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69 アリの巣の中

「──キャロル!」

「ええ! みんな、ちょっとその場を動かないで!」


 ジャスパーが険しい表情で振り向くと、キャロルが即座に杖を構えた。


振動探査(エコーロケーション)!」


 地面の下を何かが走り抜け、キャロルが大きく頷く。


「──居たわ! 丁度ガルシアの真下、地下5メートル! 間違いなく人間よ!」

「っ!?」


 ガルシアが顔を引きつらせてその場を跳び退いた。少年たちが目を見開き、ユリシーズとシャノンは厳しい表情になる。


「備蓄食料として生かされていたんですね…」

「すぐ助けなきゃ!」


「地属性魔法──いや、危険すぎるか」

「直接入れないかしら?」

「巣の入口付近はともかく、備蓄庫は多分相当狭いぞ」


 ジャスパーたちが話し合っていると、



「あの! 俺に行かせてください!」



 手を挙げたのはフェイだった。


「俺ならチビだし、狭い所に入るのは得意です! 直接助けられなかったとしても、様子を見て来ることは出来ます!」


 確かにフェイは私と同じくらい小柄だし、まだ肩幅も狭い。大人が入れないような巣穴の奥まで行けるだろう。


「いや、だが…」

「お願いします!」


 言い淀むジャスパーに、フェイが頭を下げる。多分、ソルジャーアントの卵を盗んでトラブルを引き起こした責任を感じているんだろう。むしろフェイは騙された被害者なんだけど。

 ともあれ、流石に新人一人では危険すぎる。


「じゃ、私が一緒に行くわ」

「はあ!?」


 ならばと私が手を挙げたら、ジャスパーが目を剥いた。何だその反応。


「お前、あれだけ暴れておいてまだ動く気か!?」


 主婦の体力をナメてはいかんのだよ。──とは言い難いので、別の理由を並べ立てておく。


「だって最初に気付いたの私だし。私も小柄だし。2人で行けば大人も担いで来れると思うし」


 多分、私一人でも余裕で担いで来れるけど、補助してくれる人が居るとありがたい。アリの巣の中とか、入ったことないし。


「…一通り倒したみたいだけど、追加で孵化した個体と巣の中で出くわす可能性があるわよ?」


 ソルジャーアントは女王アリが産む卵で増える。普通のアリと違って卵から孵った時点でちゃんとアリの姿をしていて、すぐに動き出せるんだそうだ。厄介な。

 でも、


「1匹2匹だったら殴って倒せるよ」

「えっ」


 キャロルが目を見開いて固まってしまった。

 …いや、出来るよ? あれくらいの硬さなら。ユライトゴーレムより柔らかかったし…。


「大丈夫だキャロル。こいつなら()()

「…そ、そう…」


 『やる』が『殺る』に聞こえた気がするけどまあ良しとしよう。


 その後キャロルが、魔法の明かりを私とフェイの頭の上にくっつけてくれた。空中に浮かべると追尾させるのが難しいので、直接くっつけた方が楽なんだそうだ。見た目ちょっと間抜けだけど。


「じゃあ行ってきます」

「おう。気を付けろよ」

「危ないと思ったらすぐ帰って来いよ」

「は、はい!」


 心配そうに見守るキャロルと、声を掛けてくれるジャスパーとバリーに対して、ガルシアはそっぽを向いている。一応、フェイはお前の担当なんだが。


 ともあれ──行くか。



 巣穴の入口はかなり広い。女王アリは体長2メートルくらいあったから、出入りがしやすい方が良いのだろう。ごくりと息を呑むフェイの肩を軽く叩き、頷き合って巣穴に入って行く。

