から見事に中隊長の座を獲得したという報告。いろいろ世話になったというお礼。それらが、意外なほどに繊細で美麗な文字で書き綴られている。嘘だろこいつわたくしより字がうまいじゃねえか。
「というわけで、知り合いが中隊長になりましたわ。お祝いの品でも送ればよろしいのでしょうか」
金髪ショートカットのかませが『ふふん。私は今日ミリオンアークのお茶会に誘われたけど? あんたは? ん? 誘われたけどどーせ忘れてんでしょ?』とマウントだかなんだかよくわからん挑発をしてきた。おかげでお茶会を思い出せた。
正直同級生や先輩方と交流を深めるなんてミリも興味ないが、こういう社交性のある連中の知恵を借りたいとは思っていたのだ。
「わあ、すごいことなんじゃないですか!?」
同じテーブルに座るタガハラさんが、目をキラキラさせて言う。
どうせタガハラさんの逆ハーレムになるんだろうけど、まあ人気の出そうなキャラ造形だった。さほど興味はないけれど、それはそれとして面白くない。
若干むくれながら紅茶を啜っていると、何故か同卓している金髪かませことリンディが、ジークフリートさんからの手紙をしげしげと眺め始めた。
「ふーん、あの竜殺しと知り合ってたなんてやるじゃない」
「はい! どういう人なのかは知りませんが、さすがピースラウンドさんです! すごい人脈ですね!」
タガハラさんがわたくしを持ち上げに持ち上げる。その様子を見て、あいさつ回りから帰ってきたロイが苦笑を浮かべていた。
ふふん。太鼓持ちがいるとやはり気持ちいいな。ここのところ変態ストーカー王子やわたくしにツッコミをやらせる天然とかばっかと話してた気がするから、久しぶりに感じるぜ。
「まあ、中隊長クラスじゃ辺境に飛ばされるか王城内で飼い殺しかのどっちかで数年潰れるわね。人脈にカウントできるのはその後よ」
だがリンディが続けて放った言葉を聞き、わたくしは数秒フリーズしてしまった。
……えっ、そうなん? チラッとロイに視線を向けると、彼は神妙な表情で頷いた。
「まあ、最近の話だけど……議会はすっかり反騎士派閥に染まっているよ。僕も剣術道場へ通うのをやめさせられそうだ」
ロイの補足を聞いて、わたくしは手紙を見てしょんぼりしてしまう。
そっか、ジークフリートさん、しばらく会えないかもなのか。せっかく喧嘩友達ができたと思ったのに。
「今まではそうじゃなかった。勢力争いは均衡していた。でも今はそうじゃない。貴族院が積極的に謀略を仕掛けるようになった。裏を返すと、それだけ焦りがあるんだ」
「そうね──やっぱ、聖女の登場から、若干バランスが崩れてるのよねえ」
ロイとリンディの言葉を聞いて。
わたくしはほへ~と馬鹿みたいな顔をしていたが……視界の隅で、タガハラさんが、不意に一切の感情が抜け落ちた無表情になっているのが見えた。見えてしまった。
「ちゃんと分かってんの、マリアンヌ。あんたは全然他人事じゃないのよ」
「え? わたくし?」
そちらに気を取られている間に、リンディが猫のような目を吊り上げて、ティースプーンをビシリと突き付けてきた。
「待ってくれ、ハートセチュアさん。それは──」
「やだやだ。ミリオンアーク、あんた知らないままで通せると思ってんの? 気に入った相手を鳥かごに閉じ込めたがるのは男のサガかしら?」
あっなんか空気悪くなった。
ロイの視線が鋭くなっている。リンディはちょっとたじろいだが、咳払いをしてから普段通りに薄い胸を張った。
「このままじゃ何も知らないうちに巻き込まれるわよ。何? 徹頭徹尾、あんたが守り抜けるの?」
「……僕ならできる。できるはずだ」
「きついこと言うわよ? できるわけないじゃない。むしろ旗を振ってんのはあんたの実家よ」
「……ッ」
むむ、珍しいものを見た。リンディが誰かを言い負かしている。
まあロイ、嫡男で非の打ち所がない評判と実力持ってるから許されてるだけで、考え方は結構実家と反目してるっぽいしな……
「で、あのー。わたくしに関する話なんですわよね。張本人を置き去りにするというのはいただけませんわ」
わたくしが説明を求めると。
それに回答したのは、意外にもタガハラさんだった。
「貴族院側は────聖女に対抗できる存在が欲しいってことですよね」
驚くほどに冷たい声だった。
思わず彼女の顔をまじまじと見る。紅茶の水面を見つめるタガハラさんの両目には、一切光が宿っていなかった。
ん? あれ? こういう主人公って、こう……そういうの鈍いんじゃないの?
