プロローグ
「お前さんは死んでしまったので悪役令嬢にTS転生して実は善人なのに追放される様子を配信でRTAしてもらう」
「なんて??」
「本当に申し訳ない」
「謝ってなんとかなるレベル超えてんだろ」
果てなく続く蒼穹。
それとは不釣りあいにぽつりと浮かんだ六畳程度のフローリング。
俺はそこで座布団に座っていた。
「えっとつまり、あなたは神様なんですか?」
「そうじゃの。神にも色々あるが、まあその中の一柱じゃ」
単位は柱なのがますます本物っぽいと思った。
ちゃぶ台を挟んで同じく座布団に座っている老人は、外見こそ俺のおじいちゃんよりショボい。だがそれ以外の状況証拠は、彼が本物だと告げていた。
周囲の青一色と眼下に広がる雲海を見渡しても、自分の理解を超えた光景である。このワンルームはなんというかどうにかならなかったのかと思うし、片隅にあるPCデスクとゲーミングチェアは完全に一人暮らしの独身男性感が強すぎたが、それ以外は完全に超常現象だ。
「本当に神様なんですね……」
「うむ。感想はどうじゃ?」
「靴舐めます」
「変わり身早いね君」
五体投地の準備動作に入った俺を、神様が手で制する。
「いやいいから。そういうのいいから、求めないタイプの神様じゃから」
「やっぱ免罪符の購入ッスか?」
「即座に現金に走るのやめなさいよ。あれ全然意味ないからね」
「意味ないんだ! 今年一番の衝撃かもしれない」
「そんなに免罪符を過信する要素あった? 教科書にも賛否両論だったって書かれてない?」
「いや、あれのおかげで世の中も外も結局金で解決できるんだなってウキウキだったので……」
「もう少し倫理観を人に寄せていこうか。お金じゃどうにもならないことはたくさんあるぞい(天才神様bot)」
「金を払ってもどうにもならないなら、やはり暴力ですかね」
「モンスターみたいな倫理観を仕上げやがって……! カトリック教会、許せねえ……!」
多分カトリック教会は悪くない。
一通り憤った後、神様は咳払いをして、バツの悪そうに茶を淹れ始める。
「失敬。もう年での、ちょっと怒りっぽくなっておる。だからといって更年期とか言ってはいかんぞ」
「マスクとか買い占めてるんですか」
「失礼さが想像の百倍上だったの」
神様は青筋を浮かべながら、俺の前に湯呑を置いた。
ありがとうございますと一礼してから、両手に持つ。中身はなんだろな~と確認して、俺はあっと声を上げた。
「茶柱が」
「おっ、立っておったかの? 吉兆じゃな」
「俺に中指をおっ立ててる……」
「君死ぬんじゃないか? 死んでおったの」
超高速ツッコミ回収やめろ。
中指を立ててこちらを嘲笑する茶柱をぐいと飲み干す。
「まあ、死に方もそれなりに特殊だったしのう」
「あ、そうなんですね。なんかピカッと光ったのは覚えてるんですけど」
うむ、とうなずいて神様は俺の死因を滔々と語りだした。
「いやはや、雷を落とした先に人間が……いないことは確認しておったのじゃが、スライディングで滑り込んでくるとは予想外での。何? エクストリーム自殺?」
「馬鹿言わないでください。
「そのストリーマって絶対ネギまで覚えたじゃろ。てかカマキリ? 雷であることを認識したうえで、カマキリを助けるために突っ込んできたの君?」
「カマキリは人間という愚かな下等生物より位の高い生命体だというのが一族の教えでして」
「とんでもねえカルトの一族だな」
渋面を作って、神様はこいつやばいんじゃねえのかと俺をガン見してきた。
よせやい。照れる。
「……あ、そうだ。それで、一番最初に言ってたのって何なんですか」
「ああ、悪役令嬢にTS転生して実は善人なのに追放される様子を配信でRTAしてもらう話じゃったかの」
「マジで何なんですか」
混ざりすぎてワケ分かんねえ。大乱闘なろうブラザーズかよ。
「死に方が特殊と言ったの。あれ、天界ではワシの責任問題にされておるんじゃよ」
「神様やめろ! 神様やめろ! 戦争反対! 戦争反対! 民主主義はここにある!」
「沸騰するのも早いね君。全然ラップとして成立してないし」
「もう言うことねえわ。やっぱこいつ強いわ。強い」
「嘘じゃろ……?」
クリティカル勝利を収めたのに神様は全然嬉しそうじゃなかった。
試合後の握手を交わすも、自分の手を見つめて呆然としている。自覚なき勝利ほど空しいものはないのかもしれないな……
「まあそういうことで、君には悪役令嬢にTS転生して実は善人なのに追放される様子を配信でRTAしてもらう」
「えっと……よく分かんないんですけど、それで神様の責任問題がどうにかなるんですか?」
「うむ」
大仰に頷き、神様は指を鳴らす。
するとPCデスクに設置されていたゲーミングPCとモニターが、ちゃぶ台の上に突然現れた。
「うわっまぶしっ」
「おっとすまん発光今切る」
神様がモニターを俺に向けると、そこには配信用プラットフォームが表示されていた。
「これは今天界で最もアツい、VTuberの配信サイトじゃ」
「VTuberって、あの……!?」
「うむ。ヴァンガードテンセイシャーじゃ」
「かすりもしてねえ」
新出単語だったわ。何それ?
