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52 禁足地

 一見鬱蒼とした森の中には、ヒト一人通れるくらいの細い道があった。


 獣道ではなく、ちゃんとした石畳の道だ。左右から下草が張り出しているので分かりにくいが、石と石の隙間から草が生えたりもしておらず、綺麗に整えられている。


「…人の手が入ってるんですか?」

「ああ。この道は『建築の勇者トラジ』の手によるものらしい」


 森の外からは見えないよう、少し分け入ったところからひっそりと続く白い石畳。言われてみれば、彼が手掛けたという首都の石畳と質感が似ている。

 ただし、それなりに削れたり劣化したりしている街の石畳と違って、こちらは木の根で持ち上げられてもいないし、ずれてもいない。何か魔法的な力でも働いているんだろうか。


 そのまま30分ほど歩くと、唐突に視界が拓けた。


「うわ…」


 巨木に囲まれた、ちょっとした広場。円状に敷き詰められた石畳の白が眩しい。

 その周囲には、ずらりと石碑が並んでいた。


「すごい…」


 石碑も石畳と同じ白い石で、全て同じ形をしている。高さは1.5メートル、幅は1メートル程だろうか。それが、合計で9基。誰がどう見ても特別な空間だ。


「この石碑には、歴代の勇者の言葉が刻まれているらしい」

「え? …あ、本当だ!」

「いやでも…読めん……」


 手近な石碑に近付いたデールが渋面を作る。昔のものすぎてかすれているのかと思ったら、違った。

 なるほど、これはこの世界の人間には読めなくて当然だ。


「これ、()()()だね。私の故郷の言葉」

「あっ…!」


 こんな所で日本語を目にするとは思わなかった。ついこの間まで当たり前に使っていた文字が、何だかとても懐かしい。


「じゃあ姐さん、読めるんですか?」

「ちょっと待ってね」


 サイラスの期待の眼差しに頷いて、私は一番手前の石碑を読み──読………ええ……。


「…姐さん?」


 上から下まで読み切って、もう1回読んで、読み間違えていないことを確認してから、私は額に手を当てた。


「…ええと」


 何と言うか、言葉が見付からない。内容がアレ過ぎて。


「……とりあえず、初代勇者が初代王の無茶振りを受けてたことは分かった」

『え』


 ぐるりとその石碑の周りを一周して、裏側にも文字が刻まれていることに気付く。この世界の言葉だ。内容は──ああうん、本人の感情を抜きに、事実だけを述べてるね…。


「裏面にこっちの言葉で概要が書いてあるから、とりあえずこれを先に読んでみると良いかも」

「マジっすか」

「了解です」


 デールとサイラスが早速石碑を読み始める。私も他の石碑を読んでみることにした。


 一番手前にあったのが今読んだ『建国の勇者コテツ』の石碑。これはまあ…恨み辛みと愚痴満載だが、この国の建国の経緯が書かれている。

 その隣は『治水の勇者サブロウ』、さらにその隣は『建築の勇者トラジ』の石碑だ。トラジの石碑には、この場所を作った経緯と、後世の勇者に向けて『石碑の作り方』などが図解と共に書かれている。やはり、ここを作ったのは『建築の勇者トラジ』で間違いないらしい。


 9基の石碑にはそれぞれ別の勇者の言葉が刻まれていた。

 トラジの作った『石碑作成システム』は、この円形に敷かれた石畳の中央、ひときわ大きいブロックの上に専用の石筆で文章や図を書き、一定の処理をすると、書いた内容を反映した石碑が作成されるようになっているそうだ。字の癖もそのまま再現されるようで、それぞれの石碑は全て筆跡が異なっていた。


 コテツとサブロウはトラジより前の時代の勇者だが、トラジがここを作った時にはまだ生きていたようだ。多分コテツは当時、相当おじいちゃんだったんだろな…石碑の文字がブレブレだもん…。


 あと、気付いたことがもう一つ。


 この国は建国から100年以上経過しているが、歴代の勇者は全員、私にとっての『現代日本』から召喚されているらしい。文章の書き方がいかにも『今風』なのだ。少なくとも戦後──いや、バブル崩壊以降の時代の人たちだと思う。漢字に旧字体が含まれていないし、私の感覚で違和感なく読める。

