54 ギルド長帰還
翌日、ギルド長がようやく帰還した。
「ようお前ら! 帰ったぞー!」
『遅い!!』
ギルドの扉を開けて陽気に手を挙げたギルド長に、私たちは一斉に殺気立った視線を向ける。ギルド長が思い切り怯んだ。
「お、おう、何かスマン…?」
あっ。
「………いやゴメン。ただの八つ当たり。おかえりギルド長」
『おかえりなさい』
深呼吸して気持ちを切り替え、改めて挨拶を返す。デールとサイラスも少々決まり悪そうに追随した。
「何だ、何かあったのか?」
荷物を床に放り、ギルド長が私たちに視線を向ける。何かもなにも、と私は溜息をついた。
「…数日前に『勇者()』が精霊馬に乗って騎士団と一緒に南方面を見回りました、マル」
「……ああ…やったか……」
出来ればやめて欲しかったんだが、とギルド長が肩を落とした。この報告だけで全てを察するあたり、お互いの理解度がとても高まっていると分かる。嬉しいような切ないような。
「で、大丈夫だったのか?」
「昨日北に混合群が出て来て、今日は討伐依頼がぐっと減ったから、ヤマは越えたと思う。グレナ様とルーンたちが全面協力してくれた」
「そうか…少ない人数でよく踏ん張ってくれたな。グレナ様とケットシーたちには後でオレからも礼を言っとく」
頷くギルド長に、デールが声を掛けた。
「ギルド長。それで、魔物の鑑定の件はどうなったんですか?」
「ああ。オレの鑑定魔法が有用だとようやく認定されてな。後はこっちでゴブリンとウルフとゴーレムをいくらか倒して鑑定魔法を使って、その結果を魔物鑑定士に記録してもらえば調査は完了だ」
「…結局また倒すんですね…」
「…あれ、ってことは…」
サイラスが視線を巡らすと、バーンとギルドの外扉が開いた。
「──私を呼んだか!?」
「呼んでない」
「即答しないでくれたまえ!」
大仰なポーズを取って現れたチャーリーに私がズバッと答えたら、途端に抗議された。面倒だなこの男。
チャーリーはカツカツと足音を立ててこちらに近付き、むん、と胸を張った。
「私が来たからには安心してくれたまえよ。カルヴィンの鑑定魔法の結果をしかと記録して、新種登録してやろうではないか」
「あーはいはいオネガイシマス」
「新種登録は魔物鑑定士の功績になるからなー」
「え、ギルド長の鑑定魔法の功績にはならないんですか?」
「新種登録手続き自体が魔物鑑定士にしか出来ないんだよ」
「それって実績の横取りになるんじゃ…」
「君たち、失礼にも程があるとは思わんかね!?」
チャーリーが必死に訴えているが…うん、何と言うか、
『これくらいで丁度良い気がする』
「なにー!?」
「…お前ら、強くなったなあ…」
私とデールとサイラスの声が見事に重なるとチャーリーが目を剥いて叫び、ギルド長がしみじみと呟いて──表情を切り替える。
「──さて、というわけで、明日以降の予定だが…」
ちらり、視線がこちらを向いた。
「実はちょっと問題が発生していてだな」
「?」
「ユウと、それからシャノン。2人には、隣国のギルド支部に行って来てもらいたい」
「えっ」
私が思わず声を上げると、ギルド長は決まり悪そうに頭を掻く。
「長いこと新規の登録希望者が来なかったんで忘れてたんだが…新人冒険者は、冒険者の心得を学ぶ研修を受けなきゃならないんだ」
「え、俺らそんなの受けてませんよ?」
「デールとサイラスが登録した時にはまだ研修制度自体が無かったんだよ」
近年、冒険者同士が諍いを起こしたり、一般人に乱暴をはたらいたりする事例が増えた。そのため、冒険者の心得を叩き込む『新人研修』が義務化されたそうだ。
…多分、デュークとエドガーみたいなのが大量発生したんだろうな…今もあんなのが居るってことは、研修自体の有用性もちょっと疑問だけど。やらないよりはマシなのか。
「うちの支部には講師の資格を持った人間が居ないからな。新人研修は、隣国商業都市の支部で受けてもらう必要がある。冒険者見習いも扱いは同じだから、シャノンも対象だ」
なるほど、前チャーリーと話してる時にチラッと言ってたあれか。面倒だな。
