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64 スライム討伐体験

「何かすっごい無害そうだけど、やっぱり素材として便利だから狩られるの?」

「それもあるが、街に侵入されると厄介だってのが大きいな」

「厄介、ですか?」


 魔物図鑑には、スライムに関してそれほど詳しい記載は無かった。昨日と一昨日の午後に私が受けた魔物に関する補助講義でも、『皆さんご存知』と軽く流された程度だ。

 首を傾げる私とシャノンに、ジャスパーは丁寧に解説してくれる。


「スライムは雑食性でとにかく何でも食べるんだが、たまに()()()()()()()()()()()()()()()やつが居るんだ。…例えばミスリル銀とか、街の外壁に使われてる石材とか、モルタルとか…な」

「えっ」


 明らかに食べ物ではないものが出て来た。石材とかモルタルとか食べられたら建造物倒壊の危機だし、ミスリル銀なんか食われた日には持ち主が発狂するんじゃ…。


「幸い、生きているものを直接食べることはないんだけどな。過去にはどこぞの城に侵入して金だけを食い荒らした猛者もいるらしい」

「うわあ…」

「…なるほど、理解した」


 それは敵だわ。とりあえず街近郊に出たやつは始末しとけってなるわ。だって見た目で『こいつはアレを食べる』とか分からなそうだし…。


「じゃあ早速…とりあえず潰せば良い?」

「いや待て、早まるな」


 ウォーハンマーを構えたら、ジャスパーに止められた。


「スライムは基本、全身が素材になる。討伐証明部位も『ボディ』だしな」

「ええ…」


 それじゃあウォーハンマーは使えない。どうしたら良いのかと思っていると、ジャスパーは地面に落ちている長めの枯れ枝を拾い上げた。


「スライムの討伐は『コア』を潰すのが一番手っ取り早いんだが、体内に溶解液が詰まっているから自前の武器は使わない方が良い。長めの枝で突き刺すのが一番確実だ」


 思ったよりずっとワイルドな方法だった。攻撃手段が現地調達とは。


「スライムのコアって、この真ん中のちょっと白っぽい丸いのですか?」

「ああ」


 シャノンがスライムの体内中央、白く濁った部分を指差す。

 スライムは意外と小さい。大体ハンドボールくらい──両手で持ち上げられそうなサイズで、全身ほぼ透明だが、体内にゴルフボールくらいの白っぽい球体が浮いている。そこを破壊すれば倒せるそうだ。


「ちょっとやってみるぞ」


 こういう感じだ、とジャスパーが勢いよくスライムに枝を突き刺し、素早く離れると、数秒遅れて突き刺したところから透明な液体が溢れ出て来た。ボディを覆うように伝い落ち、地面や下草に触れるとジュワッと音を立てて発泡する。


「うわあ…溶けてる…」


 予想以上の反応性だ。多分、溶解液はものすごく強い酸か何かだろう。スライムを突き刺した枝も、先端から黒っぽく変色してボロボロになっている。

 なるほど、これは剣とかで刺しちゃダメだ。一発で使い物にならなくなっちゃう…。


「手頃な枝が無かったら、石なんかを投げても良い。ただし、溶解液が噴き出しても浴びずに済む位置から投げること。コントロールに自信がないならやめておけ」


 ジャスパーのアドバイスに従い、それぞれ良さそうな枝を確保してスライムの討伐に挑戦してみる。スライムは1匹居たらその周囲に複数居ることが多いそうで、実際すぐ見つかった。


「…えい!」


 まずシャノンが試すが、表面がぽよんと変形しただけで、刺さるには至らない。意外と表面がしなやかで丈夫なようだ。


「もう少し勢いをつけて大丈夫だぞ、シャノン」

「は、はい!」


 私も別の個体に狙いをつけて、サクッと──



 ──ドスッ!



「わあ!? 貫通した!」

「お前は勢いつけすぎだ!」

「んな理不尽な!?」


 加減したつもりだったのに、枝は上面から底面まであっさり貫通し、スライムを地面に串刺しにしてしまった。引き抜くより早く枝が体内で溶け、上からも下からも溶解液が溢れて来て、私は慌てて手を離す。


「…とまあ、力加減を間違えるとこうなる。穴が2ヶ所開くと素材としての買い取り価格も下がるから気を付けろよ」

「それを先に言え!」


 まるで私が悪い見本みたいじゃないか。…確かに今のはちょっと失敗したけど!


