67 【ジャスパー視点】規格外の新人たち
閑話ではありませんが、構成の都合上、主人公ではなくジャスパー視点です。
「全部倒せば良いんでしょ」
「……は?」
ユウのとんでもない発言に、俺の思考が停止した。
倒す? 全部? …ソルジャーアントの群れを?
「シャノン、ユリシーズ。私が出来るだけ引き付けるから、密集してるところに遠くから魔法ブチ込んで。私を巻き込むつもりで良いから」
「あ、危ないですよ!?」
「大丈夫。グレナ様の魔法で慣れてる」
…グレナ? 『焦熱の魔女』か?
確か小王国支部の前ギルド長で、元特級冒険者だが…まだ現役だったのか?
思わぬ単語がポンポン出て来て思考が追い付かない。俺が呆然としている間に、シャノンが覚悟を決めた顔で頷いた。
「…分かりました。気を付けてくださいね、ユウさん」
「…御武運を」
ユリシーズも真剣な顔で呟く。…俺の担当する新人、全員『新人』って胆力じゃねえ…。
ユウはにっこりと笑い、ウォーハンマーを構えて勢いよく飛び出した。
「フェイ! こっち!」
「ゆ、ユウさん!?」
「シャノンたちの後ろに隠れて!」
ソルジャーアントの群れに追われる少年──フェイが、必死の形相で駆けて来る。その手にはまだ、ソルジャーアントの卵が抱えられていた。日光浴のために地上に置かれていたとはいえ、複数匹のソルジャーアントが警備していた卵だ。新人がよく盗み出せたな…。
「!」
ユウがウォーハンマーを振り抜き、フェイを追う先頭のソルジャーアントを撥ね飛ばす。その勢いは予想以上だった。剣なら容易く弾く硬い外殻が軽々と粉砕され、頭と胴体がバラバラに宙を舞う。
後続の一匹が金属をこすり合わせたような耳障りな鳴き声を上げ、大量の複眼が一斉にユウに向けられた。ユウの目論見通り、注目を集めることには成功したようだ。だが…
(一人で捌けるのか…?)
ユウはさらに数匹を粉砕し、大きく右に逸れながらソルジャーアントの群れを誘導する。俺の心配をよそに、冷静そのものだ。
「…っ!」
難を逃れたフェイが俺の横に滑り込んで来た。振り返り、ユウがソルジャーアントに追われているのを見て目を見開く。
「ゆ、ユウさん…!」
「出て来ちゃダメだよ!」
声を上げるフェイを、ユウがウォーハンマーを振るいながら制止する。
「うっかり私の間合いに入ったら洒落にならないからね!」
(…そういうことか)
俺はようやく理解した。
ユウのウォーハンマーの間合いは広く、この状況では加減が出来ない。腕に覚えがあっても勝手の分からない人間が近くに居てはかえって邪魔になる。
1人では無謀、ではなく、他の人間が居たら危険、なのだ。
「ユウ! 危なくなったら俺が出るからな!」
「よろしく!」
俺が告げると、すぐに答えが返って来た。
正直、剣士の俺ではソルジャーアントとは相性が悪い。あの外殻を俺の剣で斬り裂くのは無理だ。現状、それを粉砕出来るユウが最大戦力なのは間違いない。
それに──『的』は1つの方が狙いやすい。
「──風刃!」
シャノンの声と共に魔力が膨れ上がり、ユウのすぐ右側に迫っていた数匹がいきなりバラバラに切り裂かれた。
風属性の初級攻撃魔法──で、良いんだよな? ちょっと俺の知ってる『風刃』と威力が違うんだが…。
さらに、
「焦炎!」
ユリシーズが放ったのは火属性の中級魔法だった。
一瞬前までユウが居た場所、ソルジャーアントが殺到する地点に突き刺さり、周囲を巻き込んで火柱が上がる。
「シャノン、ユリシーズ、ナイス!」
一歩間違えれば巻き込まれていたはずなのに、ユウはにやりと笑って追撃を繰り出す。連携の取れたパーティでもここまでギリギリの間合いで魔法を撃ち込むことはまずないのだが、この新人たちには常識が通じないらしい。
何の警告もなかったのに、ユリシーズの魔法が炸裂する直前に効果範囲外まで逃げたもんな、ユウ。
背中にも目がついてるのか?
──そんな連携を続けるうち、ソルジャーアントの数は目に見えて減って行った。警備していたアリの数を見る限り、ここの群れの規模は推定100匹ほど。目算で、既に7割程が倒されている。恐ろしい手際だ。
だが、そろそろ…
──グルアアアア!
