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76 招かれざる客はその辺の草でも食っとけ。

「うおおおお…!」

「すごい!」

「出来たー!」


 フェイたちが目をキラキラさせ、ジャスパーとキャロルとアンディが笑う。


「やったな!」

「美味しそうね」

「上手く出来たじゃないか!」


 そのコメントを聞いて、私は内心胸を撫で下ろす。初めて見る人にはこの『固形物混じりの茶色くてドロッとした物体』がビジュアル的に受け入れ難いかと思ったけど…自分で作ったなら話は別か。

 既に夕方、ちょっと早い夕食にしてもおかしくない時間帯だ。そもそもこの匂いの中で調理し続けていたので、私も滅茶苦茶お腹が空いている。


「みんなの分もよそうから並んで。ちなみにこれご飯にもパンにも合うから、まずは好きな方を選んでね」

「俺はパン!」

「じゃあ、ご飯で」

「うわー、迷う…!」

「おかわりも出来るから、まずはどっちか適当な方、とかでも大丈夫だよ」

「じゃ、じゃあご飯!」


 今回は小王国支部での料理修行とは違うので、盛り付けは私とシャノンとアンディで行う。ご飯希望者には私がご飯をよそい、シャノンがご飯の皿か空の皿にカレーを盛り付け、アンディがハムとウインナーを添える。パンはカレー皿を受け取った後に自分で取って行く形だ。結構な量があるので足りなくなることはないだろう。


 そうして配膳し終えると、みんな自然と調理台の周りに集まった。人数分の椅子は無いので立ち食いだが、ここにはそれを嗜める者は居ない。

 下手に受付ホールのテーブルに行ったら、先輩冒険者たちに絡まれる可能性があるからね。


「それじゃあ──」

『いただきます!』



 そうして、ちょっとしたパーティが始まった。


「…っ美味あ!」

「ちょっと辛い! けど美味しい!」

「…!!」


 一口食べて笑顔になる者、叫ぶ者、無言でにやける者、反応は上々だ。

 私も食べて、大体予想通りになっている懐かしい味に相好を崩した。


「…んー…、これこれ」


 大きく頷いて、目の前に置いておいたボウルの中身に視線を移す。


「…ん? ユウ、それ玉ねぎだよな?」

「そうだよ」


 試食と称して少しだけカレーを食べて目を見張っていたアンディが、目ざとく私の視線に気付いた。


 ボウルの中身は、アンディに刻んでもらった玉ねぎを使った副菜だ。

 調理はそれほど難しくない。刻んだ玉ねぎを熱湯にくぐらせて辛味を抜き、ザルに上げて水気を切った後、白ワインビネガーと塩と砂糖と油、クミンなどのスパイスを混ぜるだけ。ハーブマリネというやつだ。


 玉ねぎの辛味を抜くの、電子レンジを使うのが一番簡単なんだけどね…こっちの世界にそんな都合の良いものは無いので、熱湯で短時間加熱してみた。試食したら結構シャキシャキ感も残ってたし、辛味もちゃんと飛んでたから、大丈夫だとは思うけど…。


「玉ねぎを生で食べるのか…?」


 アンディは生の──辛味がきちんと残った玉ねぎの衝撃的な味を知っているらしい。明らかに腰が引けている。


「ちゃんと辛味を飛ばす処理をしたから大丈夫だよ。これ、カレーと一緒に食べると最高に美味しいから、良かったら試してみて」


 ボウルの中に待機させておいた小さめのトングで玉ねぎのマリネを取り、自分の皿に確保してから、ボウルをアンディの方へ押し出す。アンディはちょっとだけマリネを取り、カレーと一緒に口に入れて──


「…」


 今度は無言で5倍近い量を皿に盛り、マリネだけを頬張った。


 咀嚼すること暫し。


「……美味いな」

「でしょ?」

「いや、おかしいだろこれは。何で辛くないんだ? 何でこんなに合うんだ? お前、何かヤバいモンでも入れたんじゃ…」

「失礼な」


 クミンとかコリアンダーとかは入れてるけど、健康に支障のない範囲に収まっているはずだ。使った量で言ったらカレーの方が圧倒的に多いし。


「アンディさん、俺も食べてみたいです!」

「俺も!」

「私も」

「ああ、スマン。順番な」


 アンディがボウルを隣の席のジャスパーに渡した。そのまま次々にマリネが取られて行き、私のところに戻って来る頃にはほぼ液体だけになっていた。おかわり禁止かよ、くそう。もうちょっと多めに用意しとくんだった。


