65 農村からの依頼
「何だよジャスパー。邪魔すんな」
「こんなところで騒ぎを起こしたら、そりゃあ声も掛けるさ。ギルドの入り口だぞ?」
険のある視線をものともせず、ジャスパーが肩を竦める。チーム・盗み食いのリーダー──ガルシアは、通行人たちの視線に気付いて顔を顰め、ジャスパーを睨み付けた。
「──なら、お優しい筆頭冒険者殿がそいつの『お願い』を聞いてやるんだな!」
吐き捨てるように言い放ち、チーム・盗み食い御一行は街の門へと向かって行った。
…何か変な感じ。あいつら、何で薄ら笑い浮かべてたんだろ。
引っ掛かるところではあるが、とりあえず老人をギルドの中に案内し、食堂の一角を占拠して老人を椅子に座らせる。幸い、怪我は無いようだ。落ち着かなげに周囲を見渡しているのは、あまりギルドに来たことがないからだろうか。
「さっきは大変だったな。──俺はこのロセフラーヴァ支部所属の冒険者、ジャスパーだ。あいつらとは無関係だから安心してくれ」
「…は、はい。ご丁寧にありがとうございます。あっしは、南の農村で村長をしております、テッドと申します」
続けて私とシャノンとユリシーズも名乗ると、テッドはははあ、と感心したような声を上げた。
「こんなお若いお嬢さん方も冒険者とは…」
ぼそりと呟くのは、やっぱりこの年齢の男性にとって『女性は若いうちに結婚して家庭に入る』のが普通だからだろうか。…深くは突っ込むまい。
「それで、一体何があったんだ? 奴らに何か頼もうとしていたようだが…」
ジャスパーが用件を訊ねると、テッドは膝の上で皺だらけの手をギュッと握り、わずかに視線を落とした。
「…実は、うちの村の近くに、ソルジャーアントが巣を作ったようで…」
「何だと!?」
ジャスパーが顔色を変えた。
──ソルジャーアント。丁度昨日の補助講義で習った。基本種に分類される昆虫型の魔物だ。
1匹1匹は体長60センチから80センチくらい、形は普通のアリとほぼ同じ。つまり、見た目はただの巨大なアリ。ただし──肉食性で、3、4匹の群れで狩りを行い、人間も捕食する。
昆虫型なだけあって外骨格は硬く、剣で斬ることは基本的に不可能。打撃系武器で叩き潰すか、火魔法で焼き尽くすのが基本的な討伐方法だったはずだ。
「確かなのか…?」
「…はい。村の畑がある丘の向こう側の窪地に巣があるようです。発見者はうちの村の若者ですが……もう一度様子を見て来ると言って出て行ったきり、帰って来ませんでした…」
「そんな…」
シャノンが青くなった。
ソルジャーアントが厄介なのは、群れとして社会性があるという点だ。地面に巣を作り、周囲は常に警備のアリが徘徊し、近付く生き物はことごとくエサにされてしまう。群れの頂点は女王アリで、地上に常駐している働きアリをどれだけ倒しても、巣の奥深くに陣取る女王アリを討伐しない限り、群れはいくらでも復活する。
群れの規模は、小さなもので数十匹。最大で1000匹近い大所帯になることもあるそうだ。村の近くで発見されたばかりのようだから、流石にそんな大規模な群れではないと思うけど…。
ギルドでも『人里近くに巣を発見したら優先的に討伐せよ』と指示されている魔物だ。基本種と言っても、規模が大きくなればなるほど群れの根絶が困難になる。放置できる相手ではない。
…んだけど、さっきあのチーム・盗み食い、何か拒否してなかった?
「そうか…」
ジャスパーが難しい顔になった。何やら躊躇いがちにテッドを見て、
「…訊きにくいんだが、依頼料は用意出来るのか?」
「それは…」
テッドが視線を落とした。
「…その…分割で対応していただけたらと…」
「…だよ、な…」
「え、どういうこと?」
私が首を傾げると、テッドが肩を落として呟く。
「…我々の村には、冒険者の皆さんに即座に来ていただけるような依頼料を用意する蓄えがありません。皆さんの善意にお縋りするしか…」
「え…」
農村の予算に余裕がないのは理解出来るけど…そんなに?
