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81 小王国への同行者

 翌日、集合場所だと教えられた馬場の一角に向かうと、予想外の人物が待っていた。


「ジャスパー、キャロル?」

「よっ」

「おはよう」

「おはよ」


 当たり前の顔で挨拶されたので挨拶を返しつつ、首を傾げる。


「ジャスパーとキャロルもフェルマー商会の護衛?」

「ええ」


 上級冒険者2人が付くなら、それこそ私たちの出番は無いのでは。

 疑問が顔に出ていたのだろう。ジャスパーが苦笑した。


「まあ俺らはフェルマー商会からの依頼じゃなくて、マグダレナ様からの指示で、だけどな」

「えっ」


 曰く、小王国支部の現状を確認して来て欲しいとのマグダレナからの依頼なのだそうだ。乗合馬車を使っても良かったのだが、私たちがフェルマー商会と一緒に移動すると聞いて便乗させてもらうことにしたのだという。


「名目上は護衛だが、実際にはただの同乗者だと思ってくれ」


 それはどうなんだ。逆に扱いに困る。


「みなさん、お揃いですな」


 ベイジルがやって来た。昨日より動きやすそうな服なのは、長距離を移動するからだろう。

 ベイジルの後について来た男性従業員が、素早く馬車の確認を始める。馬場では客車の後ろに荷車が置いてあり、てっきりそれぞれを馬で牽くのかと思っていたのだが、男性は客車の後ろに直接荷車を連結した。


 なるほど、これなら御者は一人で済む。…操作は大変そうだけど。


「もう出発してもよろしいですかな?」


 ベイジルに訊かれ、ジャスパーが頷いた。


「ええ。小王国首都アルバトリアまで、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 営業用の笑顔で挨拶を交わしているのが、何だかムズ痒い。

 そう思っていたら、客車に乗った途端に2人の態度が崩れた。


「急な頼みで悪かったな、ベイジルさん」

「なんの、ギルドはお得意様だからなあ。たまにはサービスするさ」


 ベイジルがにやりと笑う。私は拍子抜けして呻いた。


「なんだ。2人とも親しいんだね」

「まあな。護衛依頼を受けることも多いんだ」

「あの支部だと、マトモな護衛を見付けるのが大変でなあ…。割が良いからってろくでもない奴が来るんだよ。こいつが上級冒険者になって、指名依頼が出来るようになって助かってるんだ」


 あ、うん、何か想像できるわ。


 ガタンと小さな音を立てて、馬車が動き出した。

 馬車の客車というと前後対面式の座席のイメージが強かったが、この客車の座席は左右対面式。側面の窓の他に、後方にも2分割の大きな窓が設えられている。多分、座ったまま楽に荷車を見張れるようにという配慮だろう。向かって右側の窓はドアと一体化していて、そこから直接客車の後部に出られるようになっている。


 装飾らしい装飾はほとんどないが、座面は厚めで柔らかく、しっかりと振動を受け止めてくれる。行きにベイジルから買ったクッションの出番はなさそうだ。

 そもそも、馬車の揺れ自体が少ない。多分、客車の造りが違うんだろう。無骨な見た目に反して中はとても快適。流石は商会、リッチだ。


「そういや、フェイたちが寂しがってたぜ。こっちで活動してくれれば良いのに、ってよ」

「えっ」


 シャノンが目を見開いた。昨日ギルドで挨拶した時には『また会おうね』とか『お互い頑張ろう』とか言っていたから、そんな風に思われているのはちょっと予想外だ。


「あらまあ大人気。昨日マグダレナ様にも言われたよ。断ったけど」

「断った?」


 ジャスパーが意外そうな顔をした。いや、そんな反応されても。


「元々ここには新人研修受けに来ただけだしね。私たちの本拠地はあくまで小王国支部」


 自慢じゃないが、今私たちが抜けたらあの支部は立ち行かなくなる。建物が小綺麗になったことで依頼人が気軽に立ち寄れるようになり、依頼自体が増えているのだ。

 …それに、あの『勇者()』が後先考えずに精霊馬に乗って『見回り』してくれるお陰で、魔物討伐デスマーチも増えてるしね…。私たちが不在の間にまたやってなきゃ良いけど…。


 私は嫌な想像を振り払い、肩を竦める。


「何だかんだ、あっちの方が居心地良いし。何せ()()()()()()()()()()()()

「そこかよ」


 ジャスパーが脱力した。大事なところだと思うよ?


