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74 今夜はカレーだよ!


「ふ、不老…?」

「あの姿を見ただろ? あれは髪の色みたいに魔法で誤魔化してるわけじゃなくて、あの姿のまま、何十年と生きてるって話だ。冒険者ギルドは作られてから100年以上経ってるから、少なくともそれ以上の年齢ってことだな」

「100歳以上…」


「あー、一応言っとくけど、本人に実年齢訊いたりしちゃダメだよ?」


 少年たちが顔を見合わせるのを見て、私は思わずお節介を焼く。


「人にもよるけど、実年齢を訊くのは基本、マナー違反だからね」

「そうね。特に女性は」


 キャロルも深く頷いた。


 マグダレナは特に見た目と実年齢が乖離(かいり)してるっぽいし、『自分より絶対年上』とだけ認識しとけば十分でしょ。…気にならないわけじゃないけど。


(もしかしたら生粋の人間──ヒューマンじゃなくて、エルフとか、元々寿命が長い種族の血が入ってるって線もあるよね。この世界なら)


 本で読んだだけで実際に会ったことはないが、エルフとかドワーフとか、そういうファンタジーな種族も存在するらしい。小王国支部のエレノアも犬耳生えてるもんね。あの子は犬系獣人とヒューマンのハーフだ。

 大抵の街の住民は大部分がヒューマンだが、たまにそういう例外も居る。


 私とキャロルのアドバイスを受けて、少年たちは分かりましたと神妙な面持ちで頷いた。素直でよろしい。

 頷き合っていると、誰かのお腹がぐう、と鳴った。


「あ…」

「…よし、ギルドのキッチン借りて夕飯作るか!」


 私はパンと手を打って、その場の全員を見渡す。


「村の人からいっぱい食材貰ったから、良かったらみんなも食べてよ」

「えっ…」

「良いんですか?」

「つーか食べてもらわないとちょっと困る。ナマモノばっかりだから」


 田舎あるある、『おすそ分けが大体日持ちしないやつ、しかも大量』。

 背負って運んでいた袋の中身を見せたら、少年たちが絶句した。こんな量の食材、お店でもなきゃ目にする機会、ないよね。


「ついでに調理も手伝ってくれると嬉しい。野菜洗うのとか、切るのとか、ハムとウインナー焼くのとか」


 私が言うと、少年たちの半数くらいが困惑の表情を浮かべた。多分やったことないからだろうな。ご家庭での料理は女性がやるものって思い込み、国も世界もまたいで共通なのかな…。


「そうだな」


 ジャスパーが苦笑した。


「冒険者になったら、野営をした時に自分で食事を用意しなきゃならないこともある。丁度良い経験になるだろ」


 お、新人研修、調理実習バージョンって感じか。だったら、


「そしたらジャスパー、ハムとウインナー焼くの、外で火を起こすところからやってくれない? こう、野営の時に肉とか焼く時と同じ感じで。私も鹿の解体とかはやったことあるんだけど、屋外調理はやったことないんだよね。あっちじゃ野営しないから」

「鹿の解体って…それギルドの専門職の仕事だろ? 何で冒険者がやってるんだ?」


 どうやらこっちの支部には解体の専門家が常駐してるらしい。何だそれ羨ましいな。


()()()なんて、小王国支部に居ると思う?」

「…うん、スマン」


 弱小支部に同じ水準を求めてはイカンのだよ。

 私の回答にジャスパーは色々と察した顔で頭を下げ、焚き火料理の講師を請け負ってくれた。


 フェイたちも頷いてくれたので、みんなで揃ってキッチンへ向かう。途中、受付に寄ってキッチンの使用申請を出したら、男性職員に驚かれた。


「新人全員で、ですか?」

「あとジャスパーとキャロルも。…出来ませんか?」

「そういうわけではありませんが…珍しいですね」


 まあ食べ物置いといたら盗まれるキッチンだもんね。利用者も少ないよね。

 でも多分、これからは状況が変わるんじゃないだろうか。ギルドの食堂、地味に高いし。今後盗っ人はちゃんと処罰されると思うし。


 利用料は、ジャスパーが『今日は色々あったから特別だぞー』と言って全員分支払ってくれた。流石は上級冒険者、太っ腹だな。



 冒険者用のキッチンは、案の定ガランとしていた。ギルド併設の食堂の厨房は別にあるから、こっちは静かなものだ。鍋とか調理台の上は綺麗に片付いているが、逆に言うと綺麗すぎて使用感が無い。使っている形跡があるのは流し台とやかんくらいだ。


