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66 ソルジャーアントの巣

 新人研修5日目。昨日急遽(きゅうきょ)決まったテーマは『ソルジャーアントの巣の討伐』だ。


 新人向けにしては重いテーマに、実地研修担当の講師数名は難色を示したらしいが、例のチーム・盗み食いのリーダーとか中年の女性職員とかが『ギルド長の決定だから』とゴリ押ししたそうだ。

 まあ裏で糸を引いてたのはジャスパーと言うか、私たちですけども。フハハハ。



 ──そんなこんなで、街を出てから徒歩で1時間ほど。



 私たちは、村に近い丘陵の頂上付近から窪地を見下ろしていた。


「…すごい…」


 思わず感嘆の声を漏らす。


 窪地の底、一番低い場所に穴が開き、そこから黒光りするアリが出入りしている。穴の周囲には巣穴から運び出されたらしい土砂が積み上げられ、普通のアリの巣と同じような状況だ。遠目ではサイズ感が分からないが、あのアリ1匹1匹が中型犬ほどの大きさだという。


 巣を出入りするアリたちの他に、その周囲を徘徊するアリたちも居た。一定の間隔を保ち、いくつかのルートをぐるぐると回っている。巣の警備をする個体だろう。下手な人間の警備より統率が取れている。

 その警備ルートの内側、巣の周囲には、何やら白い球体がぽつぽつと置かれていた。巣から運び出されたゴミかと思ったら、何とソルジャーアントの卵だという。


「ソルジャーアントの卵はああやって、孵るまで定期的に日光浴をさせる必要があるらしい。温めているんだか刺激を与えているんだか、理由は分からんが」

「へえ…ちょっと意外」


 アリの卵といえば、アリの巣を引っ繰り返さないとお目に掛かれないイメージだ。


 子どもの頃、家の庭に敷かれていた防草シートをめくり上げたら下にびっしりとアリの巣が作られていて、そこに大量の卵があったのを思い出す。大混乱に陥ったアリの動きが気持ち悪すぎて悲鳴を上げて元に戻したが、一番驚いたのはアリたちの方だっただろう。スマン。


 …まあ今回、目の前に居る『アリ』は速やかに駆除されるわけだけど。


「ソルジャーアントは、剣だと相性が悪いんだよね?」

「おっ、よく知ってるな」


 確認したら、ジャスパーが感心したように頷いた。


「奴らの外殻は硬いから、剣戟が通りにくい。剣で倒そうと思ったら関節を狙うしかないな。通常は、ウォーハンマーなんかの打撃系武器で叩き潰す。──それから魔法防御力も比較的弱いから、魔法も有効だ。特に火属性魔法に弱い」


 まあ今回は俺たち講師陣が討伐するのを、新人が見学するって形だが、と続ける。


「一応、魔物の討伐経験があるか、腕に覚えのある新人は参加しても良いことになってる」

()()()使()()()関係上、私は参加必須だよね?」

「…まあそうだが…」


 ジャスパーが渋面を作った。この期に及んでそんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ。見た感じ、ユライトウルフより動きが鈍そうだし。

 …最上位種相当と一緒にすんなって?


