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57 ロセフラーヴァ支部の実力者

「やるなあ、小王国支部の新人」


 食堂の椅子から立ち上がり、やって来たのは赤褐色の髪の青年だった。武器を見る限りでは、長剣を扱う剣士のようだ。

 その他大勢とは違い、酔っ払ってもいないしこちらを変に侮るような顔もしていない。一見派手な金色の目が、興味深そうにこちらを見た。


「大抵の奴は何の疑問も持たずに書いちまうんだが。誰かに忠告されてたのか?」

「いや。事前に規約を調べて、手続きの流れを把握してただけ」


 どこの支部にも規約を記した本はある。それを見れば、新人研修を受ける時の流れは大体分かった。…まあ文章読み解くのが滅茶苦茶面倒だったけどね。『規約』とか『法律』とかって、何であんな目が滑る文章になってるんだろうね。

 私が肩を竦めると、青年はちょっと驚いた顔をした。


「わざわざ規約を読んだのか? 面倒だろ、あれ」

「面倒でも、こうして役に立ったでしょ?」

「…確かにな!」


 青年が破顔した。笑うとちょっと幼い顔になる。どこか落ち着いた雰囲気だが、もしかして私より年下だろうか。


 ひとしきり笑った後、青年はこちらに右手を差し出した。


「俺はジャスパー。この支部を拠点に活動してる」

「どうも。私は小王国支部の新人冒険者のユウ。こっちは冒険者見習いのシャノン。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 握手を交わすと、手のひらがかなりごつごつしていた。デールやサイラスに近い、剣士の手だ。デュークとエドガーの印象が強すぎて身構えてたけど、この支部にもまともな冒険者は居るらしい。

 …いやまあ、『まともな冒険者』って判断できるほど、私も冒険者のイロハを知ってるわけじゃないけど。


「今日の宿は決まってるか? 一応忠告しとくが、ここの仮眠室はお勧めしないぜ」


 やっぱりか。ここまで言われると、ちょっと試してみたい気もするが…シャノンを巻き込むわけにはいかない。


「ご忠告どうも。宿は予約してあるから大丈夫だよ」

「しっかりしてるな」


 ジャスパーが片眉を上げる。この反応、私のこと年下だと思ってるな。まあ二十歳過ぎてから冒険者登録する人間はあんまり居ないらしいし、『新人』って言ったら大抵10代なんだっけ。…私が童顔だからってだけじゃないよね、きっと。多分。


「自分の身は自分で守れ、でしょ?」

「違いない」


 冒険者の心得を口にしたら、ジャスパーは苦笑した。


「──お待たせしました!」


 女性職員が焦った表情で戻って来る。渡された書類が『新人研修受講申込書』であることを確認し、必要事項を記入すると、女性はあからさまにホッとした顔になった。


「宿はお決まりですか? よろしければ、当支部の仮眠室がご利用いただけますが」

「宿は確保してあるので大丈夫です」


 ジャスパーが忠告してくれたそばからコレだ。

 笑顔で断りながら、この支部に対する警戒を一段階上げる。一体何を狙ってんだろうな。


「宿の場所は知ってんのか?」


 受付を済ませて踵を返そうとすると、ジャスパーから声が掛かった。私はちょっと眉を上げて向き直る。シャノンが少し警戒の面持ちをしているので、ちょいちょいと袖を引いて背後に庇っておく。


「地図は頭に入ってるよ」


 というか、ギルド最寄りの宿なので迷いようがない。ギルドの反対側3軒向こう、停車場から遠い側──って、これベイジルの『フェルマー商会』の真正面じゃない?