 少し進むと、陽の光が届かなくなった。魔法の明かりが照らす内壁は、思ったよりずっと綺麗に固められている。触れてもちょっと砂粒が手につくくらいで、崩れる様子もない。


「すごいね。アリが作ったとは思えない」

「はい…」


 奥へ進みながら、フェイも目を見開いている。中は思ったより広く、傾斜はそれなりにあるが歩きやすい。ちょっとした洞窟のようだ。


 いくつかの分岐を進んだ後、フェイは足を止めた。


「…ガルシアさんが立ってた場所の真下なら、こっちだと思うんですけど…」


 フェイが視線で示すのは、かなり狭い脇道。私たちの腰くらいの高さに入口があるのだが、高さも幅もかなり小さく、私やフェイがギリギリ這って進めるかどうかくらいだ。多分、女王アリが入ることのないエリアだろう。


 耳を澄ますと、すぐに声が聴こえて来た。


「だれか…いるのか…?」


 思ったよりずっと近い。脇道の中を覗き込むと、2メートルくらい先に靴が見えた。


「生きてる? 怪我は?」


 顔の方までは光が届かない。話し掛けると、足先がピクリと動いた。


「…分からない…動けないんだ…」


 多分麻痺毒が効いているのだろう。喋るのもきつそうだ。

 でも、確かに生きている。


「分かった。ちゃんと助けるから、もう少し頑張って」


 手を伸ばしても、足先に届かない。かと言ってこの狭さでは、私が中まで入って引っ張り出すのも難しそうだ。


(ロープとか持って来ればよかったかな…いや、縛り方によっては余計に危ないか。ロープの正しい結び方なんて知らないし)


 思い悩みながら視線を巡らせると、フェイと目が合った。…そうだ。


「フェイ、ここから入って、あの人の足を掴んでくれない? そしたら私が2人まとめて引っ張り出すから」


 つまりフェイをロープ代わりにする作戦だ。フェイが目を見開く。


「え? 出来るんですか?」

「出来る。…もし引きずるのが危なそうだったら別の方法を考えよう」

「…分かりました」


 フェイが肩をすぼめて脇道に上半身を突っ込み、そのままするすると匍匐前進で中に入って行く。

 そして、


「…大丈夫そうです! 足、掴みました!」

「分かった! ゆっくり引っ張るよ!」


 フェイの足は少し入ったところにある。覗き込むと、フェイの頭の上にある明かりに照らされ、少し中の様子が見えた。

 天井は低く、高さ50センチほどしかない。奥行きも幅も広いから、多分本当にエサを備蓄する部屋なのだろう。こんな所に、よく人間を運び込めたもんだ。

 …運び込んでから入口を狭くした可能性もあるか。奴ら、自分で巣穴掘るんだもんね。


 気を取り直して上半身を突っ込むと、フェイの足に手が届いた。両足首を掴み、慎重に引っ張る。魔物を倒す時と違って加減が難しい。フェイの足首を痛めないように、地面と擦れて怪我をしないように、力を調整しながらゆっくりと引きずり出す。


 やがて、フェイの上半身が出て来た。地面に足がつくと、フェイはほっと表情を緩める。


「フェイ、後は私がやるよ。ありがとう」

「はい!」


 フェイにどいてもらい、改めて私が引っ張って引きずり出したのは、若い男性だった。服装からして農村の住民っぽい。昨日ソルジャーアントのことを知らせてくれた村長が、『村の若者が様子を見に行ったきり、戻って来ない』と言っていたが、この人のことなのかも知れない。


「…ありがとう…ございます…」


 男性が掠れた声で言う。


「すぐ外に連れて行くね。──フェイ、私が背負うから、手伝ってくれる?」

「いえ、俺が運びますよ」

「ううん、私の方が重さには強いと思うから。フェイにはずり落ちそうになった時の補助と、見張りをお願いしたいんだ」


 ソルジャーアントの目をかいくぐって卵を盗み出した手腕といい、フェイは視野が広くて斥候向きだと思う。敵を早く発見出来れば対処も容易になる。適材適所というやつだ。


「ほら、ソルジャーアントの卵が孵化して、追加で出て来るかも知れないって言ってたでしょ?」

「わ、分かりました」


 この巣の中は決して安全ではないのだ。フェイが顔を強張らせて頷いた。






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