「──さて、まずは何をすれば良い?」

「…というか、何を作る予定なの?」


 ジャスパーとキャロルに訊かれて、私は胸を張って答える。


「カレーだよ!」

「……かれー?」


 全員に首を傾げられてしまった。…うん、予想はしてた。


 小王国でもこの街でも色んな食べ物を目にしたし、ハーブをふんだんに使った料理もあるにはあったけど、カレーと同じ系統のものは無かった。鶏肉のハーブ焼きもお上品な西洋系の味付けだったもんね。

 味噌醤油文化のある国が存在するんだから、こっちの世界のどこかにはインドっぽい文化の国もあるかも知れないけど、この辺には無いらしい。


 …今更だけど、ここにあのジャンキーな食べ物投下して本当に大丈夫かな。中毒患者が出そう…。

 作るけど。


「乾燥ハーブを何種類か混ぜて、肉とか野菜と一緒に炒め煮にして、ご飯とかパンとかと一緒に食べる料理だよ。ハーブの配合と具材との組み合わせで結構印象が変わるんだけど、濃いめの味で、辛いのが多いかな。この辺じゃ珍しいかも」

「へえ…面白そうだな」


 ジャスパーが興味深そうに頷いている。しかし『カレー』を言葉で表現するのって難しいな。何か平凡なハーブ炒めみたいな印象になっちゃう…。


 これは絶対見てもらった方が早い。私は食材を調理台の上とシンクに全部出した。ジャスパーとキャロルとシャノンも、それぞれ持っていた袋の中身を広げる。


「パンは一旦こっちに置いといて…ハムとウインナーを焼くのは後で良いかな? カレー、作るのに結構時間掛かるから」

「そうなのか。そしたら、焼くのは食べる直前にした方が良いだろうな」

「じゃあハムとウインナーは一旦保冷庫に入れて…野菜…これ全部入る鍋ってあるのかな…」

「全部使う予定なんですか!?」


 ぼそりと呟いたらシャノンに驚かれた。小王国支部で食事の準備を手伝っているシャノンにとっても、この量は驚異的だ。でもみんな明日からは別々に行動するし、私たちも明後日にはここを発つから、消費するには今日がチャンスなんだよね。


「ここで一番大きい鍋は、これよ」


 キャロルが大鍋を出して来た。寸胴鍋より一回り大きいくらいの鍋だ。例の焦げ付かないコーティングもついているからカレーを作るのには最適だけど、このサイズじゃ全然足りない。人数的にも。


「あとは…食堂の厨房に相談してみる、とか?」

「それだ!」


 キャロルの呟きに、私はポンと手を打った。このギルドの食堂の利用者は結構多いので、それなりに大きいサイズの鍋がある気がする。



 早速食堂の厨房へ向かうと、中では慌ただしく料理人たちが行き交っていた。丁度夕食の仕込みが始まったらしく、野菜を洗ったり切ったりしている者が多い。


「すみません」


 ちょっと気後れしつつ声を掛けると、年嵩の男性が対応してくれた。


「何だ? 注文ならあっちで受け付けてるが」

「ええと、注文じゃないんですけど…鍋をお借りすることって出来ますか? このギルドのキッチンで、料理を作りたくて」

「はあ?」


 胡乱な顔をする料理人に、私はカレーを作りたいことと、冒険者用のキッチンにある鍋のサイズでは足りないことを説明する。


「カレー? 何だそりゃ」

「ええとですね…」


 先程と同じ説明をすると、料理人の目がキラリと輝いた。


「ほう。ハーブを使った煮込み料理か。…使うのはどんなハーブだ?」


 職業柄、新しいメニューに興味があるらしい。私は必死にスパイスカレーの基本レシピを思い出す。カレールーがあったら楽なんだけどね…誰か作ってくれないかな…。


「クミンとコリアンダー、ターメリック、チリパウダーを混ぜて使います」

「チリパウダー?」

「唐辛子の粉末です」

「ああ、レッドペッパーか。んで、量は?」

「クミンとコリアンダーが多め、ターメリックとチリパウダー…レッドペッパーは少なめですね。具体的な量は具材との相性で微調整しますし、他のハーブとかスパイスを加えることもあります。あと、具材を炒める時にショウガとニンニクも使います」


 そこまで答えて気付いた。これ、鍋貸してもらえずにレシピだけ盗まれるパターン?


「…で、鍋、貸していただけます?」


 ジト目で見上げたら、料理人は『バレたか』と言わんばかりに片眉を上げた。オイ。


「──貸してやっても良いが、一つ条件がある」


 壮年の料理人は、勿体ぶった態度で腕組みした。


「その、カレー?とやらを作るのを、俺にも見せてくれ。作り方を知りたい」

「…分かりました。その代わり──」


 私も重々しい態度で頷く。


「足りない材料があるので、分けてください。ショウガとニンニクと油が欲しいです」

「…ちゃっかりしてるな」





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