83 カルチャーショック
その後、ものの数分でユライトウルフの群れを片付けると、南の村へ依頼完了報告へ行くというギルド長たちと一旦分かれてベイジルの馬車に戻り、街へと向かう。
道中はユライトウルフの話で持ち切りだった。ベイジルはあれが銀色の毛皮の正体ではないかと推測し──合ってるけど肯定できないのが何とも言えなかった──ジャスパーとキャロルは戦闘中のみんなの動きについて興奮の面持ちで話し続ける。
「とんでもない連携だな」
「あの一番後方の──黒っぽい髪の魔法剣士? あの人、普通の魔法使い以上の使い手じゃない。一体どうなってるの?」
「あああれ、うちのギルド長のカルヴィン。ジャスパーは会ったことあるよね?」
「ああ。けど、こっちの支部に居た時はあんな戦い方じゃなかったぞ? もっと前線に出てたんだが」
「さっさと片付けたかったからじゃない? ロセフラーヴァ支部で調査してた時は、単騎で魔物の群れに突っ込んで行ったんだよね?」
「ああ…」
「他の人たちもすごかったわよね。的確にウルフの動きに合わせて大剣振るったり、一瞬で剣に魔法を込めて攻撃したり。上級冒険者でもなかなかああいう動きは出来ないわよ」
「そうなんだ?」
「そうだぞ。やっぱ小王国支部色々おかしいだろ。…まあ一番おかしいのは…それに乱入して普通に連携が取れる、どこぞの新人冒険者だけどな…」
「ホントね…」
「化け物見るみたいな目でこっち見ないでくれるかな」
そうして──日も傾き始めた頃、私たちは小王国の首都アルバトリアに到着した。
乗り換えの手間が無いし速度も違うので、乗合馬車を使った往路より断然早い。多分2時間くらい違う。流石は商会の馬車。
冒険者ギルドは門に近いので、ベイジルはギルドの前に馬車を横付けしてくれた。ジャスパーとキャロル、私とシャノンが順に馬車を降りる。
「それじゃあこれが、報酬の小麦粉だ。持って行ってくれ」
「ありがとうございます」
よいしょ、と両脇にそれぞれ1袋ずつ抱え込んだら、ベイジルが一瞬目を見開き、からりと笑った。
「見た目以上の剛腕だな! 流石は小王国の冒険者だ!」
「どうも」
小王国の冒険者、で納得しているあたり引っ掛かるものを感じるが、とりあえず涼しい顔で流しておく。
じゃあまた、と挨拶してベイジルの馬車を見送り、私たちは小王国支部の扉を開いた。
「いらっしゃいま──ユウさん、シャノンさん!」
カウンターで何やら書き物をしていたエレノアが、こちらを見てぱあっと顔を輝かせ──え?という表情で固まった。
「…ユウさん、それ、なんですか…?」
「ん? ユライト王国のお土産。ただいま、エレノア」
「ただいま帰りました」
「あっ、おかえりなさい!」
エレノアはそれ以上突っ込んで来ずに、笑顔で挨拶してくれる。そしてすぐに、ジャスパーとキャロルに視線を向けた。
「ええと、そちらの方々は…?」
「ロセフラーヴァ支部所属、冒険者のジャスパーだ」
「同じく、冒険者のキャロルよ。ロセフラーヴァ支部のギルド長代理の依頼で、小王国支部の様子を見に来たの」
「ぎ、ギルド長代理…?」
エレノアが目を白黒させている。とりあえず、事情を順に説明した方が良さそうだ。
「荷物置いてから説明するよ。仮眠室は空いてる?」
「あ、はい! 準備してありますよ!」
「ありがと。ジャスパーとキャロルも仮眠室使いたいらしいんだけど、大丈夫かな?」
「勿論です」
「おっ、助かる」
「ありがとう」
「シャノンも1度帰って、荷物を置いて来ると良いよ」
「分かりました」
シャノンは一旦住まいに戻り、私はキッチンに小麦粉の大袋を置いた後、仮眠室に上がって自分の荷物をベッドに下ろす。ジャスパーとキャロルは、物珍しそうに私の後をついて来た。
「へえ、ここの仮眠室は綺麗だな」
「掛け布団もふかふかじゃない。良いわね」
数ヶ月前の惨状を知らないからこそ言える台詞だ。私は半眼で口の端を吊り上げた。
「…あんまりにもアレな状況だったから、ベッドフレーム以外全部総取っ替えしたんだよ…」
「おい、目が死んでるぞ」
「何があったのよ…」
「まあちょっと色々と」
調査に来たのがこのタイミングで良かったね。あの頃だったら宿泊なんて絶対無理だったもん…。
「私の定位置はここだけど、他のベッドに泊まってる人は居ないから好きな場所使って」
「おう」
「分かったわ」
ジャスパーは入口に一番近い右側の下段、キャロルは私の向かい側の下段に荷物を置く。
キャロルが荷物に対して何かやってると思ったら、防犯用の魔法を使っていた。『固着』という、物の移動が出来なくなる魔法だそうだ。
「ベッドごと持って行かれたらダメだけど、多少は盗まれにくくなるわよ。使う?」
「じゃあお願い」
この支部には他の人の荷物を盗むような不届き者は居ないけど、普通、冒険者ギルドは不特定多数の人間が利用する施設だし、外部から盗っ人が入らないとも限らない。魔法使いはこうして自衛するんだそうだ。
ちなみに、『固着』の魔法が使えない剣士などは、そもそも荷物をベッドに放置したりしないらしい。なるほど。
私がベッドに置いた荷物も盗まれて困るようなものは入っていないが、防犯用の魔法に興味があるので試しに使ってもらう。すると、確かに岩のようにガチガチになった。ベッドに貼り付いて離れないだけでなく、荷物そのものが硬くなって変形しなくなっている。
「へえ、面白い」
これなら、蓋を開けられる心配もない。魔法って便利だな。
その後1階に降りると、丁度ギルド長たちが帰って来たところだった。例によって血まみれ泥まみれで、受付ホールのど真ん中でルーンの洗浄魔法で丸洗いされている。
《全く、洗う方の身にもなれよな!》
「スマン」
『……』
ジャスパーとキャロルは呆然とその光景を見詰めていた。…何か変なことでもあっただろうか?
「…ケットシーが、ギルドを手伝ってるのか…?」
「手伝いって言うか、あの子はギルドに住んでるケットシーだから、仲間みたいなもんかな。他の子たちはおやつと引き替えに手伝ってくれる」
「…他のケットシーも居るの?」
「居るよ。都合が合う時だけ、ルーンに呼ばれたら来てくれる感じ」
そういえば、ロセフラーヴァ支部ではケットシーの尻尾すら見なかった。所属している冒険者が多いからケットシーに手伝いを頼む必要なんかないし、そもそもケットシーは粗暴な人間や騒がしい場所が嫌いだから支部に寄り付かないんだろう。私、小王国支部の所属で良かったよ。
「……良いなあ……」
キャロルが羨望を滲ませて呟いた。
「…私、小王国支部に移籍しようかしら…」
「オイ」
どうやらキャロルは、ケットシーが心底好きだったようだ。
同志だな。