私は思わずシャノンとユリシーズと顔を見合わせる。小王国支部でも農村からの依頼は受け付けてたけど、依頼料が払えないなんて言われたことはなかった。上位種から最上位種相当になるから今後依頼料が跳ね上がると話した時も、『以前の水準に戻るんですね』とあっさり頷かれたくらいだ。
この国の農村は事情が違うんだろうか。首を捻っていると、ジャスパーが私たちを手招きし、少し離れたところでこっそりと教えてくれる。
「…農村からの依頼の場合、依頼料が跳ね上がるんだよ」
「え?」
「街の人間が依頼した場合のおおよそ5倍の金額になるんだ」
「は!? 何それ、足元見てるにも程があるじゃん」
「そういうルールなんですか…?」
「いや有り得ないって。そんな規程無かったもん」
シャノンの疑問に、私は即座に首を横に振る。ユリシーズも頷いた。
「…私もそんなルール知りません…」
「だよね?」
「……これがこの支部の現実でな…。俺も少し前に別の村の村長から依頼料を聞いた時は驚いた。冒険者に支払われる報酬は同じだから、多分どっかで中抜きされてるんだと思うんだが」
「それただの汚職…」
「そうなんだよな…」
いや、深く頷いてる場合じゃないって。放置してたら大変なことになるんじゃないの?
私は文句を言い掛けたが、ジャスパーは軽く手を掲げて押しとどめる。
「分かってる。放置する気は無い。今、証拠を集めてるんだ。近々ギルド本部に報告する」
本来ならギルド職員が動くべきところを、ジャスパーが既に動いていたらしい。見た目以上に苦労人だったようだ。
「…分かった。頑張れジャスパー」
「…ありがとよ」
ジャスパーが苦笑して、テッドのところに戻る。
「すまん、待たせたな。──状況は分かった。…で、どうやって依頼を受領してもらうかだが…」
「はい…」
ジャスパーが頭を捻り、テッドが祈るように視線を落とす。そこで、ユリシーズが小さく手を挙げた。
「…あの」
「うん? どうした、ユリシーズ」
「ソルジャーアントの討伐…明日の実地研修のテーマにしたらどうでしょうか?」
『えっ』
「明日は街から少し離れたところで研修の予定でしたし…講師の皆さんが手本を見せる、という体にすれば…」
「あ、なるほど!」
新人研修の討伐依頼は本物の依頼人からの依頼ではなく、ギルドからの依頼だ。それでも魔物を実際に討伐するのは同じだから、これを実地研修のテーマにしてしまえば、村は依頼料を支払わずにソルジャーアントを討伐出来る。
ポンと手を打つ私に対して、ジャスパーはちょっと顔を引きつらせている。
「おい待て。ソルジャーアントの巣の駆除は中堅以上のベテラン冒険者が複数で掛かる仕事だぞ。新人研修には荷が重いって却下される可能性の方が高い」
「それはジャスパーの交渉力次第じゃない?」
「…お前、他人事だと思って…」
苦虫を噛み潰したような顔になるジャスパーに、私は人差し指を立てた。
「じゃあ交渉材料を一つ追加しよう」
「うん?」
「小王国支部のユウが『魔物の討伐が簡単すぎて退屈』って文句垂れてたから、ちょっと難易度の高い討伐を経験させてやって欲しい、って言ってみて。多分簡単に釣れるから」
『はあ!?』
結果──
「…釣れたわ。明日の実地研修は『ソルジャーアントの巣の討伐』で決定」
「わあ…」
「簡単に行きましたね…」
「ね、言ったでしょ?」
「…言った通りだったのが納得いかん…あいつらいつからこんな馬鹿になったんだよ…!?」
残念。前からだと思うよ。