 私が内心で首を傾げていると、ジャスパーが苦笑した。


「そう警戒するなって。一応俺は、新人研修の講師を仰せつかっていてな。『小王国支部から来る新人』の実技担当なんだよ」

「あ、そうなんだ」


 気さくなのか軟派なのかと思っていたら、職務に忠実なだけだったらしい。それにしても、研修前なのに世話を焼いてくれる講師というのは珍しいと思うが。


 少しだけ表情を緩めて、改めて向き直る。


「講師って資格がないと出来ないって聞いたけど。その若さですごいね」

「若いって言っても、冒険者歴はそれなりに長いからな。それに、上級冒険者は自動的に講師の資格が与えられるってだけだ」

「上級冒険者」


 わあ、レアものだ。

 シャノンがちょっと背筋を伸ばした。


「この街は初めてだろ? 良かったら、後で安くて美味い屋台メシとか教えるが、どうだ?」

「…じゃあ、お言葉に甘えて」


 少し考えて、誘いに乗ることにする。


 …食堂の方から、良からぬ視線を感じるのでね。





 ジャスパーはギルドで待っているというので、先に宿に荷物を置き、身軽になってから改めて合流する。


 その頃には、完全に夜になっていた。いつもだったらみんなで夕食を食べている時間帯だ。どこからか肉を焼く匂いや香辛料の香りが漂っている。

 ジャスパーが案内してくれたのは、ギルドから少し停車場側に戻った広場だった。街の入口から一番近い広場だそうで、ここに出ている屋台なら大体どの店も美味しいのだという。


「裏通りなんかにも屋台はあるんだが味の保証はないし、たまに相手を見て吹っ掛けて来る悪徳店主も居る。数日の滞在だったら、この辺の屋台が安全だ」

「なるほど」


 広場は出店料がそれなりに掛かるので、相応の売り上げがある店、つまり一定以上の品質の店でないと出店出来ない。よくできた仕組みだと思う。


 香辛料をきかせた鶏肉の串焼きと野菜たっぷりのクレープのようなものを買い込み、広場の端にあるベンチに座る。

 飲み物はジャスパーの奢りで、柑橘系の果実水だ。お酒でないのはちゃんと確認した。ジャスパーの目の前で確認したので、本人は苦笑していたが。


「子どもに酒飲ませるような大人に見えるか?」

「ロセフラーヴァ支部のことは()()聞いてるから」


 今、私のことも子ども扱いしたな。

 少々思うところはあるが、軽く嫌味を返すに留めておく。

 ジャスパーは気を悪くした風もなく、ああ…と呻いた。


「色々、なあ…。そっちのギルド長が来てた時も色々あったしな」

「ジャスパー、うちのギルド長と会ったんだ」

「ああ。一応これでもここの支部の筆頭冒険者なんでな。鑑定魔法とやらが正しいかどうかを検証するのに、俺が倒した魔物を使いたいって言われてな」


 串焼きを頬張り、ジャスパーが遠い目をする。


「…基本種ならともかく、上位種も安定して狩れる奴は限られてるしな。他のパーティは不在だったし、俺が出張るしかなかったわけだ」

「そりゃご愁傷様。大変だったね」


 ということは、あのチャーリーとギルド長との不毛な掛け合いにも巻き込まれたのか。大変だっただろうね。主に精神面で。

 そう思ったのだが、ジャスパーは全く違うことを言い出した。


「いや…正直、俺の出番は無かった」

「え?」

「──あのギルド長、おかしいだろ。何で単騎で上位種が率いる群れに突っ込んで行って、無傷で殲滅出来るんだ? 魔法剣士なのに、魔法の展開速度も威力も本職の魔法使い以上だし…」


 あ、そっちか。


 聞けば、上位冒険者でも単独では上位種が混ざった群れには苦戦することが多いそうだ。怪我をして当たり前、無傷で済むことはほぼない。

 まあ基本、冒険者ってパーティ組んで行動するもんね。その方が効率良いし、確実だし。ギルド長の場合は、剣も魔法も使えるから多少無茶でも何とかなるんだろう。


 …それに小王国はデフォルトで上位種か最上位種相当の魔物しか出てこないからね。上位種が率いる()()()()群れなんて、蹂躙してなんぼくらいの感じかも…。


「うちのギルド長、魔法剣士だけど本来は魔法の方が適性あるらしいよ。あと、小王国支部は人手が足りないから、ギルド長自身も他の冒険者と一緒に毎日討伐に出てる。実戦に慣れてるってのもあると思う」

「は? 毎日!?」


 ジャスパーが目を剥いた。この支部は所属する冒険者の数も多いから、毎日討伐に出る奇特な人間は居ないんだろうな。多分、やりたい依頼だけやってても許される。ちょっと羨ましいけど…依頼者の立場で考えると、選り好みされるって微妙…。


「あっち人居ないから。来た依頼は全員で片っ端から片付けて行かないと間に合わないんだよ」

「…マジか…」


 そこ、絶妙に哀れんだ目で見るのをやめなさい。





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