「…とりあえず、シャノン呼んで来る。本人にちゃんと話してやってよ」
「分かった」
シャノンは今日、キッチンでノエルの手伝いをしているはずだ。キッチンに顔を出すと、親子がきょとんと首を傾げた。
「ユウさん、どうしたの?」
「今、ギルド長が帰って来たんだけど、シャノンに話があるって。…あ、ノエルにも聞いてもらった方が良いかな。今からホールに行ける?」
「ええ、丁度きりが良いところだから大丈夫」
今までこんなことは無かったから、シャノンの表情が硬い。ノエルは真剣な目をして、コンロを止めた。
連れ立ってホールに戻ると、挨拶もそこそこにギルド長がノエルとシャノンに事情を説明する。
「新人研修…」
一通り話を聞いたノエルは、何故か少しだけホッとした顔をした。
「…てっきり、正規ではない方法で職員になった私と、一度も討伐に出ていないシャノンのことが問題視されたのかと…」
「そんなことあるわけないだろ。支部の職員の雇用方法はオレが決めることで、ノエルはオレが許可して職員になったんだ。それに、シャノンのように魔物の討伐に参加しないで別の方法で貢献している冒険者はいくらでも居る。冒険者への依頼は、普通なら討伐より他の仕事の方が多いんだからな」
ギルド長がきっぱりと言った。こういうところ、良い上司だなって思うよ。時々、いや結構抜けてるところもあるけど。
「…それで、新人研修のことだが…研修期間は最低でも5日。筆記と実技に合格できなければもっと延びる可能性がある。まあ、延長になる新人はほとんど居ないらしいが」
「そうでもないぞ。不真面目な者や実力不足の者は10日掛かっても合格できないこともある」
「うるせェ黙ってろチャーリー。ユウとシャノンなら延長なんざ有り得ないんだよ」
何だかギルド長が過大評価している気がする。いやまあ、シャノンは真面目だし、私も日本で相応にテスト慣れしてるから筆記で落ちることはないだろうけど。実技って何やるんだろ。
「筆記と実技…俺だったら合格できる自信、無いなあ…」
サイラスが遠い目をした。
サイラスは自他共に認める『筋肉馬鹿』だ。文字の読み書きは簡単なものなら一通り出来るが、計算などは苦手らしい。だがこれはサイラスに限った話ではなく、この国の農村部の住民は大体そんな感じなのだという。商人との取引に関わる村長一家などは、商人にカモにされないよう、きちんと計算や法律も学ぶらしいが。
「そんなに難しくはないぞ。文章の読み書きと、後は簡単な計算が出来れば大丈夫だ。自信がなければ追加でそっち分野の教育も受けられるしな。あと、実技はあっちに居る弱い魔物を観察して戦ってみるだけだ。倒せなくても問題ない」
至れり尽くせりだな、冒険者ギルド。
「…ユウの場合、魔物をうっかりミンチにして再試験、ってことは有り得るかも知れないがな」
「余計なお世話だ」
いや、やりそうだけど。
「…で、どうだ? ユウと一緒だから大丈夫だとは思うが…ついて行きたかったら一緒に行っても良いんだぞ、ノエル」
ギルド長はノエルに視線を向けた。
(あ、そっか)
冒険者見習いとして働いているとはいえ、シャノンはまだ14歳の女の子だ。いきなり隣国へ向かわせるのはかなり心配だろう。
ノエルは不安そうにシャノンを見る。しかし、当の本人は真剣な表情でギルド長を見詰めた。
「私なら大丈夫です、ギルド長。お母さんにも仕事があるし、私だって見習いとはいえ冒険者ですから」
「シャノン…」
ノエルは驚いた表情でシャノンを見詰め、数秒後、フッと微笑んだ。
「…そうね。私も私のやるべき事をやらなくちゃいけないわね」
「…良いのか?」
「はい。シャノンも冒険者になったのですもの。きっと良い経験になると思います」
「そうか…分かった」
相変わらずしっかりした親子だ。私が微笑ましく見守っていると、ギルド長が不意にこちらを向いた。
「──そういうわけだから、ユウ。シャノンのことは頼んだぞ」
「了解」
…この世界の常識に関してはシャノンより私の方が疎いと思うんだけど、黙っておこう…。