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78 マグダレナ

 小麦粉を報酬にした護衛契約を結んで簡単な打ち合わせを済ませ、スパイスや雑貨を買い込むと、私とシャノンはギルドへ向かった。


「…すごく割り引いてもらった気がします…」

「イーノック効果と、今後の取り引きに期待、ってことだろうねぇ」


 落ち着かなげなシャノンに笑って答えつつ、私も内心で冷や汗をかく。割引どころか半値以下になってる気がする。イーノックのことがあるとはいえ、どんだけ期待されてんの?

 あと、結局『打算』が何だったのかが分からん。ベイジルは変な取り引き持ち掛けたりはしないだろうけど、何かちょっと怖い…。


(いやいや、変に勘繰っちゃいかん。前途有望な若人にサービスしてくれたんだよ。きっと。多分)


 シャノンが居たし、と自分に言い聞かせてみる。


 既に新人研修は終わっているので、本来ならロセフラーヴァ支部に用はない。が、今日は午後からマグダレナに呼び出されていた。私たちからも証言取ったりするんだろうか。マグダレナも一緒に居たから、大体は分かってると思うんだけど。



 ギルドはフェルマー商会のすぐ近くだ。重厚な扉を開くと、受付ホールは初めて来た時と同じく賑わっていた。

 ただし、よく見ると職員の姿が少ない。昨日トップが変わったから、その混乱のせいもあるんだろう。冒険者たちがやたら目につくのは、職員が足りなくて依頼の受付が滞っているせいもあるのかも知れない。


「あの」


 大人しく列に並ぼうとしたら、受付の方から声を掛けられた。あのテンションの低い男性職員だ。


「小王国支部のユウさんとシャノンさん…ですか?」

「はい、そうです」


 今日はちょっとハキハキしてるなこの人、と思いつつ頷いたら、途端に目の前の列がザッと割れた。何事?


「ギルド長代理が2階の会議室でお待ちです」

「ええと…ハイ」


 どうぞ、と手で示されたので、素直にカウンター横の階段に向かう。冒険者たちと職員たちの視線が痛い。何でこんなに注目されてるんだろう…。



「…あいつが?」

「ソルジャーアントの群れを薙ぎ払ったって…」

「盗み食いされた腹いせに毒仕込んだとか…」

「それ見た! ガルシアんとこの連中が悶絶してたぜ」

「マジかよ。最高だな」

「わっるいやつだ!」



 声に笑いが混ざっている。どうやら元々ガルシアたちの評判は悪かったらしい。

 責められてるわけじゃなくて良かったけど、何か遠巻きにされてるのは危険人物認定されてるからだよね…。良いけどさ。


 階段を上がり、扉のプレートを見ながら会議室を探す。2階のどこなのか聞いとけば良かったかな、とちらりと思ったが、幸い2階に会議室は1つしかなかった。


 突き当たりの両開きの扉をノックして、許可を受けてから開くと、大きなテーブルの向こうにユリシーズ──もとい、マグダレナが座っていた。左右に書類が山と積まれていて、こんなに広い部屋なのにやたら窮屈に見える。


「ユウさん、シャノンさん、ご足労感謝します。座って少々お待ちいただけますか?」

「分かりました」


 言葉を交わす間にもマグダレナはすごい速さで書類を確認し、仕分け、メモを取っている。左側に雑然と積まれた書類がみるみるうちに右側に3つの山を作って行くのを、少し離れた席に座った私とシャノンは呆然と見守る。


 …ええと、マグダレナは魔法使い、なんだよね? サブマスターともなると、書類も魔法みたいな速さで処理出来なきゃいけないのかな…。



「──お待たせしました」


 ものの数分で書類を仕分けたマグダレナは、3つの束を一つ一つ丁寧に揃えてから顔を上げた。


「改めて、感謝と謝罪を。昨日はありがとうございました。カレー、美味しかったです」


 感謝ってカレーのことか。


「気に入ってもらえたなら良かったです。みんなで作った甲斐がありました」


 私が笑顔で応じると、マグダレナも微笑む。

 …じゃあ、謝罪って?


