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53 魔素消費装置と制御装置

「…この国の魔物って、本当に特殊な魔物だったんですね…」


 こちらの世界の言葉で書かれた文章を一通り読んで戻って来たサイラスが、げっそりした顔で呟いた。グレナがあっさり頷く。


「ああ、そうさ。だから他の地域には居なくて当然なんだよ。地下の過剰な魔素を強引に吸い上げて、人工的に作り出した魔物なんだから」


 ここに住みたいという初代王の意向を受けて魔物を生み出す装置を作ったコテツたちもコテツたちだが、少しでも与しやすいようにとその装置を文字通り『魔改造』したトラジもトラジだ。

 元々日本人って異国の文化を取り入れて原型を留めないレベルまで独自に進化させまくる習性があるけど…異世界に来てまで何やってんだろ…。


「このこと、ギルド長は知ってるんですか?」

「いや、知らないはずだね」


 グレナが知っているなら現ギルド長も知っているだろう。そう思ったら、グレナは首を横に振った。


「禁足地が怪しいと自分で気付けない奴に説明する義理はないのさ。ただでさえここは、特殊な場所だからね」


 つまりギルド長は魔物出現の法則を怪しんだりはしていないと。ルーンも気付いていたというのに、視野が狭いと言うか何と言うか…いや、それがこの世界の『普通』なのかも知れないが。


 グレナの案内で石碑の広場を通り過ぎ、奥へと進む。茂みの間の細い通路を抜けると、そこも拓けた場所だった。

 直径10メートル程の円形に敷き詰められた石畳が2ヶ所。それが幅1メートルほどの石畳の通路で繋がっている。手前のエリアの石畳は少し灰色掛かっていて、表面に細かな紋様が彫られていた。


「こっち側が魔素を吸い上げて魔物を出現させる装置。奥側が、魔物の種類と出現場所を固定するための制御部分さね。まあ正直、私にも半分程度しか機構が理解出来ないんだが」

「…半分分かるだけでも十分だと思いますけどね…」


 私は思わず呻く。


 グレナによると、この石畳そのものにも紋様にも、それぞれ意味があるらしい。全てが奇跡的なバランスで噛み合って動いている、正に技術の粋を集めた装置なのだそうだ。


 紋様自体は正に『魔法陣』って感じで、この国の言葉とも違う文字のようなものや幾何学的な直線の組み合わせ、装飾的な曲線がこれでもかと詰め込まれている。所々に『↓消すな』とか『←注意』とか日本語で書いてあるのは…この部分は多分装置を動かすのには関係ない、ただの注釈だろうな…。

 あまりにも注釈が多いので、土足で踏むのが躊躇われる。うっかり靴底で紋様を削り取ったら一巻の終わりな気がする。


 石畳を踏まないよう、グレナに従って外縁に沿って奥へと進む。デールとサイラスも恐る恐るついて来た。


 奥の『制御部分』は、手前とはまた様相が異なっていた。灰色掛かっていた手前部分とは違う、白亜の石材。ここに来るまでの森の中の通路と同じだ。灰色掛かっている部分はコテツたちが作った魔素消費装置、白亜の部分はトラジが作った制御部分その他諸々、ということだろう。


 制御部分は手前と同じ広さだったが、中身は大分異なっていた。平面だった手前に対して、制御部分は結構凹凸や橋のようなものがあり、全体としては中央に行くにつれて2段、高くなっている。かなり複雑な構造だ。


 その一番上、つまり中央には、一際目立つものがあった。


「………剣?」


 デールが眉根を寄せる。

 石畳に突き立った、黄金色の剣…の、ようなもの。


「…剣かな? あれ…」

「それにしてはちょっと…」


 私もサイラスも首を捻る。あんな装飾過多な物体、剣だと認めたくない。握り部分に宝石が埋め込まれてるとか邪魔以外の何ものでもないだろ。

 グレナがクッと笑った。


「あんたたちは疑問に思うだろうね。──ああ、あれは剣じゃない。制御装置の心臓部、装置そのものを稼働させるための『鍵』さ」

『えっ!?』


 デールとサイラスが声を上げた。鍵と言われても、サイズと見た目が普通の鍵とは全然違う。

 一方私は先程見たトラジの石碑の図を思い出し、ああ、と手を打った。


「確かに、その位置だとそうですね。説明に書いてありました」


 途端、何故かグレナが胡乱な目でこちらを見た。


「…ユウ、それじゃあこれは?」


 グレナが制御装置のエリア内に入り、『鍵』の刺さっている部分のすぐ下の段、同心円状に彫ってある溝を指差す。


「ええと…」


 私はその線の先を辿り、片方が『鍵』、片方が下の段に繋がっているのを確認して、


「こっちからこっちへ、『鍵』の有無に反応して力?が流れるようになってるらしいですね。で、ここで出力を絞って、こっちの…この紋様でウルフ、こっちでゴブリン、これでゴーレムの出現条件を整えて…出現場所の指定はこっちの紋で、最後に魔素消費装置の方へ戻す…みたいな」

『……』


 トラジの図を脳裏に思い描き、実際の紋様と照らし合わせながら説明したら、グレナたちがぽかんと口を開けた。…あれ?