「…でも、まだ全員揃ってはいないみたいですね」


 周囲を見渡して、シャノンが言う。大体同じ時間に出発したはずなのに、私たちともう1グループしか到着していない。あと2グループあったはずだが。


「先に南の村に立ち寄ってるんだろう。俺たちは昨日話を聞いてたから直接ここに来たが、本来は先に依頼人とか、情報を持ってる人間の話を聞くもんだからな」

「なるほど」


 ということは、先にこっちに来ていたもう1グループの行動がおかしいということになる。

 …あ、あのグループの講師、チーム・盗み食いのリーダーのガルシアじゃん。あれが指導担当って、あのグループ大丈夫かな、色々と。



「…あれ…?」



 視界の端で影が動いた。見れば、もう1グループの方から少年が一人、そろそろと窪地を下り始めている。


「あれって…フェイ?」


 新人研修を受ける仲間の一人。確か、気配を消すのが得意だと言っていた少年だ。岩や茂みの陰に上手く隠れながら、少しずつソルジャーアントの巣の方へ近付いて行く。

 ジャスパーが眉を顰めた。


「…何してるんだ、危ないぞ」


 ソルジャーアントはまだ気付いていない。しかし、見付かったら最後、巣を警備しているアリたちが殺到するのは目に見えている。


「止めなきゃヤバいんじゃないの?」

「いや、この距離で声を掛けたら逆に見付かる。あいつが自分の判断で引き返してくれたら良いが…」


 ジャスパーの願いもむなしく、フェイは着々と斜面を下って行く。あっちの講師(ガルシア)は何をしているんだと思ったら、ニヤニヤと笑いながらフェイを見ていた。あの馬鹿、どうやらフェイを止めるどころか、ソルジャーアントの巣に単身近付くよう仕向けたらしい。何考えてんだ。


「ねえ、あの馬鹿講師シバいて良い?」

「後で俺がやっとくから心配すんな。それよりも今は──」


 ジャスパーが腰を低くし、剣に手を掛ける。いつでも飛び出せる態勢で様子を見守ること暫し。


 フェイはアリの警戒網の隙をついて巣のすぐ近くまで到達し、何とソルジャーアントの卵に手を出した。そっと一つ両手で掴み、ギュッと抱えて来た道を戻り始める。


「た、卵泥棒…?」


 シャノンが目を見開いて呟いた。


 確かソルジャーアントの卵は、錬金術の素材になるんだっけ。結構貴重だから高く売れる。でも──その行動はあまりにもリスクが高い。



 ──ギイ…。



 奇妙な音が聞こえた。


 巣の周囲を徘徊していたソルジャーアントのうち1匹が、卵のあった場所を触覚で確かめている。当然、盗み出された後なのでそこには何も無い。


 息を詰めて様子を見守っていると、そのソルジャーアントは唐突に天を仰ぎ、ギチギチと牙を動かした。



 ──ギイイイイ──!



 金属を引っ掻いたような鳴き声が響き渡り、周囲のソルジャーアントたちがざわりと反応する。気付かれた。


「ヤバいぞ…!」


 巣の警備をしていたソルジャーアントたちの周遊ルートが変わる。数秒後、茂みの陰に隠れていたフェイがソルジャーアントと鉢合わせした。『ヒッ』という小さな悲鳴と、それをかき消すくらいの大きな鳴き声が交錯する。



 ──ギィイイイイ!


「…!」



 フェイが弾かれたように駆け出した。真っ直ぐあちらのグループに合流しようとするが、あの馬鹿──ガルシアが罵声を浴びせる。



「馬鹿! ()()()()()()()!」


「…っ!?」



 フェイは愕然とした顔をしながらも、言われた通りにルートを変えた。斜面を斜めに駆け上がるように、反時計回りに走り出す。その後ろをソルジャーアントが追う。警備のアリたちが群れをなし、さらに巣からも次々ソルジャーアントが飛び出して来る。



「くそっ! 標的にされた!」



 ジャスパーが立ち上がった。


 ソルジャーアントに標的にされた生き物は、疲れ果てるまで執拗に追われる。1匹2匹倒したところで効果は無い。群れ全体に敵認定されているからだ。その行く末は──ソルジャーアントの食糧一択。


「ジャスパー、待って」


 今にも剣を抜きそうなジャスパーを制止し、私も立ち上がった。バツン、と背中のホルダーからウォーハンマーを外す。


()()()()

「は…!?」

「だって剣じゃ分が悪いんでしょ」


 ソルジャーアントは、打撃系武器で叩き潰すのが基本。先程自分で言ったのに、ジャスパーは目を見開く。


「無茶だ! この数だぞ!?」

「無茶でも何でも行くしかないでしょ。あの()鹿()()()は戦力外だし、あっちの新人はまだ討伐に出たことない子たちだし。私が一番向いてる」

「ソルジャーアントは執念深いんだ! 一度標的にされたら──」

「うん。だから」


 私はウォーハンマーを構えて言い放った。



()()()()()()()()()()()?」






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