それまでとは違う鳴き声がした。
巣穴から出て来た一際巨大な個体が、ユウを見て大顎をギチギチと鳴らしている。この群れのリーダー──女王アリだ。
「来た来た!」
ユウは待っていたと言わんばかりに目を輝かせる。…いや明らかに敵認定されてるし、大歓迎してる場合じゃないと思うんだが。
「シャノン、ユリシーズ! 女王アリに攻撃優先!」
「はい!」
「了解です!」
周囲のソルジャーアントを薙ぎ払ってユウが指示を飛ばすと、シャノンとユリシーズが即応した。
ユウが前線で暴れ回っているお陰で、2人にはソルジャーアントの注目は集まっていない。攻撃を叩き込む隙は十分にある。
女王を討伐すれば群れの統率が取れなくなり、討伐難易度は格段に下がる。多分ユウは、最初からそれを狙っていたのだろう。
…理屈は分かるが、無謀すぎやしないか。
(今更か)
女王アリの外殻は、普通のソルジャーアントに比べて格段に分厚く硬い。だが、魔法防御力はそれほどでもない。その証拠に──
「火槍!」
ユリシーズの炎の槍が胴体に大穴を開け、
「風刃!」
シャノンの風の刃がその大穴から内部をズタズタに切り刻む。
──ギイイイイィアアア──!
女王アリが前脚を目茶苦茶に振り回した。配下のソルジャーアントを巻き込んで暴れ回る巨体目掛け、ユウが跳躍する。
「砕けろ!」
斜め上から振り下ろされたウォーハンマーが、女王アリの頭部を鮮やかに粉砕した。体液が飛び散り、巨大な牙が根本から吹き飛んで地面に突き刺さる。
(一撃かよ…)
「よっし!」
ユウが快哉の声を上げ、着地しながら周囲のソルジャーアントを叩き砕く。ボスの統制を失った魔物たちは、一瞬で混乱状態に陥っていた。もはや討伐と言うより害虫駆除にしか見えない。
胴体の中身と頭部を失った女王アリは、なおも暫くその場で暴れた後、ゆっくりと動かなくなった。
そこから残党を始末するのには、数分も掛からなかった。最後の1匹を叩き潰したユウが、ふう、と息をつく。
「…討伐完了、かな?」
「はい」
「お疲れさまでした、ユウさん!」
ユリシーズは冷静に、シャノンはやり切った笑顔で頷く。ユウは笑顔で応じた。
「シャノンもユリシーズもお疲れさま。すごい魔法だったね」
「グレナ様仕込みですから」
おい待て。シャノンの師匠、あの『焦熱の魔女』なのか?
…いや、それならあの威力でもおかしくないか。…おかしくないよな…?
100匹規模の魔物の群れをたった3人で倒し切った新人を前にすると、もはや何が常識なのか分からない。シャノンとユリシーズはユウと違って普通の新人だと思ってたんだが、全然普通じゃなかったわ…。
「ジャスパー、ソルジャーアントの討伐証明部位ってどこ?」
「あ、ああ。左の牙だ」
「わあ…。大分砕いちゃった気がする」
苦笑いするユウに、あの、とフェイが声を掛ける。
「…すみませんでした…!!」
根本原因である彼は、まだ後生大事にソルジャーアントの卵を抱えている。深く頭を下げた少年に、ユウがカラリと笑った。
「無事で良かったよ、フェイ。──でも、どうしてソルジャーアントの卵を盗んだの?」
「その…」
ユウの声に責める響きは無い。それでも、フェイは躊躇うように視線を彷徨わせた。
「……ガルシアさんに、ソルジャーアントの卵は高く売れるから優先的に回収するように、って言われて…」
「やっぱあいつか。……あいつかあ……」
スン、とユウの目が据わる。おいその切り替えやめろ、怖いわ。
「フェイ」
「は、はいっ!」
「新人研修だから指導員の指示に従わなきゃいけないのは分かるけど、実際にやるべきかどうかはちゃんと自分で判断してね。一歩間違えたらソルジャーアントに殺されてたよ?」
「……はい……」
ユウはあくまで軽い口調だが、フェイはさっと青くなって頷いた。自分がどんな状況だったか、ようやく理解したらしい。
ソルジャーアントは肉食性だ。実際、討伐しようと挑んだ冒険者パーティが数に任せた猛攻に耐え切れず返り討ちにされて、奴らのエサになるケースもある。
卵は希少な錬金術の素材になるが、入手したい場合は盗み出すのではなく、複数の冒険者パーティが組んで巣ごと討伐し、ついでに回収するのが基本だ。…本来なら。
(3人で女王アリまで始末した奴らが居るせいで、説得力が無い…)
フェイに解説しながら、俺は内心で困り果てた。
どうしてくれよう、この規格外の新人たちは。