71 どっかで聞いたような台詞
大きな袋を背負ってロセフラーヴァ支部に戻ると、受付ホールで待っていたバリーがギョッと目を見開いた。
「何だその大荷物は」
「南の村の人たちがくれた。ロニーを助けてくれたお礼だって」
最初は野菜と果物だけだったのだが、私が受け取った後に他の村人たちも我も我もと色々な食材や加工品を持って来たので、燻製済みのハムにウインナー、自家製のジャムや調味料、今朝焼いたというパンまである。全部一袋には入り切らなかったから、それぞれ別の袋に入れてもらい、みんなで手分けして持っている形だ。
ちなみに一番大きい野菜と果物の袋は、私が受け取ったので私が責任を持って運んで来た。
「新人研修も予定されてた日程は今日で終わりだし、一区切りってことでみんなでこれ食べようよ。って言うか食べて。受け取った人間だけじゃ食べ切れないから。調理なら私がギルドのキッチン借りてやるし」
「ユウさん、私も手伝います」
「ありがと、シャノン」
パンの袋を抱えたシャノンが申し出てくれた。
なおメニューは既に決めている。ずばり、カレーだ。貰った野菜の中に結構な量の玉ねぎとトマトが入っていたこと、調味料の中にどう見てもガラムマサラみたいなミックススパイスとクミンを始めとした乾燥ハーブがあったことが決め手だった。
ロセフラーヴァの街は交易都市なので店頭でも色々な乾燥ハーブを目にしていたが、農村の一般家庭から出て来たのは意外だった。この辺りでは乾燥ハーブが市民権を得ているらしい。
クミンもコリアンダーもターメリックもチリパウダーもあるので、大雑把に『カレー味』を再現するのはそれほど難しくないはずだ。クミン入れとけば大体カレー味になるし。
なお、カレー自体には敢えて肉を入れず、贅沢にハムとウインナーを炙って後乗せする予定。…やばい、想像だけでお腹空いてきた。
パンがあるのでカレーにつけて食べれば良い。足りなくなると困るから、一応米も炊いておこうか。私とシャノンが持って来たやつ、それなりに余ってるし。
…などと考えていたら、キャロルがパンと手を打った。
「その話はまた後で。そろそろ新人研修の総括があるはずだから、受講者は講義室に集合よ」
おっと、ご飯よりそっちが先だったか。
時刻は既に昼過ぎ。一応お弁当として持って行ったおにぎりがあったので帰り掛けに食べては来たが、ジャスパーとユリシーズとフェイとキャロルにおすそ分けしたのであまり腹は膨れていない。予定では午前中にソルジャーアントの討伐見学を終え、昼前には街に戻って来ているはずだったので、私とシャノン以外は手元に昼食を用意していなかったのだ。
貰い物を持ったまま、3階に上がる。キッチンに置いて来ても良かったんだけど、そうすると盗まれそうだったからね。ハムとかソーセージとか。
盗っ人は多少痛い目見ても更生しないと思うんだよ。特にどこぞの無責任講師のパーティメンバーとか。
「あ、帰って来た!」
講義室の扉を開けたら、他の少年たちと喋っていたイアンがこちらを見て声を上げた。
新人研修の責任者であるあの女性職員の姿は無い。
「あいつ…メラニアは居ないのか?」
「全員揃ったらギルド長室に呼びに来いって言われてます」
ジャスパーの問いにイアンが答える。あの女性職員──座学の基本講義を担当していたメラニアは、何故かギルド長室に引っ込んでいるらしい。何か秘書っぽいと思ってたけど、本当にそういう立ち位置なのかも。
呼んで来ます、とイアンが部屋を出て、私たちはそれぞれ席に着く。ジャスパーとキャロルとバリーも部屋の横に並んだ。予定の日程が一通り終わった後の総括は、実地研修の担当者も同席して行うらしい。
程無くイアンが帰って来て、数分後、メラニアがやって来た。その後に、ガルシアと──ロセフラーヴァ支部のギルド長、エイブラムが入って来る。ちょっと意外だが、新人研修の終わりだからだろうか。歩くたびに腹が揺れてるのがすっごい気になる。
メラニアは教壇のすぐ横に、ガルシアはジャスパーたちの隣に控え、エイブラムが教壇に立った。腹がつかえるからか、教壇から1歩下がった位置で胸を張る。
「初めて顔を合わせる者も居るな。私がこのロセフラーヴァ支部のギルド長、エイブラムだ。新人研修の受講、ご苦労だった」
言い方が一々尊大だ。偉そうな──いや、この場では一番偉いんだけど──顔で新人たちを見渡したエイブラムは、私を見た一瞬、ものすごく嫌味な笑みを浮かべた。
「では、新人研修の合否を発表する」
(…研修に合否なんてあったっけ?)
