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8 そうだ、丸洗いしよう。

「人手が欲しいんでしょ? なら何で他人が近寄りそうもない状況を放置してるの? 看板は傾いてるし外壁は汚れてるし中は目も当てられない状況だし。…時間が無い? ギルド長が仕事放っぽり出して冒険者と一緒に狩りに行く時間はあるのに? 自分でやるのが嫌なら掃除専門の人を雇えば良いでしょ?」


 ギルド長とエレノアを汚い床に正座させ──なんとこの国には罰ゲーム的な意味での正座の文化があった──私は言いたい事を捲し立てる。


 初対面の人間相手に何やってんだって話だが、何だろう、色々解放されたせいでエネルギー有り余ってんのかな。


 ちなみにギルド長の後について来ていた冒険者2人は、イノシシを解体してくると言って足早に逃げ──もとい、ギルドを出て行った。

 解体用設備は外にあるらしい。なら最初からそっちに持って行けよ。


 …まあ、後で奴らも同じ目に遭わせるけどね。2人ともギルド長と似たり寄ったりの格好してたし、多分汚部屋製造システムその3とその4だろ。


「し…仕方ないんだ! 予算が足りないし、うちを拠点に活動してくれてるのはあいつら2人だけだから、手が回らなくて…」

「人手不足の原因を放置して何言ってんだ責任者」

「げ、原因?」

「この場所の汚さ」

「そ、そんなに汚いか?」


 ジーザス。お前もか。


 私はずいっと身を乗り出し、ギルド長を睨み付ける。…うっ、体臭と口臭がきつい。


「他のギルド支部もこんなに汚いの?」

「そ、それは…」

「そんなわけないよね? 少なくとも依頼者が出入りする所はそれなりに片付いてるんじゃないの? だってそうじゃなきゃ、仕事頼もうって気にならないもんね?」

「…そ、そうでしょうか…?」


 ギルド長は目を逸らしたが、エレノアはまだ首を傾げている。

 多分彼女はここしか知らないから、これが普通だと思っているのだろう。


「じゃあエレノア。残飯が床とか壁とかそこら辺に飛び散ってて、洗ってなさそうな汚い皿で料理を出す店と、綺麗に掃除されててピカピカの皿で料理を出す店、どっちで食事したい?」

「それは勿論キレイなお店で………あ」


 エレノアは即答し、ようやく何かに気付いたように周囲を見渡した。


 …良かった。これで『美味しければどっちでも良いです』とか言われたらどうしようかと思った。

 こっそり胸を撫で下ろしていると、エレノアがしょぼんと耳を伏せた。


「…すみません。雇ってもらった時、『今日からここはお前の家みたいなもんだ!』って言ってもらえて嬉しくて…」

「エレノア…」


 何故かギルド長が感動したように目を潤ませている。


「──意味を間違えてました。ここは私の部屋じゃなくて、依頼人も来る場所、つまりお店なんですよね!」


 キリッとした顔で言う。



「私の()()()()だって主張するのはもうやめます! ちゃんと片付けて、みなさんが気軽に入れるような空間を目指します!」



 あ、散らかしてたのってナワバリの主張だったんだ。

 犬耳のある人は、自分の家に物を溜め込む習性があるのか。


 ということは、エレノアが散らかしていたのは勘違いから来る本能的な行動だったわけだ。


 …じゃあ、ギルド長は?



