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9 嘘じゃないよ、ホントだよ

 その後冒険者2人を問い質したところ、彼らは主にカウンターより手前側を散らかした下手人であることが分かった。


 私物、私物のゴミ、食べ残し、その他諸々を勝手に自分のスペースと定めた場所に置いて、積み上げて、どんどん空間を侵食して行ったらしい。何でだ。


 言い訳をするなら、『討伐依頼が忙しすぎて家に帰る暇が無かったから』ということらしいが…徹夜が常態化してる職場に寝袋とお泊りセットが常備されているのと同じ状況だろうか。私が昨日まで働いてた職場のことだけど。


 とりあえず、『ギルドの支部は家じゃねぇ』とシメておいた。


 世の中の職場は徹夜に対応できる設備を整える前に深夜残業しなくて良い労働環境を作るべきだと思うよ、マジで。

 だって深夜残業代って普通の残業代よりさらに割高だもんね。人件費掛かるだけじゃん。


 ──それはともかく。


 大掃除をするにあたって、まず冒険者登録をしてくれとギルド長が言うので、何とかスペースを作ったカウンターで手続きをする。

 と言っても、書類に名前などの必要事項を書いて登録料を払えばそれで終わりらしい。

 私がペンを手に取ると、ルーンとエレノアとギルド長が思い切り覗き込んで来た。


「…近い」


 ぼそりと呟くと、パッと離れる。


「いやあスマン。登録者なんて久しぶりすぎてつい」

「私にとっては初めてですよ、登録手続きなんて」

《いやー、良かった良かった》


 それで大丈夫なのか、冒険者ギルド。


 ヒトはキレイになったが部屋は相変わらず臭くて汚い。なるべくカウンターの天板に直接触れないように、黄ばんだ用紙に記入していく。


「…書けない項目ってどうすればいいの?」


 出身地:『日本』とか、書いたら困るのは目に見えている。

 というかこっちの言語で『日本』ってどう書くのか分からん。折角こっちの言葉で書き始めたのに、そこだけ漢字で書くわけにいかないし。


「ああ、書けない部分は横線でも引いといてくれ。オレたちが何とかするから」


 頼もしい言葉が返って来た。それルール違反とかじゃないよね大丈夫?と思わなくもないが、何とかすると言ってるからには何とかするんだろう。多分。


「…はい、じゃあこれで」


 書けるところだけ書いた紙を差し出すと、エレノアがキラキラした目をして受け取った。


「はい! では内容を確認しますね!」


 こっちの言語で正式な書類を書いたのは初めてだが、大丈夫だろうか。

 何せいきなり書けるようになっていただけで手本を見て練習したわけではないので、自分の字が上手いのか下手なのかが分からん。


「名前は『ユウ』さん、年齢はにじゅ………」


 読み上げていたエレノアが唐突に固まった。

 書類をジーッと、穴が開きそうなくらいジーッと見詰め、やがてコテンと首を傾げる。



「年齢……27、歳………?」


『──はあ!?』



 ギルド長だけではなく、後ろで手持ち無沙汰で待っている冒険者2人まで声を上げた。

 平然としているのはルーンだけだ。


《あーなるほど。あるあるだな》


 童顔の自覚はあるので否定はしないが、何か微妙にムカつく。


「ははははは」


 何故かギルド長が笑い出した。ポン、と私の頭の上に手を置き、


「背伸びをしたいのは分かるが、嘘はダメだぞ嘘は。──エレノア、あれを」

「あっ、はい!」


 『アレ』で通じる何かがあるらしい。

 とりあえずその失礼な手を退けろ。背が縮む。


 エレノアがカウンターの向こうでがさごそしている間に、ギルド長の手をすぱんと叩き落としておく。

 叩かれた手を抱えて、ギルド長が無言でうずくまった。そんなに痛かったんだろうか。


「──ありました!」


 エレノアが、ガラスのようなもので出来た箱っぽい何かをカウンターに置いた。