「…あんた、何で分かるんだい…?」

「え、『建築の勇者トラジ』の石碑に書いてありましたけど…」


 石碑の裏面、こちらの世界の言葉でも同じ解説があったはずだ。私が答えると、グレナは早足で石碑の方へ取って返した。私たちも後を追う。


「…これかい?」

「あ、はいそれです」

「………これのどこがあの装置の説明なんだい…」

「え? だってこれ、回路図………あ」


 言ってから気付いた。…この世界、電気回路の『回路図』の概念なんてあるわけないわ。だって動力、電気じゃなくて魔力だもんな。電気回路じゃなくて魔法陣だもんな。


 それを踏まえて改めて石碑を見ると、これがいかに説明不足な説明なのかが分かる。


 トラジの石碑に書いてあるのは、力を流すラインを直線的に描いて全体を長方形に整えた、電気回路の回路図に近いものだ。実際の紋様の配置とこの図の中の紋様の位置は、必ずしも一致しない。かなり複雑になっている部分を以下省略して『ここはこういう役割』と一言で済ませていたりもする。これを実際の制御部分と照らし合わせて理解するのは、多分予備知識がないと無理なんじゃなかろうか。


 ちなみに私がこれを『回路図』だと思ったのは、仕事で必要に迫られてそっち方面を学んだことがあったからだ。見覚えのある書き方だったので、無意識にそちらの知識と照らし合わせて読み解いていた。

 …なお小中学校時代、理科の授業で一番苦手だったのは電気回路の分野である。苦手だと思って避けていたら大人になってから再度勉強する羽目になった。南無。


「…ええと、この図は実際の配置とはちょっと違うんですけど…」


 言葉で説明しようとしてすぐにそれは難しいと思い至り、ポケットからメモ紙を取り出す。買い出しの時に買い忘れが無いようにとメモを携帯していたのがこんなところで役に立つとは。


 石碑の図をメモにざっくりと写し取り、再び奥へ戻る。


「まず、装置の起点になるのはここ。図にも『鍵』って書いてますよね」

「そうだね」

「で、鍵からライン──溝を辿って、着くのがこれ。この紋様は図の方で言うとこの部分──『出力抑制部』に当たります」

「…場所が違うみたいですけど…?」

「この図は何がどこに繋がってるのか分かりやすいように書いてあるから、場所が同じとは限らないんだよ。面倒だけど」

「ええ…」


 デールがとても嫌そうな顔をする。


 気持ちは分かる。実際はもっと複雑な構造になってるのに回路図だけだとすごく単純に見えたり、特定の配線だけやたら長くてお前どこに繋がってんだよってなったり、図と現実が綺麗に一致することってほとんどないんだよね…。


「んで、その後の魔物の種類を指定する部分は──」


 そんなこんなで、時々つっかえながらも説明すること暫し。


「──って感じですかね…。トラジの図解はここまでで終わってるんで、大元になってる魔素消費装置の方の仕組みは分かりません」


 私が一通り説明し終わると、グレナが溜息をついた。


「…なるほど。確かにこの図は、制御装置の説明だったらしいね。言われないと分からないが」

「こういうのって普通、読み方も一緒に伝わってると思うんですけど…ないんですか?」

「無いね。王族にだったら伝わってるかもしれないが」


 その王族は、現在この場所に足を踏み入れることはない。

 禁足地指定も良し悪しだな。むしろ王族こそ、この現実を知っておくべきなんじゃないの? 普通に口伝とか王族だけしか読めない書物とかで伝わってるのかな? ……伝わってて欲しい…。


 何だか疲れを覚えて、私は改めて魔素消費装置と制御装置を見渡す。見た目では分からないけど、今この瞬間にもこの装置は魔素を吸い上げ、魔物を作り出しているんだろう。黄金色の剣にしか見えない鍵が、陽光を受けてキラキラと輝いた。


 ──一つ、確実に言えることは。



「…これ、馬鹿が見たら『鍵』を『伝説の剣』とかと間違えて引っこ抜きそう…」


「姐さん、嫌なこと言わないでください」





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