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92 何か余計なのが来た。

 マグダレナたちと共にギルドに帰還すると、もうみんな揃っていた。


 お互い安堵の表情で無事を祝い、ロセフラーヴァ支部の面々とも改めて挨拶する。


 そして私は──ギルド長に物凄い勢いで怒られた。


「本っ当にお前は! どれだけ無茶すれば気が済むんだ!」

「んなこと言われてもしょうがないじゃん。放っといたら村の人たちが襲われるかも知れなかったし」

「引き際を考えろ! シャノンたちが間に合わなかったら死ぬとこだったんだぞ!」


 うぐ。そう言われると反論し難い。


 既にそれぞれの村の人たちは街に到着し、ギルド長が用意した避難場所に入っている。

 北の村から村人たちを誘導して街に帰って来たら、丁度街に到着した東の村の村長から『ユウとルーンが魔物の足止めに残った』と聞かされて、ギルド長は気が気じゃなかったらしい。


《やーい、怒られたー》


 肩の上のルーンが楽しそうに言った途端、ギルド長の視線がぎろりとルーンに向いた。


「お前もだ、ルーン。この加減を知らない自称『主婦』を止められるからこそお前を同行させたってのに、何で一緒になって無茶してんだ」

《ふ、ふふーん》


 ルーンの目が泳いだ。


 え、ルーンは私のストッパー役だったの? でもそれは…


「ルーンて私以上に血の気多いじゃん。無理だよ、止めるとか」

「お前が言うな」

「ハイ」


 スパンと言われて姿勢を正す。


 おかしいな、ギルド長に突っ込み入れるのが私のポジションだったはずなのに。何かすっごい溜息つかれてる。

 くそう、助っ人に来てくれたロセフラーヴァのみんなにも笑われてるじゃんか…。


「………まあ無事だったなら良い。──マグダレナ様、ロセフラーヴァの冒険者の皆、改めて、助力に感謝する。シャノンも、よく帰って来てくれたな」

「は、はい!」

「小王国は私にも(ゆかり)のある土地ですし、お隣ですから他人事ではないのですよ。お気になさらず」


 シャノンが頬を紅潮させて頷く横で、マグダレナが何だか気になることを言った。


(縁がある…?)


 内心首を傾げていると、ギルドの奥の方でガターン!と変な音がした。


「何だ!?」


 ベテラン勢が一斉に身構える中、マグダレナだけは冷静だった。これは…と呟き、困ったように眉を寄せてギルド長へ向き直る。


「カルヴィン。ひとまず、ロセフラーヴァ支部の者を休ませたいのですが…」

「あ、ああ。でしたら、ウチの屋敷を使ってください。既にあちらの人間には伝えてあります。場所は──」


 カルヴィンが受付カウンターから紙を取り出し、簡単な地図を描く。マグダレナはそれを受け取ってロセフラーヴァ支部の面々を見渡し、一つ頷いた。


「みなさんは先に休んでいてください。シャノンはここに残り、私と共に打ち合わせに参加を。明日も勿論ですが、今夜、不寝番が必要になる可能性もあります。今のうちに英気を養っておくように。ジャスパー、キャロル、皆の監督をお願いします」

「はい!」

「分かりました!」

「承知!」


 口々に了承を返し、マグダレナから地図を受け取って、ロセフラーヴァの面々がギルドを出て行く。


「無茶するんじゃないわよ」


 すれ違いざま、キャロルが私に苦笑した。


 ポンと肩に置かれた手が、ちょっとだけ重く感じた。




「さて──」


 残ったのは小王国支部のメンバーとマグダレナ。

 マグダレナが皆を見渡すと、またガタン!と音がする。どうやら中庭の方から聞こえてくるようだ。


「…まずはあちらが先ですね」


 何だかマグダレナが疲れている。


 連れ立って移動すると、案の定、音の原因は中庭に居た。居た…と言うか…




《もー嫌や! 働きたない! ワイは自由になるんやー!!》


『…………は?』




 何故か関西弁っぽい念話を垂れ流しながら、ひっくり返ってたてがみと背中を地面に擦りつけつつ悶えているデカい生き物。細いわりに筋肉質な脚が訓練用の木の板にぶつかり、ガターン!と盛大な音を立てる。