 小王国支部は人数が少ないし、お互い気心も知れている。全員が身内みたいなもんだ。あと、ノエルのご飯が美味しいっていうのも大きなポイントかな。食事は重要だよね。


「まあ今後は小王国の固有種目当てに冒険者が増えるだろうから、雰囲気も変わるんだろうけど」

「ああ、それな。正直俺たちも気になってはいるんだ」

「固有種って、具体的にはどんな感じなの?」


 ジャスパーとキャロルが身を乗り出してきた。どんな感じ、と言われても…


「見た目は普通…かな。でもどの種類も魔法使うから、油断してると痛い目を見る」

「…小王国の固有種って、ウルフとゴブリンとゴーレムよね?」

「うん」

「本当に魔法を使うのか? 全部?」

「全部。全個体。ウルフは風魔法と牙と爪でこっちの首刈りに来るし、ゴブリンは最低でも4属性の魔法使ってうっかりすると地面から生えて来て背後から心臓一突きにしようとするし、ゴーレムは遠距離で気付かれると移動砲台になって近距離で気付かれると地面が岩の槍だらけになる」


 改めて口にして思う。私初心者なのにその環境でよく生きてたな。…ルーンとかみんなのサポートがあったからか。


 内心感謝している私をよそに、ジャスパーとキャロルはドン引きしていた。

 聞けば、ユライト王国で討伐対象になる魔物はほとんど基本種、たまに上位種くらいで、魔法を使う個体はまれなんだそうだ。


「ロセフラーヴァ支部じゃ、魔法を使う上位種が複数現れたらギルドの指示で上級冒険者の討伐隊が組まれるくらいの扱いだぞ」

「えっ、そうなの?」


 小王国支部じゃ、そんなこと言ってたら仕事にならない。何せ出て来る魔物全部、上位種以上だ。


 ジャスパーが溜息をついた。


「…話には聞いてたが、本当に『世界が違う』感じだな…」

「みたいだね…」


 本当にそう思う。川を挟んでいるとはいえ地続きなのに、ここまで違うとは。スライムとかソルジャーアントを『弱い』と感じるわけだよ…。


「折角小王国に行くから、ついでに固有種と戦ってみたかったんだが…慣れてないと危険か?」

「うちの仲間と一緒に行動するなら大丈夫だと思う。前にこっちに来たデュークとかエドガーとかイーノックも、試しに戦ってたし。デュークはウルフに腕食われかけてたけど」

「食わっ…」


 有名無実の中級冒険者だった彼らでも生きて帰れたのだから、ジャスパーとキャロルなら大丈夫だろう。今は回復術師が居ないので、怪我をしてもその場で治せないけど。


「固有種なあ…」


 ベイジルが顎に手を当てて呟く。


「一つ訊きたいんだがな、ユウ」

「はい?」

「固有種のウルフの毛皮は、今市場に出てるか?」

「一応、流通してはいますね。国外には出てないと思いますけど」


 毛皮の売却先はカーマインの素材屋で、そこから先の流通経路は詳しくは知らない。漏れ聞いた話では、衣料品や宝飾品なんかを扱う大きな店に卸しているらしい。『貴族からの引き合いがヤバいってさ』とカーマインがニヤニヤ笑っていた。


 ベイジルがこんなことを訊くってことは輸出はされてないんだろうなーとは思うけど、じゃあどこにある、という質問には答えられない。


「ふむ…」


 ベイジルは何やら考える表情になった。実はな、と呟く。


「ついこの間、小王国の『湖面のさざめき』って服屋に行った時に、今まで見たことのない毛皮があったんだよ。詳細を聞きたかったんだが、売り物じゃないからとやんわり断られてしまってな…」






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