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63 実地研修

 『毒おにぎり』事件後、予想に反してギルド長からの呼び出しは無かった。


 その日の午後の魔物に関する補足講義も、翌日の座学も平穏そのもの。…嵐の前の静けさとか言ってはいけない。


 3日目午前の確認テストでは、全員無事に合格をもぎ取った。初日のテストとは違い、私にもちゃんと他の新人と同じ問題が配られたらしい。問題は基礎的なものだけで、真面目に講義を受けていれば全て解答出来る内容だった。


 そして今日、新人研修4日目から、実地研修に入る。


 実地研修では新人2、3人に対して講師の資格を持った冒険者もしくは冒険者上がりのギルド職員が1人、指導員として付き、主に近隣の魔物の見学とお試し討伐を行うそうだ。今日は街の近郊、明日は少し離れた場所を探索するらしい。


 私の班は私とシャノンとユリシーズ、指導員はジャスパーだ。女性だけ固められている感がものすごくあるが、深くは突っ込むまい。


「さて──」


 街から少し離れたところで、ジャスパーは私たちに振り返った。


「まずはお互いの戦い方の確認だ。冒険者は基本、パーティを組んで行動する。今回の研修ではお前たち3人がパーティ、俺がバックアップだ。仲間がどう戦うのかきちんと把握して、役割分担を考えてくれ」


 おお、ちゃんと講師っぽい。


 そういえば小王国で初めて討伐に出た時も、扱う武器の種類とか動き方とかみんながそれぞれ教えてくれたっけ。ちょっと懐かしい。…まああっちの場合、基本戦術が『突っ込んで蹴散らす』だったから、役割分担なんてあってないようなもんだったけど…。


「まず一応俺からな。俺は見ての通り、長剣を使う剣士だ。身体強化なんかの補助魔法は使えるが、効果は自分限定。攻撃魔法は使えない。典型的な近距離タイプだな。──じゃあ次、ユウ」

「はいよ。私は魔法は全く使えない。武器はこのウォーハンマー。あと、()()()()()()()()()()

「は!?」

「スキル『剛力』持ちデス。…他の人には内緒な」


 にやりと笑うと、ぽかんと口を開けていたジャスパーがあー…と呻いた。


「…何か変だと思ったら、そういうことか…」

「道理で…」


 ユリシーズも納得の表情を浮かべている。


「…いやでも、本当に魔法が使えないのか? スキル持ちは軒並み高魔力持ちだって聞くが」

「私の場合、『剛力』使った時の身体の保護に無意識に魔力費やしちゃうから、魔法に使える分が無いんだって。出来れば私も魔法使ってみたかったんだけどねえ…」


 ファンタジー世界の醍醐味と言えば魔法だというのに、悲しいかな、私に魔法は『無理だね』というのがグレナの見立てだった。

 まあね。素手で岩砕いて無傷とか、ある意味魔法よりファンタジーな物理現象起こす体質だから仕方ないよね。


「ユウさんの場合、常時身体強化魔法が掛かっているようなものなので…」

「ああ…なるほどな。…っと、じゃあ次、シャノンな」

「あ、はい」


 シャノンが頷いて、シンプルな杖──長さ1メートルほどで先端に白い石がついた棒を掲げた。


「私は主に風魔法を使います。あと、回復魔法の適性もあるそうなんですが…勉強はこれからです。風魔法も、使えるのは初級だけになります」


 本人は恥ずかしそうにしているが、ジャスパーは軽く目を見開く。


「攻撃と回復、両方に適性があるのは珍しいな」

「そうなんですか?」

「ああ。普通はどっちか一方だ。そもそも回復術師は希少だし、騎士団でも自警団でも引く手数多だからなあ。この支部でも数人しか居ないし、攻撃も出来るとなったら引っ張りだこじゃないか?」