 その生き物には、見覚えがあった。


「…せ、精霊馬…?」


 デールが呆然と呟いた。


 その言葉通り、地面に転がって駄々をこねているのは、よくあの阿呆を乗せて不機嫌そうに練り歩いていたあの精霊馬だ。

 ただまあ、ちょっと、こんなキャラだったのかって点では別個体の可能性も捨て切れないけど。なんで訛ってんの? 完璧な関西弁じゃなくて、西の言葉が中途半端に混ざったみたいな口調だけど…。



「……()()()()()



 マグダレナが深い溜息と共に呟いた途端に精霊馬はぴたりと動きを止め、次の瞬間()()()()()()宙返りし、足から地面に着地した。コメツキバッタさながら、馬にあるまじき動きだ。


(え、これホントに馬?)


 …いや、精霊馬は動物じゃなくて魔物なんだったか。ならおかしくない……のか……?

 一人で思い悩んでいると、精霊馬はキラキラとした目をマグダレナに向けた。


《おおっ! ()()()やないか! 相っ変わらず若作りやなあ! いつになったらワイ好みのバーさんになってくれるんや》


 マグダレナを愛称呼び。地雷を真っ正面から全力で踏み抜くスタイル。ババ専。

 どうしよう、属性が多い上に、濃すぎる。


「相変わらず騒がしいですねスピリタス。()()()()()()()()?」


 マグダレナが笑顔でさらりとバイオレンスな発言をする。横でギルド長とデールとサイラスがヒエッ…と息を呑んだ。


 当の精霊馬は、ぶるっと身体を震わせた後、ピピピと耳を小刻みに動かし──満面の笑みを浮かべた。



《…っかー! これこれ! このキレ! いやー元気そうで何よりやで、レーナ!》


(…え)



 ええと…今の、挨拶みたいなもんだったってこと?

 コミュニケーションの一環で周囲の寿命縮めないで欲しいんだけど…。


 ぐいぐいと鼻面を押し付けて来る精霊馬をしっかり両手で押し返しながら、マグダレナは笑顔で応じる。


「あなたも元気そうですね。──で、働きたくないとはどういうことです? ()()()()()()()をふいにするつもりですか?」

《…》


 途端、精霊馬がぴたりと動きを止めた。すすす…と後退りし、


《…ち、違わい! コテツとの約束は約束やけど、()()()()()、勇者じゃないやろ! 認められんやろ! どーせだったら()()()()()()()()()の方がええ!》


 何故か思い切り私を見る。え、何? あの阿呆が勇者って認められないってのは全力で同意するけど。


「あー、ちょい待て」


 混沌とした状況に待ったを掛けたのはギルド長だった。眉間のしわが深い。


「状況を整理させてくれ。まずこの精霊馬とマグダレナ様は知り合いで? 精霊馬の名前はスピリタスで? コテツってのはあの『建国の勇者コテツ』か?」

《おっ、分かっとるやないか。いやー流石は高貴な血を引くギルド長やで。よっ、お貴族様!》


 は? お貴族様?


「そういう合いの手はいいから! 大体なんで精霊馬がここに居るんだよ! んで何でべちゃくちゃ喋ってんだよ! お前騎士団長の騎馬だろうが!」

《いや、ちゃうで。ちゃうちゃう》

「は?」

《ワイが騎士団長を乗せてたのは単なるお情けや。ワイの真の役目は別にあるんやで》

「………分かった。最初から、きちんと、手短に、分かるように説明しろ」

《えっ、ワイの生い立ちを知りたい? いやーあんたも物好きやなー》

「手短に! 説明しろ!!」


 何かマグダレナが開口一番『馬刺しにする』って言ってた理由が分かった気がする。


 こいつ、放っておくとどんどんうるさくなるんだね…。






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