「………」



 すっと視線を向けると、ギルド長は青い顔で沈黙していた。


 これは…間違いない。

 こいつ、何も言われないのをいいことに、好き勝手やってただけだ。

 ただただ片付けたくなかっただけだ。


「ルーン」

《へいっ》


 低い声で名前を呼んだら、何故かルーンが畏まった態度で背筋を伸ばした。


「ケットシーって、魔法使えるよね?」

《使えマス》

「じゃあ例えば、水洗いした後に乾燥させたりとかも出来る?」

《やろうと思えば》


 頷いたので、今度はギルド長へ向き直る。


「ギルド長」

「ハイッ!」

「私、元々、ここに仕事を探しに来たんですよ」

「へっ!? じゃ、じゃあ、冒険者登録の希望者か!?」


 ギルド長がぱあっと顔を輝かせた。

 …エレノアと違って、顔も汚れすぎてて輝かせても何か気持ち悪いだけだけど。


 私は頷き、


「冒険者登録、しても良いけど、条件があります」

「条件?」

「全員参加必須の依頼として、ギルド長の名前で『冒険者ギルド小王国支部の大掃除』の依頼を発行してください」


 エレノアの説明の中に、『たまにギルドから参加必須の依頼が出ることがある』という話があった。多分この手の依頼は、ギルド長の名前で出せるんじゃないだろうか。


 ギルド長がげえっと顔を歪めた。



「そ、そんな内容の依頼出せるわけないだろ! オレにもメンツってもんが」


「どのツラ下げて言ってんの?」



 折角言葉遣いを改めていたのに、秒で敬語が吹っ飛んだ。


「誰かがやらなきゃいけないことでしょうが。ほっといたってゴミはなくならないんだよ。普通の依頼として出したってここの冒険者は受けるハズないんだから、原因その1が責任もって指示を出せ。そして働け。ついでに私には報酬を寄越せ」

「げ、原因その1!?」


 ギルド長が自身を指差して叫ぶので、


「他に誰が居るんだよ」


 バッサリ言い放つ。

 絶句するギルド長に、しょぼんと耳を伏せたままのエレノアが声を掛ける。


「ギルド長…私も一緒に片付けますから…みんなで頑張りましょ?」

「…………おう…」


 肯定なのかただの呻きなのかよく分からない声だった。



 その後、イノシシの解体を済ませて帰って来た冒険者2人にギルド長が『大掃除するぞ! 必須依頼だ!』と声を掛けたら、案の定、大ブーイングだった。


「よりによって掃除かよ!?」

「俺ら討伐依頼で毎日ヘトヘトなんだぜ!?」

「黙れ山賊以下」

『へっ!?』


 私が口を挟んだ途端、2人が驚いた顔でこちらを見る。

 ギルド長がガシガシと頭を掻いた。やめろフケが散る。


「あーっと…だな。こいつが冒険者になる条件として、ここをキレイにして欲しいんだと。ほら、こう…流石にな」


 チラッチラッと周囲を目で示す。こいつ全部私のせいにする気だ。


「はあ!? ならキレイにしたい奴がやれば良いだろ!」

「俺らは止めねーよ!? 別にさあ!」


 ──ならばこちらにも考えがある。



「ルーン、こいつら丸洗いしちゃって」

《アイアイ、マム》



 ばっしゃんと虚空から水が降って来て、男2人が水没した。巨大な水球の中でもがく男たちの姿が、あっという間に見えなくなる──汚れが落ちる代わり、水がすごい勢いで濁って行くせいで。


 ギルド長が、ヒエッと小さく悲鳴を上げた。


 数秒もしないうちに水は消え、温風が吹いて、男たちは床にへたり込んだ状態で乾き終わった。

 血糊は落ち、泥汚れも消えた。すごい洗浄力だ。


 が──



「まーだ汚れてるかな。ルーン、もう1回やっとこうか」

《合点承知!》


「や、やめっ──ごぼぼぼぼ!?」



 再度、水責め。

 それが乾き切る頃には、男2人はすっかり大人しくなっていた。

 お互い不思議そうに顔を見合わせている。


「…なあ相棒、お前、そんなに明るい髪色してたっけか…?」

「お前こそ、その革鎧、そんな色だったか…?」


 その結果に満足して、私はギルド長に向き直る。



「お次はギルド長、行ってみようか」

「え、ちょ、待っ」

「ルーンやっちゃってー」

《ハイ喜んでー!》


「がぼぼぼぼぼっ!?」



 結果、ギルド長も二度洗い。


 ふう、満足。


「ついでにヒゲ剃って髪縛るなり切るなりしてください。見苦しいんで」

「み、見苦しい」

「髪縛ったことなんかねぇよ…」

「じゃあ私が縛りますね!」


 男たちがぼやいた途端、エレノアがキリッとした顔で手を挙げた。


《ヒゲ剃るのが面倒なら燃やすって手もあるぜ。俺そういうの得意》


 にやり、ルーンが頭上に火の玉を出現させる。


 男たちは即座に立ち上がり、洗面台へ向かって──そこもゴミに埋もれているのを目の当たりにして崩れ落ちた。


 なお、ルーンによるヒゲファイヤーは大変熱かったが、確かに火傷はしなかったそうだ。


 器用。





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