知識や経験が不足していると判断されたら研修日程が延長になるだけだったはずだけど。
…嫌な予感しかしない。
内心で呻いていると、エイブラムは勿体ぶった態度でもう一度全員を見回し──ギッと私を睨み付けた。
「──小王国支部所属、ユウ! お前は不合格だ! 以上!」
『えっ!?』
声を上げたのはジャスパーとキャロルとバリーと、私以外の新人たち。何かもう予想通り過ぎて変な笑いが出そう…。
1周回って冷静になっている私をよそに、真っ先に抗議したのはジャスパーだった。
「待ってくださいギルド長! 彼女は座学もきちんと終えていますし、ソルジャーアントの巣の殲滅も成し遂げました! しかも巣から成人男性を一人救出しています! 研修成果としては十分過ぎるでしょう!」
「それが問題なのだ」
エイブラムが冷笑した。
「研修の目的は何だ? 新人に知識を与え、経験を積ませることだ。特定の新人だけを華々しく活躍させることではない。今回のこの者の行動は、冒険者としては一流かも知れんが、新人研修においてはただの妨害行為だ」
「それはっ…」
「──しかも、聞けば先輩冒険者に毒入りの食べ物を食べさせたというではないか。これはどう考えても犯罪だ。衛兵に突き出さず、新人研修を不合格にしただけで収めてやるのはむしろ慈悲なのだよ」
言葉に詰まるジャスパーに、エイブラムがやれやれと首を横に振る。
なるほど、口はとてもよく回るようだ。物は言いよう、口八丁。
「…分かりました」
私は冷静に頷いた。
「新人研修は別の支部で受け直します」
「ゆ、ユウ!?」
「だって仕方ないでしょう。トップに不合格だなんて言われたら、もうどうしようもないし。別にこの支部で新人研修を受けなきゃいけないなんて決まりも無いし」
冒険者ギルドの規定に新人研修を受ける場所の制限は無い。まあ普通は冒険者登録した支部で新人研修を受けるからだけど。
だったら、改めて違う場所で研修を受け直すだけだ。この支部みたいに馬鹿げた文化の無い場所──例えば、この国の首都にある大きい支部とかね。
私がそう言ったら、エイブラムは一瞬鼻白んだ。まさかここまで冷静に返されるとは思っていなかったんだろう。
私はこの支部に忠誠を誓ったわけでも義理立てする理由があるわけでもないのに、この程度で動揺するとでも思ったか。
…まあ研修の受講料返せとは思ってるけど。
「そっ、そんなことをしようとしても無駄だ」
エイブラムが引き攣った笑みを浮かべる。
「私の名で、お前の『冒険者不適格書』を発行する。ギルドの全支部に、お前が冒険者として不適格であるという通達を出してやる」
「は?」
冒険者不適格書──確か、除名処分にするほどではないが、問題行動が多かったり言動が不穏当だったりする『不良』冒険者に関する情報を全ての支部に通達する、所謂『ブラックリスト』的なやつだったはずだ。
その書類を発行されると、ギルドでの基準報酬額が下がったり、特別な研修を受ける義務が生じたりと、冒険者にとって結構な不利益が発生する。何より、全てのギルド職員に白い目で見られるのは間違いない。
新人研修が終わる前にそんな書類を発行されたら、別の支部でも新人研修を終えられずに期限を迎え、冒険者登録が取り消される可能性が高い。
「今ここで頭を下げて、『二度とギルドの上にも先輩冒険者にも歯向かいません』と誓うなら、許してやらんこともないぞ?」
いや、何だそれ。ただのパワハラじゃん。どっかで聞いたような台詞回ししやがって。
ジャスパーたちが怒りを堪える表情をしている。新人たちが呆然としている。ガルシアとメラニアは…ああ、その真顔のふりして口元が笑み崩れてるの、すっごい腹立つ。
私は即座に腹を決めた。
「誰が誓うか、このド腐れ野郎」
「…ドっ…!?」
鼻で笑って返したら、エイブラムが絶句した。数秒後、ものすごい勢いで顔に朱が昇る。
「き──貴様! この私に向かってその暴言は何だ! 除名だ! 今すぐ冒険者を辞めさせてやる!」
直後──
「──いいえ、辞めるのは貴方の方です」
鈴が鳴るような涼やかな声が、講義室に響いた。