68 討伐完了
「お前ら、大丈夫か!?」
ジャスパーによるフェイへのお説教を聞いていたら、横から声を掛けられた。遅れていた2つのグループのメンバーが、慌てた様子で駆けて来る。
「おう。見ての通り、全員無事だ」
「『無事だ』じゃないでしょ!? 何で新人だけでソルジャーアント退治させてるのよ!」
講師の一人、魔法使いの若い女性が目を吊り上げてジャスパーに食って掛かる。
「本来なら私たちが倒すはずだったのよ!? せめてあんたが先頭に立つべきところを、こんな華奢な子にやらせるなんて!」
こんな華奢な子、と私を視線で示されて、ちょっとこそばゆい。確かに背は低いけど、『華奢』とか初めて言われたよ…。
しかしどうやら、2グループとも戦いを途中から見ていたようだ。新人少年たちの視線がちょっと痛い。ドン引きされてない? これ。
とりあえず、右手を挙げて主張しておく。
「あー、ゴメン。最初はジャスパーが行くって言ってたんだけど、私が止めた」
『はあ!?』
「だって剣じゃ斬れないし…」
「…いや、そりゃそうだが…」
もう一人の講師は見知った顔だ。魔物に関する補助講義の講師もしてくれているギルド職員で、元上級冒険者の壮年の重戦士──バリー。戸惑った顔でこちらを見て、その目がすぐに見開かれた。
「ちょっ…! お前!」
「へ?」
「麻痺毒!」
バリーが指差しているのは、私の左肩にべったり付着してる緑色の液体。
結構な量のソルジャーアントを叩き潰したので相応に体液も浴びたのだが、その中にこの変わった色の液体も含まれていた。叩き潰しても毎回必ず噴き出すわけじゃなくて、頭、それも大顎付近を粉砕した時に限り、飛び散るのだ。
そういえばソルジャーアントは獲物を狩る時、牙から麻痺毒を分泌するんだっけ。これがそうなのか。
私はポンと手を打った。
「なるほど。道理でさっきから何かピリピリするわけだ」
「キャロルー!!」
ジャスパーが叫び、女性の講師──キャロルが即座に杖を構えた。
「洗い流すから動かないで!」
「え、これくらい大丈夫じゃない? 牙で直接噛まれたわけじゃないし」
「ソルジャーアントの毒は経皮吸収されるのよ! ちゃんと覚えときなさい!」
キャロルの声と共に、頭上から大量の水が降って来た。
…洗浄魔法って、ケットシー以外でも使えたんだね。
魔法で洗われてすっきりしたところで、改めて全員がソルジャーアントの巣の前に集合する。
「──で、お前は何をしてたんだ」
バリーがガルシアを睨み付ける。ジャスパーがざっくり事情を説明してあるからか、明らかに叱責を含んだ口調だ。
「何をって?」
ガルシアは平然と訊き返す。ギルドのベテラン職員を前にしてもこの態度。どうしてこんな奴が上級冒険者なんて肩書き持ってんだろうな。
「とぼけるな。お前が担当していた新人がどれだけ危ない橋を渡ったか、知らないでも言うつもりか?」
「危ない橋? まさか」
大変腹の立つ薄ら笑いを浮かべ、ガルシアは肩を竦めた。
「俺はただこいつに『ソルジャーアントの卵は高く売れる』って教えただけだ。こいつが欲を出して勝手に卵を盗み出して、そこの女どもが勝手にソルジャーアントの群れを倒した。予定が狂ったって言うならこいつらのせいだろうが」
「そういう問題か!」
「そういう問題だろ? 今は新人研修中なんだぜ、バリーさんよ。今日の研修内容は『ソルジャーアントの巣の駆除の見学』だったはずだ。まともに見学なんて出来てたか?」
ニヤニヤと笑うガルシアに、バリーが一瞬言葉に詰まる。
確かに目的だけ考えたら、予定が半分以上狂ってしまったのは間違いない。けど、
「あのさ」
私は半眼で口を挟んだ。
「新人研修中だって言うなら、『実地研修中の新人の行動に関しては、その全責任を担当講師が負う』ってルールが適用されるって当然分かってるよね?」
「…は?」
「つまり、フェイが卵を盗むなんて行動を起こしたのはあんたの責任。その結果フェイが殺されそうになったのもあんたの責任。ソルジャーアントを新人だけで殲滅したのはジャスパーの責任」
「おい! …いや、そうだけどな!?」
突っ込んだり肯定したり忙しいなジャスパー。
「…ユウの言う通りだ」
バリーが咳払いして頷く。
「講師は新人が誤認するような指示紛いのことを言ってはならんし、間違った行動を取ろうとしたらすぐ止めなきゃならん。命を預かってるんだからな」
「んな大袈裟な」
「当たり前でしょ、講師なんだから」
ヘラヘラ笑うガルシアに、キャロルも柳眉を吊り上げる。
「実際今、貴方の言動でフェイが死に掛けたのよ。…貴方、講師なのにニヤニヤ笑って見てたじゃないの。責任放棄どころか、仲間を意図的に危険に晒した裏切り行為だって訴えられてもおかしくないのよ」
「は?」
「目撃者ならいくらでも居るしな」
「なんだったら、今日ギルドに正式に訴えても良いんだぜ」
「んな!?」
この馬鹿、どうやら本当に講師としての自覚がなかったらしい。自分以外の講師陣全員に詰められて絶句するガルシアを心底呆れた目で眺めていると、
──…か……
(…?)
何かが聞こえた。
ソルジャーアントの金属を擦り合わせたような鳴き声でも、外殻が軋む音でもない。何かこう、もっとナマモノっぽい──
──…す、け…──
「…!?」
私は思わず背後を振り返った。そこには誰も居ないのに、確かにそちらから声が聴こえた。
そこにあるのは、空っぽになったはずのソルジャーアントの巣の入口だけ。
(…エサにされた人間が化けて出た?)
──いや。
ソルジャーアントは獲物を狩る時、麻痺毒を使う。それはつまり、獲物を生きたまま巣に運び込めるということで──
脳裏に閃くものがあり、私は巣の入口に駆け寄った。突然の行動に、ジャスパーたちが戸惑った顔でこちらを見る。
「ユウ、どうした?」
「まさかまだ生き残りが?」
「シッ…」
静かにするよう身振りで示し、沈黙すること暫し。
──…だれか……
ようやく意味の分かる言葉を拾い、私は顔を強張らせて振り返った。
「──巣の中に、生きてる人が居る!」
『!?』
「なんだと!?」