 その後、気を取り直してリトライすること5回。ようやく力加減を掴み、上面だけに穴を開けることに成功した。なおシャノンは最初の1匹に3回挑んで成功、ユリシーズは1発クリアだった。

 まさか『剛力』が足を引っ張ることになるとは…。


(くそうギルド長め、フラグ立てやがって)


 新人研修の話をされた時、『ユウの場合、魔物をうっかりミンチにして再試験、ってことは有り得るかも知れない』とか言われたのを思い出す。穴を多めに開けちゃっただけで、ミンチにはしてないけども。


「──よし、全員コツは掴んだな」


 ジャスパーが満足そうに頷いて、ウエストポーチから防水袋を取り出した。


「スライムの死体──ゴホン、ボディの持ち運びには、この防水袋を使う。スライムの体表には溶解液が残ってるから直接触らないように、こうして…」


 防水袋を引っ繰り返して手を突っ込み、簡易的なビニール手袋のようにして、袋越しにスライムを掴む。そのまま再度袋を引っ繰り返して元に戻せば、スライムの回収完了だ。


「回収出来たら、袋の口はちゃんと縛るか、中身が飛び出さないように手で持って持ち運ぶこと。1袋に2、3匹入れても良いが、溢れたら大惨事だから欲張らないようにな。1袋につき1匹がオススメだ」


 スライムを素材にして作った袋でスライムを運ぶ。なんともシュールな光景だ。


「ちなみに、こうしてスライムを運んだ防水袋は再利用出来る。袋ごとギルドに提出すれば、ギルド職員がスライムを素材として処理した後、袋の中を綺麗にしてカウンター横に置いてくれるから、次にスライムの討伐に出る時はそのカウンター横の袋を借りて行けば良い。ただしたまに穴の開いた袋が紛れていることがあるから、借りて行く時に穴が開いてないかどうかちゃんと確認するようにな。穴が開いてて自分が溶解液で怪我しても、自分の責任になるぞ」


 スライムは初心者向けの魔物だが、需要があるのでギルドの方で討伐の後援をしているそうだ。防水袋は錬金術師が作るから、結構お高い。初心者が何袋も買おうとしたら財布の中身が空になってしまう。こういう支援制度は大事だと思う。


 穴が開いてるかもっていうのはちょっと怖いけど。こっちの防水袋ってあっちの世界のビニール袋と違って結構分厚いのに、どんな扱いしたら穴が開くんだろ…。


「──つーわけで、スライムの討伐はこれで完了だ。一旦ギルドに戻って、依頼完了手続きをするぞ」


 私もシャノンもユリシーズも既に複数回依頼をこなしている身ではあるが、新人研修の制度上、一連の流れをきちんと経験する必要があるらしい。ジャスパーは『省略するともっと面倒だからな』と肩を竦めていた。まあ私たち小王国組は1件1件受注と完了処理を繰り返す『普通の』依頼の流れってしたことないから、丁度良い経験になる。



 そうして街に戻って来ると、ギルドの前ではちょっとした騒ぎが起こっていた。


「…お願いします…!」

「だから、無理だっつってんだろ!」


 ガタイのいい大剣使いが怒鳴りつけているのは、やせ細ったご老人。服装からして農夫だろうか。擦り切れたズボンにぼろぼろの靴、ほころびが見える長袖の上着。大剣使いに必死の表情で縋っている。


「…何やってんだ…?」


 ジャスパーが眉を顰める前で、大剣使いがご老人の手を乱暴に振り払った。老人が大きくよろめいて尻餅をつき、周囲で様子を見ていた大剣使いの仲間らしい冒険者たちが薄ら笑いを浮かべる。

 私とシャノンは即座に老人に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「…は、はい…」


 私が助け起こし、シャノンが声を掛けると、老人は驚いた表情を浮かべながらも頷く。こちらに注目が集まる中、ジャスパーがつかつかと歩み寄って来た。


「ガルシア、どうしたんだ」


 ご老人を振り払った奴に声を掛ける。


 …あれ、こいつヒイロコガシおにぎりの件で講義室に怒鳴り込んで来た奴じゃん。ってことは、周りのお仲間は毒おにぎり食べて泡吹いて転がってた連中か。


 新人冒険者だけじゃなくて、一般の人にもこんな態度取るんだ。へー。ほー。ふーん。





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