「……そういうことよ。庶民にしては頭回したじゃない」
素直に感心したような声をリンディが上げる。
こいつ庶民散々見下してるスタンスのくせに、ちゃんとしてる相手だとわかったら即座に対等な感じ出すのなんかズルいよな。
「癪だけど、私たちがこうして通ってる学校も、貴族院の連中からの寄付あってこそよ。だからあいつらが見返りを求めるのは、今まで切ってなかっただけで常に存在するカードだったわ」
スプーンで紅茶とミルクを混ぜながら、リンディが淡々と告げる。
「マリアンヌ。あんたは貴族院にとって、まさに自陣営の聖女扱いってわけ」
「確かに聖女の如き美しさはありますわね」
「勢力争いの象徴が欲しいのよ。聖女のような存在さえあれば負けないって腹積もりなんでしょうね。もう神輿は動き始めてるわ。祀り上げられて、その評判が学内に浸透するのも時間の問題でしょうね」
「確かに聖女の如きカリスマはありますわね」
「向こうは何よりも教皇に資質を見出されて、それに応えたという実績が大きいわ。だから多分……貴族院も、あんたに何かの試練を課す。それを乗り越えさせて、名声を高めさせる。マッチポンプなわけよね」
「如何なる試練だろうと問題ありませんわ。何せわたくし、世界で最も強く、最も選ばれし者ですもの」
「その自信どこから補充してるの? 品切れの気配がまったく見えないわね」
全方位に隙はない。何せ欠点らしき欠点がないからな。ガハハ!
「……事実だよ。父上も、君こそが権力闘争の切札だと考えている」
ロイが不意に、歯がゆそうな表情でそう言った。
「意外ですわね。なんというか……わたくしの家、そういったもめ事には混ぜてもらっていなかったので。今さら急にどうしたんですの?」
「逆よ馬鹿! ピースラウンド家は意図的に、徹底的な不干渉を貫いてきたってだけ。貴族院がそれにしびれをきらしたのよ」
「そうだね。確実に敵にだけはならない、という状況に不満を抱いているんだ。現当主を説得することは難しい。白羽の矢が立つなら、それはマリアンヌをおいて他にはあり得ないだろう」
えっわたくしの両親そんな難しいこと考えてたの?
そんな……! あの二人がちゃんとしてたら、わたくしが遺伝性ではなく突然変異の純粋な馬鹿みたいじゃんか! 冗談じゃねえぞ!
わたくしは腕を組んでもっともらしく頷く。馬鹿じゃないってことをここらではっきり示しておかないとな。
「ふむ、なるほど……つまり、このマリアンヌ・ピースラウンド。政治闘争においても最強だということを証明する時が来たわけですわね」
「どーすんのよ、何か考えでもあるの?」
「平時と変わりません。わたくしが最も優れていることを証明する。わたくしこそが最も強き者、最も選ばれた者であることを証明する。お誂え向きの戦場が向こうからやってきただけですわ」
そう言葉を紡ぎながらも。
わたくしは歓喜に全身が震えぬよう、自分を律するので精いっぱいだった。
勢力争い。完全に蚊帳の外過ぎて考えていなかったが、ここにきて突然、自分が渦中の存在となりつつある。
逃す手はない。
ド定番だ。
要するにこれ────追放チャンスじゃん!!
「ふふふ……雌雄を決する時が楽しみですわね」
聖女相手にタコられるだけで、もうそれは完全に追放案件だ。
敗北した勢力側の、担ぎ上げられた指導者がどうなるかなんて歴史を学べば小学生でもわかる。
なんてこった、完璧だ。早く敗北が知りてえよ(ガチ)。
「ふふふふ……ふふふふふふふ………!」
「ねえこいつ、権力闘争の意味ちゃんとわかってる? 聖女とのタイマンしか考えてなさそうな顔してるわよ」
「そうだね。頭の中は聖女でいっぱいなんだろう。素直にムカつくね」
「は?」
「……今のは完全に僕が馬鹿だった。忘れてくれ」
リンディとロイが小声で何やら話しているが関係ねえ。
わたくしは公衆の面前で、いかに無様に恥をかかされるのかを真剣にプランニングし始めていた。
────だから。
タガハラさんがずっと、この話題の間は、普段が嘘のように感情の色を見せなかったことを、すっかり忘れてしまっていたのだ。