PART12 喧嘩は花道
公園に人気はない。
わたくしとジークフリートさんは十数メートルほどの距離を置いて相対していた。
「それじゃあ、僕の合図で始めます。ジークフリート殿は素手ですが……」
「構わない。喧嘩に武器は不要だろう」
「分かりました。マリアンヌは詠唱を何節までに制限する?」
「は? 喧嘩ですわよ? できるなら十三節詠唱しますわ」
「……まあ、なるべく相手に怪我をさせないように気を付けてくれ」
ちなみに十三節詠唱という言葉を聞いた瞬間、ジークフリートさんの顔が引きつっていた。
冗談になってないもんね。
────よし。それじゃあ配信始めるか。
【というわけでここからは最近覚えた脳内言語直接出力モードで配信していきますわ~! 控えなさい愚民共~!】
〇ミート便器 テンションたっか
〇red moon 負け戦直前の高揚感かな?
【お黙りなさい! やるからには勝ちを狙いに行きますわよ!】
〇芹沢 チート魔法があれば騎士にも勝てるなどというナイーヴな考え方は捨てろ
〇木の根 ラーメンハゲいて草
【え、わたくし、現状そんなに勝率低いんですの?】
〇鷲アンチ そのへん特に考えずに喧嘩売ってたのか……(困惑)
〇TSに一家言 中隊長推薦もらうクラスってことは広範囲魔法はほぼ一括で無力化されるね
【ふむ、なるほど。でもさすがに十三節詠唱なら貫通できますわよね?】
〇適切な蟻地獄 騎士くんの前で十三節詠唱させてもらえますか?
【あっ】
〇苦行むり マジで禁呪打ち込むつもりだったの!?
〇ミート便器 お前の精神状態おかしいよ……
〇火星 そもそもよりにもよってジークフリートさん相手に十三節詠唱見せちゃって手札割れてるからまず禁呪打たせてもらえない
【お、オホホホ! オホホホホホ!】
〇太郎 笑えば何でも誤魔化せると思うなよ
〇みろっく このタイトル詳しくないんだけど、実際キャラクターとしてジークフリートってどんくらい強いの?
〇無敵 潜在能力SSS、王国転覆ルートのラスボスや、あとジークフリートさんにはさんを付けろワイはジークフリートの夢女子やぞ
〇みろっく ごめん、ジークフリートさんね
〇外から来ました シナリオ序盤は中隊長で燻ってるけど主人公が王国と敵対したら突如覚醒してガチで殺しに来るみんなのトラウマ枠
〇red moon 最終覚醒ジークは大陸割ったりするから強さの次元が型月世界観に近い
〇木の根 まあ最終覚醒ロイも普通に光速反応光速移動光速攻撃してくるしこのゲームやっぱバランス調整おかしいよ
【????????????????????????????】
〇ミート便器 マリアンヌちゃん壊れちゃったねえ
〇火星 実際この段階でここまで育ってるのは十分凄いからな
〇無敵 要求されるスペックはスカスカメルトなのに延々とスカスカ狂スロを連射し続けるバーサーカーなのが悪いんやで
〇鷲アンチ このタイトルの最終覚醒枠と比較するのが間違ってるってそれ一番言われてるから
【控えめに言ってもクソゲーでは?】
〇TSに一家言 お嬢様がクソとか言うな、ちゃんとお嬢様語使え
〇火星 詠唱破棄前提の初動圧殺ビルドで開幕速攻連打してジークのHP削ればイベント挟んでデバフかかる、ていうかそれしか攻略法が発見されてない
〇適切な蟻地獄 間違っても遠距離砲撃ビルドで挑んではいけないんだよなあ
【やっぱりクソゲ……おクソゲーでしてよこれ!】
〇木の根 あくまで最終覚醒後だから、現状のジークフリートさん相手ならワンチャンスあるんじゃないですかね(適当)
心無いコメントを連打され、わたくしは完全にあったまっていた。
上等だ。上等だよ。
やってやろうじゃねえかこの野郎!
「本気で行きますわよ、ジークフリートさん。ここであなたを打倒し、わたくしが最強であることを高らかに謳い上げましょう!」
「……!」
無言のまま、彼も静かに構えた。
両者が戦闘態勢に入ったのを見て、ロイが手を掲げる。
「────はじめ!」
その手が振り下ろされる、と同時。
「
一節詠唱、の二十六連詠唱!
これが現状わたくしに出来る最速最多連続魔法攻撃!
〇ミート便器 ファッ!?