「多くの神が、自身の管轄下において不幸な事故が発生した場合、償いとして被害者を別の世界に送り出しセカンドライフを送れるようサポートしておる。最初はその様子を、転生ノウハウのない神へ紹介するための動画だったのじゃ」
「はあ」
「しかし……転生者がガバをする様子や担当神が頭を抱える様子などがヒットしてしまい、よくある転生ではなく特殊な変わり種の転生も流行した。いわゆるチートなしやTS、死に戻りがそうじゃの。今や転生配信は一大エンターテインメントになったのじゃよ」
「はあ」
確かにずらーっと並んでる配信チャンネルは、どれも面白そうなサムネをしていた。
内容はまるで違うが、俺が生きていた現世の配信戦国時代と似ているかもしれない。
「それで俺がなんで悪役令嬢にTS転生して追放される様子を配信でRTAすることになるんですか」
「実は善人なの忘れとらんか?」
「覚えさせる努力をしろよ」
思わず湯呑をドン! と叩きつけて黙れ! と叫んでしまった。
神様はビクと肩を跳ねさせ、いや~と愛想笑いを浮かべ手を揉み始める。
「そういうことでの、責任問題をどうにかするためにも、君に面白い配信をしてもらいたいんじゃ」
「本当に解決できるんですか……? 因果関係が不明瞭すぎるんですけど」
「いやあ、君の配信が面白ければ、みんなそっち見るし。まあいいかなってなるじゃろ」
「…………これもしかして責任をぐだぐだに流そうとしてません?」
【
「あっちょっ、お前都合悪くなったから言語チャンネル変えやがっただろ! 神聖言語とか喋ってるだろ今!」
意味不明の言語を耳に流し込まれて、俺は思わずその場にのたうち回る。
「まあそういうわけで。転生特典として悪役令嬢の立場をあげておこう」
「要らねえ……! 特典の意味辞書で調べて来いよ……!」
「そう拒絶するものでもないぞい。RTAを無事終えたら、今度こそお詫びに幸せなセカンドライフ……いや、サードライフを送れるよう手配しておくからの。それもRTAのスコアが速ければ速いほど多くの加護を与えよう。具体的には力と金と女じゃの」
「やります」
スッと正座した俺を見て、神様はにっこり笑った。
「いやもう、転生する前から三下悪党の才能に満ち溢れておるの。これなら安心だぞい」
「やります。やらせてください。三度目の時は力と金と女と血筋と名誉マシマシでお願いします」
「増やしおったな……」
太ももと実家は太いほどいいからな。
「君が向かうのは、元居た世界と比べると発展途上。しかし剣と魔法の発達したファンタジー世界じゃ」
「ナーロッパですね」
「配信も忘れぬようにな」
「旅行系配信の空気にしちゃだめですか」
「いや追放はされてもらう」
「譲れないポイントがイカれてんだろ……!」
「オリジナリティは大事じゃからの」
そうこうしているうちに視界が白く染まっていく。
「それでは──その素晴らしい配信に、祝福を!」
「カスのオリジナリティじゃねえか」
最後にパッと光が散って、俺の第二の人生は幕を開けたのだった。
ハーメルン様にて投稿していた作品を掲載いたします。
小説家になろう様のフォーマットに再調整しながら、順次更新していきます。
一応第三部までは完結しておりますので、そこまではコンスタントに投稿できるかと思います。