「ダメ。シャノンは小王国支部の所属だからね」


 勧誘したそうな雰囲気を出しているので釘を刺しておく。


「そもそも小王国支部、回復術師は今1人も居ないんだから。激レア人材引き抜き禁止」


 じろりと睨み上げたら、ジャスパーは慌てた様子で首を横に振った。


「引き抜こうとは思ってないって! …いや待て、回復術師が1人も居ないってどういうことだ?」

「言葉通りの意味だよ。小王国支部に居るのは、魔法剣士が2人と大剣使いが1人とウォーハンマー使いが1人と引退済みの魔法使いが1人と見習い魔法使いが1人」


 うち魔法剣士1人はギルド長なので、『現役の冒険者』で『討伐に出ている人材』となると、魔法剣士、大剣使い、ウォーハンマー使いの3人だけ。

 そう教えたら、ジャスパーとユリシーズが信じられないという顔をした。


「マジかよ…」

「…国で唯一の支部なのに、ですか…?」

「国っつっても人口はこの街より少ないけどね。──なんでも、この街に支部が出来た時、ここのギルド長が小王国支部に来て冒険者をごっそり引き抜いてったんだって。それでも残ってくれた人も居たらしいんだけど、何年か前にギルドの規約が改訂されて小王国に出る魔物の討伐報酬が基本種と同じになっちゃったのがトドメになって、冒険者が居なくなったらしいよ」


「ああ…あのルール変更か。あれで魔物鑑定士が常駐するようになったんだよなあ…」

「え? …あ、そっか。魔物の種類を確定しないと報酬が決められないからか」

「そういうこった。それまでは魔物鑑定士なんて、『物好きがやる仕事』『学者もどき』って陰口叩かれるような仕事だったんだけどな」

「ええ…」


 その扱いもどうかと思うが。

 体系立てて知見を集めるって大事だぞ、知識があれば魔物の討伐にも活かせるし。魔物図鑑だって魔物鑑定士が居なきゃ作れないんじゃないの?


「……」


 あれ、何かユリシーズが目ェ逸らしてる。脱線し過ぎたか。


「じゃ、最後はユリシーズだね」


 軽く咳払いして促すと、ユリシーズは頷いた。


「私は攻撃魔法と、補助魔法が少し使えます。火属性の攻撃魔法が得意です」


 持っているのは、杖──というか、錫杖。銀色の金属で出来ていて、先端の輪に、同じくらいのサイズのリングが3つついている。殴るのには向かなそうだ。魔法特化型、私とは真逆のスタイルだ。


「物理1人に魔法2人か。良いバランスだな」

「え、物理足りなくない?」


 と言うか、ジャスパーは頭数に入ってないのか。…指導担当でバックアップ扱いだからか。


「お前、前線で大暴れするだろ。不慣れな奴が2、3人居るより、お前1人の方が『壁役』としては適任なんじゃないか?」


 あ、ハイ。





 その後、街の近くに出る魔物を見物しようと歩き回ると、すぐにスライムと遭遇した。


「うわすごい。ホントに透明でプルプルしてる」


 茂みの中、地面に落ちているようにしか見えないゼリー状の物体。よく見ると内側に入った下草が茶褐色に変色し、シュワシュワと細かい気泡を上げている。どうやらお食事中らしい。とても平和だ。

 しゃがみ込んでまじまじと見詰めていると、ジャスパーが若干呆れ気味の表情になった。


「お前、魔物の討伐経験はあるんだよな…?」


 スライムはどこにでも現れるごく一般的な魔物らしいから、物珍しそうな私の反応が奇異に映るのだろう。が、


「小王国じゃ、ウルフ系とゴブリン系とゴーレム系の固有種しか出ないから。スライム見るのは初めて。ね、シャノン」

「はい。私も初めて見ました」


 シャノンの目も輝いている。


「え、マジか?」

「マジ」


 スライムを素材にして作られた袋や食品など多方面でお世話になっているので、生きているスライムにも何だか親しみが湧く。ネコとかイヌとか見た時のほんわかした感じじゃなくて、漁港を泳ぐイワシの群れを前にした時の感じだけど。…ゼリーの材料になるだけあって、見た目もそれっぽいな…。






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