 あと、文章中に『w』とか『(ry』とか『※個人の感想です』とか使ってる勇者が居るし。この人絶対某ネット掲示板とかSNSの影響受けてるでしょ…。


 ともあれ。情報を総合すると、ここにあるのは勇者の石碑だけではない。

 本命は──


「…魔素嵐が地上に噴き出すのを防ぐための『魔素消費装置』、ね…」


 私がぼそりと呟くと、グレナが肩を竦めながら頷いた。


「そういうこった」


 石碑によると、この国の国土は本来、ヒトが住めるような土地ではないらしい。土質や気温湿度の問題ではなく、地下に存在する魔素の流れが高密度かつ大規模すぎるためだという。


 現在、大穴を不燃ゴミ処理に使えるのは、地下を流れている魔素の濃度が高すぎて、物質を分解する『魔素嵐』のレベルに達しているから。

 その魔素嵐は、かつて──小王国の建国以前は、地下だけではなく地上にも時折吹き荒れていたらしい。


 ところが、風光明媚な湖のほとりを初代王がいたく気に入り、『ここを首都にする』と言い出した。


 魔素嵐は魔素濃度の低い物質を分解する性質がある。不定期に魔素嵐が吹き荒れるような土地に、街など造れるはずがない。建物が分解されて倒壊する恐れがあるからだ。だが初代王は『どうしてもここが良い』と譲らなかった。…ろくでもないな。


 そんな初代王の願いを叶えるべく、勇者コテツや仲間の魔法使い、魔素や魔物に関する知見のある者たちが知恵を絞り、『余分な魔素を魔物に昇華させる装置』を造り出した。つまり、地上に噴き出しそうな余計な魔素を、魔物として実体化させることで消費してしまえと考えたわけだ。


 その作戦は功を奏し、地上に魔素嵐が吹き荒れることはなくなった。でも代わりに、地上には魔物が溢れるようになった。

 何せ余分な魔素をどんどん魔物に変化させるのだ。倒しても倒してもきりがない、所謂『無限湧き』の状態である。…ちなみに当時は冒険者ギルドなんてものは無かったので冒険者がこの土地に立ち寄ることはなかったし、騎士団のような防衛集団も組織されていなかったらしい。


 コテツは戦闘に特化した勇者だったそうで、魔物との戦闘は彼に一任された──と言うか、丸投げされた。

 初代王と仲間が意気揚々と街を作ってる横で自分だけひたすら魔物とドンパチしてたら、そりゃあ恨みも辛みも溜まるわな。発狂し掛けてうっかり大穴開けても仕方ないよ。


 そんなわけで、建国当初のこの国は魔物の見本市のようになっていた。街や村を作ったは良いが、作物が育ちにくい湿地ばかり広がる土地柄と無差別に無限湧きする魔物のダブルパンチを受けて、人的被害もかなり多かったようだ。


 そんな状況を一変させたのが、『治水の勇者サブロウ』と『建築の勇者トラジ』だ。

 サブロウは湿地帯という土地柄を活かして水田を使った稲作を行うよう提案し、ユライト湖を水源とする農業用水路を整備した。トラジは街の建物を一新し、白き都として生まれ変わらせた。同時に、街にも農村にも魔物から住民を守るための外壁を作った。

 この2人は召喚された時代がそれほど離れていないようで、トラジが街の大規模リフォームに携わった時には、サブロウが下水道の整備を行ったらしい。


 そしてその時代、最も重要だったのがトラジによる『魔素消費装置』の改造だ。


 それまでは余剰の魔素を使って無差別に魔物を生み出すだけだった装置に指向性を持たせ、『魔物の種類』と『出現場所』を固定した。これにより小王国に出現する魔物は例の『ウルフ』と『ゴブリン』と『ゴーレム』だけになり、出現場所も──出現してから一定の時間が経過するまでは、決まったエリア内に収まるようになった。


 上位種から最上位種に相当する強さの魔物になってしまったのは、弱い魔物にするとその分大量に魔物を実体化させなければならなくなり、それはそれでリスクが高まるからだそうだ。

 〇キブリ1匹始末するのと小バエ10匹始末するの、どっちが大変か、みたいな話だけど。


 トラジの石碑には、制御装置の構造とそれぞれの部位の役割も書かれていた。滅茶苦茶几帳面な性格だったらしく、図も字も細かい。『どうせこの先も『勇者』が召喚され続けるんだろう。頑張れ未来の仲間よ』とか書いてあるのが切ない。


 ちなみにトラジの想定では出現する種類と場所を固定した魔物は国の騎士団が退治することになっていたが、その役割はいつの間にか冒険者ギルドが担うようになり、現在に至っているようだ。

 つまり騎士団は本当の意味で仕事をしてない。マジかよ。




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