79 勧誘
私がちょっと遠い目をしていると、マグダレナが苦笑した。
「アルは私の友人です。今回の件を調査するにあたって、協力してもらったのですよ」
《俺らはどこにでも入れるからな。いやー久しぶりにやりがいのある仕事だったぜ》
ケットシーは色々な魔法が使える。アルは今回それを駆使して、この支部の金庫部屋に忍び込んだり、ギルド長室を漁ったりしていたそうだ。エイブラムたちが無駄に私に注目していたおかげで色々と調査が捗ったらしい。
ちなみに、マグダレナが私たちの来るタイミングを狙ってここに潜入したのは、自分が悪目立ちするのを避けたかったからだそうだ。冒険者に女性は少なく、新人研修参加者が男性ばかりになるのは珍しくない。その中に『ユリシーズ』一人だけだったら、どうしたって目立つ。
他に女性が2人居れば、少なくとも自分だけが注目されることはないだろうと思ったらしい。つまり、私たちを隠れ蓑にしたかったってことだ。蓋を開けたら『隠れ蓑』がエイブラムに真正面から喧嘩売ってて驚いただろうね。
(結果オーライだけど、何か複雑…)
まあ奴らも私への嫌がらせのために盗んだ問題用紙渡してくるくらいだし、ガードが甘くなって言動にもボロが出てたんだろうけど。…あれ、もしかしてギルド長室で啖呵切ったのもアルに見られてた? やだ恥ずかしい。
これからはもう少し自重した言動を心掛け……無理だな。何か最近、脊髄反射並みの速度で売られた喧嘩買ってるし…。元々はもうちょっと常識的な性格だったはずなんだけど。おかしいな。
(あの阿呆の浮気発覚からの異世界召喚で色々タガが外れたってことにしておこう)
《なあ、モフりながら明後日の方向に思考飛ばすのって失礼だと思わん?》
「あっ」
いつの間にかアルの顔から背中を両手でわしわししていた。上目遣いに睨んで来る黄金色の視線が痛い。
「いやごめん、つい」
《そうそう、構うならちゃんと本腰入れて──じゃなくてだな》
改めて丁寧に撫でようと思ったら拒否されてしまった。
肉球ストップいただきました、ごちそうさまです。
《お前反省してないだろ》
「ケットシーを前にしたらタガが外れるのは全人類の仕様だと思ってる」
《んなわけあるか》
アルはパッと立ち上がり、マグダレナの方へ行ってしまった。私に撫でられた位置を熱心に毛づくろいする様は、ネコと一緒だ。…良い感触だったなあ…。
考えてみたら、こっちの世界に来てからケットシーと3日以上触れ合っていなかったのはこれが初めてだ。私は思ったよりケットシーに飢えていたらしい。
「ふふ…」
真剣な顔で自分の手を見詰めてアルの感触を反芻していたら、マグダレナが笑い声を漏らした。
「楽しそうですね」
「えっと…ハイ」
見られてしまった。シャノンも何か呆れた顔してるし。…くうっ、デキる先輩でいたかったのに。
え、今更?とか突っ込むのは禁止な。
私はコホンと咳払いして話題を戻した。
「──ええと。それで、調査の結果、エイブラムは見事更迭…に、なるんですよね?」
「ええ。ただ…」
マグダレナは悩ましげに眉を寄せた。
「横領の被害総額やその他の被害の実態を把握しないことには、具体的な処分が決定出来ません。現時点で、ギルド長から降格させることは確定ですが…国としての処分とギルドとしての処分、両方ありますから」
色々面倒らしい。マグダレナは軽く頭を振った後、エイブラム一人の処分では済まないようですし、と昏い眼で付け足す。
まあ少なくとも秘書っぽかったメラニアは共犯だろうね。あと、在籍期間の長い幹部クラスも…どうなんだろ。共犯とはいかないまでも、知ってて黙認してた、くらいの人は居そう。
職員だけじゃなくて、ガルシアみたいな不良冒険者の件もあるし。いやあ大変だね!