「…実を言うと、ここまで早く決定的な証拠が集まるとは思っていませんでした」


 マグダレナは少しだけ目を細めて呟いた。


「今回の潜入捜査である程度証拠が揃えられれば、とは思っていたのですが」


 元々はもっと慎重に捜査を進めるつもりだったようだ。

 …しかしそれ、ギルド職員ではない私たちが聞いて良い話だろうか。率直に訊ねてみたら、マグダレナは苦笑した。


「巻き込んでしまったので、良ければ聞いてください」

「…分かりました」


 懺悔のようなものだろうか。マグダレナが話して楽になるならやぶさかではない。気になってるのは事実だし。



 ──例の試験問題の流出が内部告発されたのは数ヶ月前。その後調査を進め、流出した問題用紙はエイブラムの手に渡ったと判明したが、証拠は無かった。

 証拠集めのために本部から職員を送り込んだが、エイブラムのガードは意外と固く、思うように証拠が集まらない。そこで、マグダレナが直接潜入することにしたのだそうだ。


 …あのオッサン横領までしてたみたいだし、本部から異動して来た職員は警戒されてたんだろうね。


「新人冒険者として潜入したのは、私の外見で違和感のない立場だったのと──貴女たちのことを聞いていたからです」

「…私たちのことを聞いてた?」


 はて、ギルド本部に知り合いは居なかったはずだが。

 シャノンと顔を見合わせて首を傾げていると、いきなり首の右側にモフンとした何かが乗った。



「わっ!?」


《よっ、小王国支部の新人!》



 軽快な念話と、視界の端に映る白い毛並み。

 咄嗟に右を向くと、顔面が白い毛皮に埋まった。む、この感触…


「…ルーンの親族?」

《いやまあ合ってるけど。どうなってんだよお前の顔面》

「ケットシーに関しては間違えない自信はあるよ」

《変態的毛皮ソムリエか》


 いや、変態ではなくネコ好きなら当たり前の技能だと思うけど。感触で個体識別するの。…え、私だけ?


 肩に乗っていたケットシーが、軽やかにテーブルに降り立った。全身真っ白のケットシーだ。全身真っ黒のルーンとは正反対の毛色だけど目の色は同じ黄金色で、顔立ちも似ている。うむ、眼福。


《なあ、こいついつもこんななのか?》


 白いケットシーが私から目を逸らし、シャノンに訊いた。『こんな』ってどんなだろ。


「えっと…時々…ケットシーのみなさんの前では…」


 シャノンの目が泳いだ。すごく答えにくそうなんだけどどういうことだろうな。

 …深く突っ込まない方が良い気がする。


 何故かぞわっと背中の毛を逆立たせたケットシーは、ブルブルと全身を震わせて表情を切り替え、私たちを見上げた。


《俺はルーンの兄の、アル。よろしくな》


 ルーンよりちょっとだけ落ち着いたイケメンボイスの念話。『兄』という単語を微妙に強調しているのは、そこは譲れないところだからだろう。


 それにしても、黒毛の『ルーン』に白毛の『アル』とか、狙ってるとしか思えないんだけど…。『ルーン』はともかく、『アル』は3文字省略しただけじゃん。名付け親はミニスカセーラー服な美少女の戦士が好きだったの? 色々大丈夫?


《言いたいことは分かるぞ》


 アルはしたり顔で頷いた。


《だがな、世の中には知らない方が幸せなこともある。男女間の家事分担の格差とか、配偶者の浮気とかな》

「いや浮気の事実は知っといた方が良いと思うけど。さっさと切り捨てた方が後々楽だし」

《なるほど、一理ある》


 何かケットシーにあるまじきことを言ってる気がする。わざわざこういう話題を出して来るってことは──


「もしかして、私の事情、知ってる?」

《おう、ルーンから色々聞いてるぜ。面白い新人が小王国支部に入って来た、ってな》


 アル曰く、ケットシーには親しい者同士でのみ使える遠隔通話の魔法があるんだそうだ。アルとルーンはそれで繋がり、時々情報をやり取りしているという。


 …まあ、ケットシーに『プライバシー』なんて概念無いのは何となく分かるけどさ…個人情報、筒抜けかあ…。






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