〇鷲アンチ えっ、何これは
〇red moon 待って待ってステ振り無視するのほんとやめて
コメント欄も騒然としていた。
何せこれ、一度も試したことなかったからね。脳内で出来るかな~とか構想練り練りしてただけ。正直ぶっつけでやるような芸当じゃないわ。
「何と──!?」
ジークフリートさんが驚愕を露にする。
わたくしの周囲から予兆なく放たれるは計26の
とっさの反応で両腕を前方にクロスさせ防御態勢をとる彼へ、次々に着弾。公園の地面が抉れ、濛々と砂煙が立ち上がる。
もちろんこれはそんじょそこらの一節詠唱魔法ではない。
十三節詠唱禁呪を極限まで短縮した、一節詠唱である。かつて共闘した時はまだ二節までしか短縮できていなかったが、今はもう最短まで縮められているのだ。
……こんだけやってもまだ詠唱短縮スキルカンストできないって、この世界の上限値どうなってんだよ、とは思うけど。
「ちょ、ちょっとマリアンヌこれは流石に……!」
審判役のロイは凄惨な破壊の光景を見て、額に脂汗を浮かべ狼狽していた。
しかし、その時。
「──いや。思っていたよりは痛くなかったよ」
砂煙が吹き飛ばされた。
シャツの裾を焦がしながらも、悠々とジークフリートさんが立ち上がる。
は?
「さすがに全弾を向けては来なかったか。26発の内、18発はオレから逸れていたよ」
「…………」
「気を遣ってくれたんだろう。だが、そのような気遣いは無用だ」
「………………」
「これは喧嘩だと言ったのは君だ。遠慮せずに来るといい!」
「………………………………」
【クソエイム太郎がよ……!】
〇TSに一家言 お嬢様言葉忘れてるぞ
【……おクソエイム花子でしてよ!】
〇TSに一家言 それでいい
〇第三の性別 いいんだ
〇鷲アンチ 2カ所も修正しといてこんなに意味ないことある?
うるせえ! 言ってる場合か!
ジークフリートさんが軽く首を振ってから、踏み込む。
地面が爆砕した。猛烈なスピードで間合いが殺される。
「マリアンヌ──!」
審判がそんな悲鳴上げてどうすんだよ。悲鳴上げたいのはこっちだよ。
〇適切な蟻地獄 オワタ
〇日本代表 はい解散
コメント欄が完全にお通夜になっていた。
懐に潜り込んだジークフリートさんが、腰をひねり、全身を躍動させ右ストレートを放つ。
近距離戦において、騎士相手に勝てるはずもない。初動の圧殺攻撃を防がれた時点で、あれを確実に通せる力がなかった時点で、わたくしの敗北は決まっていたのだ────
【……なんちゃって♡】
〇red moon え?
〇木の根 !?
わたくしの右手。硬く硬く握りしめた拳。
ジークフリートさんが目視できないように、身体で隠していたそれは、既に充填され切った魔力があふれだし、輝きを放っていた。
「な……!?」
光に照らされ、ジークフリートさんが驚愕に見開いた目がよく見えた。
二十六連詠唱を選択した理由は明白。いくら二十六回とはいえ、単純極まりない一節詠唱なら──それと並行して、別の詠唱を構築できるからだ。
種明かしをしてしまえば簡単だ。
初動の魔法連発は、本命を密かに構築するためのダミー。
『
という一節二十六連詠唱を声に出すと同時。
人間の耳に届く音波とは裏側の面に、別種の詠唱をぺたっとくっつけた。
『
もちろん禁呪の全力詠唱をさせてもらった。
確かに詠唱短縮スキルは不十分だけどな、こういう並列詠唱はしっかり習得してるんだぜ?
〇無敵 あの~、並列詠唱だと音がしっかり重なるはずなんですけどお、詠唱の裏側に別の詠唱を貼り付けるって何ですか??
〇鷲アンチ 待って待ってそんなシステムない
〇ミート便器 システム外スキルって完全に担当者怒られ案件じゃないですかヤダー!
【うるせえですわ~! 知らねえですわ~!
わたくしの勝ち! なんで負けたか明日までに考えておきなさい!】
完全にジークフリートさんは攻撃体勢。回避は間に合わない。
並行であったが故に、十三節完全詠唱には遠く及ばないものの、壮絶な威力が込められた拳をわたくしは振りかぶった。
「さあ歯を食いしばりなさい! 必殺・悪役令嬢パ────ンチッッ!!」
狙い過たず。
光り輝く右ストレートが騎士の顎をしたたかに撃ち抜いた。