《…ユウ、ちょっと楽しんでるな?》
「まあこの機会に全部一掃すれば良いんじゃないかな、頑張ってね、とは思ってる」
個人的には、盗っ人にはヒイロコガシおにぎりとかできっちりやり返したし、ムカつく奴は目の前で魂が抜けてたので既にわりとスッキリしている。
処分のための事実確認は大変だろうし、その点マグダレナにはちょっと、いやかなり同情するけど…他人事は他人事よな。私、小王国支部所属の冒険者だもの。
「…ユウさん」
マグダレナが何やら深刻な顔でこちらを見た。
「私のもとで、ギルド職員として働く気はありませんか?」
「ありません」
「…」
即答したら、マグダレナがしょぼんと眉尻を下げた。
「…少しくらい考えてくれても良いじゃないですか」
「いやあ私、本質的に『働きたくない人間』なんで」
『えっ?』
マグダレナどころかシャノンにまで驚かれた。解せぬ。
マグダレナはコホンと咳払いして、
「では期間限定で」
「そういうのって大抵しれっと延長になるからダメです」
「…職員じゃなくて、冒険者としてこの支部に所属するというのは?」
「小王国支部は人手不足なんで移籍出来ません。──というか、マグダレナ様」
私はジト目でマグダレナを見遣った。
「断られるって分かってて訊いてるでしょ」
「あら…バレましたか」
「バレバレです」
「貴女のような人材が欲しいのは本当ですよ? あの問題を初見で7割解ける人は希少ですから。情に絆されてうっかり了承してくれないかな、と思いまして」
まさかのワンチャン狙いだった。世界をまたにかける組織のナンバーツーは違うわあ…。
冷静に考えると、そんな御方に勧誘してもらえるのは幸運かも知れんけどね。どう考えてもブラックまっしぐらの組織で働きたいとは思わない。
だってこの流れ、就職したらエイブラムその他の尻拭いに動員されるでしょ? ヤだよ狒々ジジイの後始末なんて。身内で何とかしてくれ。
「…まあ冗談はこのくらいにして。本題に入りましょうか」
冗談って目じゃなかったけど、ここは突っ込まないでおこう。
マグダレナは表情を改め、姿勢を正した。
「──シャノンさん、私のもとで攻撃魔法と回復魔法を学びませんか?」
「……え?」
シャノンはぽかんと口を開けた。予想外の提案に、私もちょっと思考が停止する。
え、これって弟子入りの勧誘だよね。マグダレナって、回復術師じゃなくて魔法使いじゃなかったっけ?
あ、でも回復魔法も『魔法』の括りには入るのか。
「実を言うと、私もシャノンさんと同じ、攻撃と回復、両方に適性のある魔法使いなのですよ」
同じというか、多分上位互換…。
マグダレナはにっこりと笑い、テーブルの上で手を組んだ。
「チャーリーから、回復魔法の補足講義を大変真面目に受けていたと聞いています。それに私は風魔法も得意ですから、両方まとめて教えられます。相手が私なら、今の貴女の師であるグレナも文句は言わないでしょう」
「マグダレナ様、グレナ様のこと知ってるんですか?」
訊いてから気付く。グレナは小王国支部の前ギルド長、つまりマグダレナの元部下だ。知らないわけがない。
「ええ、グレナは私の弟子の一人ですから」
知ってるどころの話じゃなかった。ほぼ身内だった。
つまりシャノンは、世界最高峰の魔法使い、兼、師匠の師匠に勧誘されているわけか。回復術師は希少だし、教えを乞える相手が居ないと悩んでいたシャノンには渡りに船だろう。ただ──
「…」
シャノンは困った顔でテーブルに視線を落としていた。
マグダレナに弟子入りする場合、どう考えても小王国からの通いは無理だ。間違いなく住み込みか一人暮らしになるだろう。しばらくはこのロセフラーヴァの街に住むにしても、場合によってはマグダレナが本部に引き揚げるのに合わせ、さらに遠くへ移住する可能性もある。
シャノンはまだ14歳。一人前になるまでにどれくらいの期間掛かるか分からないし、環境の変化も大きい。すぐに答えが出せないのは当然だと思う。
「返事は今すぐでなくとも構いません」
シャノンの迷いを見透かすように、マグダレナが微笑んだ。
「一度、ご家族やあちらの支部のみなさんと相談してみてください。弟子入りしていただける場合、住まいは私の方で準備します。修行の関係上、身の安全を完璧に保証する、とは言えないのが心苦しいのですが…」
条件を並べ始めたので、私から突っ込んでみる。
「ちなみに授業料は?」
「いただきません」
即答した後、ああでも、とちょっと悪戯っぽく笑う。
「たまに料理を振る舞っていただけると嬉しいです。カレー、本当に美味しかったので」
どうやら私たちは、大変な相手を餌付けしてしまったらしい。
…勧誘の理由の一つに、『カレーが食べたいから』なんて項目あったりしないよね…?