 ──なお、玉ねぎのマリネを入れたカレーは大変な好評を博したため、アンディに教えるレシピは『カレー』と『玉ねぎのマリネ』の2種類になった。




 その後フェイたちは当たり前のようにおかわりし、パンとご飯を食べ比べる者が続出した。結構な量を作ったはずなのに、カレーもマリネも完食する勢いだ。


 その途中、私はカレーを2人分取り分けておいた。この場には居ない『ユリシーズ』──マグダレナと、バリーの分だ。2人はそのままギルド職員たちとのオハナシアイに突入してしまったため、休憩も取っていない。お昼だって満足に食べていないから、今頃腹ペコだろう。マグダレナは不老だけど、不老だろうと腹は減る。多分。


 ソルジャーアントの討伐とか新人研修『不合格』の件とか魔物に関する知識とか、かなりお世話になったので、お礼としてこれくらいは渡したい。…会議中にカレー持ち込むわけにいかないから、降りて来てくれると良いんだけど…。



「──おおっ、匂いの元はここかよ!」



 入口に視線を向けた時、狙ったようにドアが開いた。が、そこに居たのは当然、マグダレナではない。


「お前ら、新人だな? ギルド中に美味そうな匂い漂わせやがって!」


ずかずかと入り込んで来たのは、ひょろ長い男とガタイのいい男の2人連れ。うろ覚えだけど、こいつら多分、ガルシアのパーティのメンバーだ。ジャスパーが苦い顔をして立ち上がる。


「ビル、エルヴィス」

「おっと、ジャスパーサンじゃございませんか。新人に混じってメシとは、講師殿は大変ですねぇ」

「なんで新人ごときがこんな所でパーティーしてんのか、聞かせてもらってもよろしいですかあ?」


 言い方がねちっこい。取って付けたような敬語がとても癇に障る。

 私が静かに目を細める中、ビルとエルヴィスとやらはニヤニヤ笑いながら続けた。


「で、当然、俺ら先輩の分もあるんですよね?」

「これだけ匂いを充満させといて、無いってわけはないよなあ?」


 ガタイが良い方の男が、無遠慮に私たちを見渡す。私は即座に立ち上がり、腕組みして言い放った。


「お前らに食わせる分は無い。腹が減ったんなら、その辺の草でも食ってろ」

「ブフッ!」


 アンディが噴き出した。た、確かに、もう無ぇな…と肩を震わせて笑いを堪えながら呟いている。

 私にとっては当然の答えに、2人は一瞬目を見開いて硬直し──一気に怒りの表情になった。


「──あんだと!? 新人のくせに俺らに盾突く気か!?」

「冒険者登録が早かったってだけで先輩ヅラして後輩にメシをたかる阿呆に払う敬意は持ち合わせてないんでね」

「手前ェ…!!」


 殺気立った2人がこちらにずかずかと歩み寄って来る。掴み掛かる気満々のようだ。調理台に被害が出てはいけないと一歩前に踏み出したら、私の隣にシャノンが並んだ。


 ──あ、なるほど。


「シャノン、細い方は任せるね」

「はい」



 瞬間──



「──っ!?」



 ひょろ長い方はシャノンに手首を取られ、瞬時に肩を後ろに回されてそのまま床に転がった。

 ガタイの良い方はもっと単純だ。私に掴み掛かって来る手を軽く上に払いながら懐に入り、ガラ空きになった胴体に肘を打ち込む。ぐぼっ、と変な音を立てて硬直した後、男はそのまま斜め横に倒れた。



『……え?』



 ジャスパーたちが呆然と目を見開く。

 ひょろ長い方は何が起こったのか分からないという顔で床に転がっているし、ガタイの良い方は鳩尾あたりを押さえて悶絶している。

 私はシャノンに笑顔を向けながら手を掲げた。


「エレノア仕込みの護身術、役に立ったねえ」

「はい!」


 笑顔のシャノンとハイタッチを交わしたところで、入口から人影が顔を出す。


「大声がしましたが…みなさん、大丈夫ですか?」

「あ、マグダレナ様。こいつら恐喝未遂です」

「あら…」


 マグダレナが冷ややかな目でビルとエルヴィスとやらを見下ろした。


「分かりました。こちらで()()()()()します。──みなさんに怪我はありませんね?」

「はい」

「大丈夫です」


 こちらが頷くと、マグダレナは安心したように少しだけ表情を緩めた。その後ろからバリーが大股で入って来て、溜息をつきながら倒れ伏す2人の首根っこを掴んでキッチンから引きずり出そうとする。

 あ、と私は声を上げた。


「マグダレナ様、バリー。みんなで『カレー』って料理作ったから、良かったら食べて。味は保証するよ」

「私も? 良いのですか?」

「勿論。一緒に新人研修を受けた仲だし…ね、『ユリシーズ』」


 私がにやりと笑うと、マグダレナは一瞬虚をつかれた顔をして、数秒後に嬉しそうに破顔した。


「──では、後でいただきますね。ありがとうございます、ユウさん」

「ありがとよ!」

「どういたしまして」





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