 縦横は書類がすっぽり入るくらい、高さはその半分くらいで、透明な天板と側面にびっしりと、白い複雑な紋様が刻まれている。


「…これ何?」

《冒険者ギルド御用達、書類が正しいかどうかを判定する魔法道具だ。嘘を書いてたら、それに該当する部分が赤く光るんだぜ》


 書類専用の嘘発見器みたいなものか。


 では早速、とエレノアが天板をぱかっと開け、中に書類を置いて元に戻した。なるほど、挟んで使うのか。



 暫く待つが──何も起こらない。



 そりゃあそうだろう。嘘は書いてない。名前が『ユウ』なのも、間違いではないし。


「…あれ……?」


 エレノアが困り切った表情で天板を開け閉めしたり、側面や底面を確認したりしているが、やはり変化は無い。

 ギルド長が眉を寄せた。


「…壊れてるのか?」


 私が嘘ついてる前提で話すのやめてくれませんかね。


 溜息をついて、近くに落ちていた黄ばんだ紙に文章を走り書きする。

 『ユウはケットシーのことが好きである』

 『ユウは冒険者ギルド小王国支部をキレイに保っているギルド長のことを尊敬している』


 一方は明らかに嘘だ。どっちがなんて言うまでもないだろう。


 エレノアがいじっている箱に横から手を出し、中の書類を入れ替える。


「あっ」


 途端、箱の下半分が赤く発光した。なるほど、本当に嘘を書いた部分だけ赤くなるのか。

 念のため一旦走り書きを取り出して、文章を修正してみる。


 『ユウは冒険者ギルド小王国支部をキレイに保っているギルド長のことを尊敬している、()()()()()()()()()』と文言を書き加えて装置に放り込むと、今度はうんともすんとも言わなくなった。


「……なるほど」

「壊れては…いないみたいですね…」


 頷く私とエレノアの横で、ギルド長がショックを受けた顔をする。


「よりによってそんな文章で検証するなよ!」

「誰の目にも明らかな事実で検証しないと意味無いでしょ」

「なるほど」

「一理ある」

「お前らも納得すんな!」


 何か後ろでわめいているが、とりあえず無視。


「じゃあその…ユウさんは27歳…なんですか?」

「そうだよ」

「ホントに?」

「うん」


 まだ疑うか。

 ゴホン、と咳払いしたギルド長が、すすすと横に戻って来た。


「あー、ユウ。そこまで言うなら、一つ証明する手段がある」


 そこまで言うも何も、この箱が全てを物語っていると思うのだが。

 私がジト目で見上げると、ギルド長はウッと呻いて一瞬怯んだ。

 が、退く気は無いらしい。このまま押し問答しても時間の無駄なので、私は先を促してみることにする。


「何、手段って」


 ギルド長はあからさまにホッと表情を緩めた。


「ズバリ、鑑定魔法だ」

「……鑑定魔法」


 それって、城で『陛下』って呼ばれてたご老人が『我が血筋に代々伝わる』とか偉そうに言ってたやつだよね。

 …こいつ、あのご老人の関係者か?


「おい、なんだその目は」


 その目ってどんな目だろうな。とりあえずものすごく疑わしい物を見る目をしている自覚はあるけど。


「…鑑定魔法って、限られた人しか使えないんじゃないの?」

「お? よく知ってるな」


 何か偉い人がやたら偉そうに言ってたんで。

 それは口に出さずにいると、ギルド長は苦笑した。


「元々は確かに、この国の王族の限定能力だったらしいんだがな。2代くらい前まで妾・愛人作り放題で阿呆のように多産だったせいで、他家への婿入りとか降嫁が多くて、今じゃ平民でも使える奴はゴロゴロ居るんだよ。何せこの国の国民、10人に1人は4代前まで遡れば王族が出て来るって言われてるくらいだしな。ちなみに俺は、曾祖母が元王女だ」


「…何だそりゃ」



 悲報:貴重なはずの能力が流出し放題だった件。


 ……どう考えても自業自得か。




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